喪失の予感
冒頭部分だけユーリの視点になります。
その後は、セアの視点に戻ります。
意識が戻った時には、埃臭い麻袋にくるまれて、誰かに担がれ運ばれていた。
頭がぼうっとする。思考はぐちゃぐちゃだ。駄目だ、何も考えられない。
少し経って、意識が徐々に鮮明になってきた。
思い出した。あたしはセアの部屋で窓から入ってきた不審者に変な薬をかがされて、気を失ってしまったのだ。
本当に全部思い出してしまった。セアにプレゼントをもらった時点までが現実で、それ以降はすべて悪夢だったとしたら、どれだけ幸福だったことか。こんな辛くて悲しい現実なんて、あたしは望んでなんかいないのに。
ここはどこだろう?
どのくらい気を失っていたかは分からないけど、もうそろそろだと思う。
まあ、あたしにできることなんてもう何もないんだけどね。
手のひらの中に何か固いものがあることに気付く。それはセアから貰った蜂のガラス細工だった。あたし、気絶していたっていうのにこれだけは手放さなかったんだ。
こんな状況だというのに、笑みがこぼれてしまう。
男が足を止める。どうやら目的地に着いたらしい。
己を取り巻く運命の鎖から、あたしは逃れることができない。だから、あたしはセアに対するこの気持ちとは無関係に、ただやるべきことをやるだけ。
どうかセアがあたしを助けに来ませんように。
あたしは張り裂けそうな思いでそう強く願った。
俺は南部にあるテロットのアジトに向かって走っていた。
ヴァンゼにはユーリが攫われたことは内緒にしておいた。あまり表には出さないがヴァンゼユーリを自分の娘のように可愛がっている節がある。もし非道な犯罪集団にユーリが攫われた事実を知ったら何をしでかすか分かったものではない。正気を失って無闇に動かれたら俺がやりにくくなる。だから、ヴァンゼには大人しく酒場で待っていてもらった。
途中、東部と南部の間にある俺の本拠地によって、武器を調達するのを忘れない。相手は複数で目的のためにはなんだってする犯罪集団『ハイエナ』だ。光眼使いといえど、油断してかかったら痛い目を見ることになる。それに、警邏の施設に侵入するときと今回のユーリ奪還は訳が違う。『ハイエナ』の連中は明らかに俺を誘っている。おそらくユーリを助けにのこのこ現れた俺を返り討ちにする算段だろう。奇襲もかけられなければ、ユーリを人質にとられている以上、下手に動き回ることもできない。形勢はどうみてもこちらが不利だ。
俺は拳銃一丁に手榴弾、そしてノードの彫刻入りの短剣―――『レグテッド』をポケットにしまう。この短剣は俺の一族の唯一の形見だ。剣身は三十センチもないがとても頑丈で刃こぼれしない特殊な素材でできているらしい。拳銃の弾が尽きた時のために一応持っていくことにする。
装備は整えた。後は、奴らのアジトを俺の情報を洩らしたテロットに聞き出すだけだ。
俺はテロットの家の扉を力いっぱい開いた。
テロットはまるで俺が来ることが分かっていたかのようなすました顔で足を組んで椅子に座っていた。茶色の髪は相変わらずはねていて、ただの寝癖なのかそれとも天然パーマなのか時々分からなくなる。
「テロット!」
俺が名前を叫ぶと、テロットは唇を歪めて言った。
「やっぱり君か、セア。直感で誰かが訪れることは予感していたんだけどね。まさか本日二度目の訪問とは。そんなに息を切らして何かあったの?」
今日の昼過ぎ、俺は仮面を取りに一度ここにきていた。その時はまさか、テロットに自分の情報を売られるとは想像もしていなかった。
「御託はいい。奴らのアジトを教えろ、早く!」
事は一刻を争う。テロットの冗談に付き合っている暇はない。
「はい? 奴らってなんのこと?アジト?」
テロットは理解できないと言った様子で首を傾げた。
「とぼけるのもいい加減にしろよ。『ハイエナ』の連中に俺の居場所を教えたんだろ。まあ今は、それについては別にとやかく言うつもりはない。お前はお前の仕事をしただけだ。だから―――」
「ちょっと待ってよ。『ハイエナ』っていう少し前に結成された犯罪組織のことは僕も知ってるけど、彼らに仕事を依頼されたことなんて一度もないよ」
「……待て、テロットが奴らに俺の居場所に関する情報を洩らしたんっじゃないのか?」
「うん、違うよ。だいたい、そんなことをして僕に何の得があるっていうのさ」
「いや、だってお前は金さえ払えばなんだってするだろ」
「な、ひどーい。僕そんな冷徹な商売マシーンみたいに思われてたんだ」
テロットはわざとらしくしょんぼりとうなだれた。
俺の推理は外れていたようだ。
でも、テロットじゃないなら一体誰が……
「それで、その『ハイエナ』がどうかしたの?」
セアに尋ねられた俺は事の顛末を簡潔に説明した。
「―――なるほどねえ。それは確かに不思議な話だ。『ハイエナ』に情報を流したそいつ、相当なレベルの情報屋か何かだろうね。でも、そうなら早くその女の子を助けた方がいいんじゃないの?奴らみたいな人種は若い女の子なんてあっという間に平らげてしまうよ」
ぺろり、と舌をだしてふざけて笑うテロット。
「ああ、だからここに来たんだよ。情報提供者がテロットじゃなかったのは予想外だったが、俺のやることに変わりはない」
俺がそう言うと、テロットは目を細めて言った。
「へえ、セアが人助けねえ。しかも女の子とは驚きだ。もしかして惚れちゃったのかなあ?」
愉快そうにテロットは俺に訊いてきた。
「勘違いするな。俺は無関係の少女を巻き込んでしまった己の失態にけじめをつけにいくだけだ。誰のためでもない、俺自身のためだ」
「けじめ……ねえ、でも噂に聞く限り『ハイエナ』はかなり狂った連中らしいよ。人数も多いみたいだし―――」
「何の問題ないさ。第一、俺は酒場のバイトとしていくんじゃない。ノードの亡霊として少女を助けに行くんだ。故に、それなりの格好をしていくつもりだ」
「なるほどねえ。つまりは、光眼も使う覚悟だということか」
「ああ、そうだ。奴らを皆殺しにしてでも助け出す」
「その少女はセアがノードの亡霊の正体だってこと知ってるの?」
「いや…でも今更知られたところで関係ないさ。どちらにせよ、明日には少女とは縁を切る予定だったんだからな」
「…嘘だね」
「…なんだと、俺が彼女を助け出す気がないって言いたいのか」
「違うさ。僕が言いたいのはそういうことじゃない。この世のどこを探しても、連れ去られた少女を助ける勇者みたいな亡霊はいないよってことさ。そんな怒りに満ちた顔をした亡霊は亡霊とは言えないんじゃないかな。君は自分で考えているほど冷徹になりきれていない。その復讐心は大したものだけど、それはあくまで後天的なものだよ。君本来の人格まで復讐色に塗り潰すことはできないと、僕は思うんだけどね」
何を言い出すのかと思えば、くだらない。
俺はノードの亡霊だ。勇者なんかじゃない。俺の胸にあるのは正義とか勇気とか愛情とか言った綺麗なものじゃなくて、憎しみとか怒りとか殺意とかいったもっとドロドロした汚いものだ。
「とにかくだ、何が何でも俺は彼女を助け出す。これは決定事項だ。いいから『ハイエナ』のアジトの場所を教えてくれ。金なら払う。出世払いなんて言わずに、今週中に払おう」
優雅に椅子でくつろいでいるテロットを睨みつけて、俺は命令した。
「……」
何か考え込むようにテロットは口を閉ざした。
「テロット、時間がないんだ。もしお前が教えないというのなら力づくでお前の瞳に聞くことになるが、それでもいいのか?」
情報なんて光眼を使えば簡単に引き出せる。テロットが光眼を使おうとする前に『侵入』してしまえばいいだけのこと。
「……セア、僕が推測するには今が選択の時だと思うんだ」
「選択って、この前視てもらった時の喪失の予感ってやつか?だとしたら、俺から失われようとしているものは目に見えて明らかだろう。彼女、ユーリだ。そして、俺はユーリを助けに行くという選択をした。この選択のどこに問題がある?」
俺は自分の選んだ選択肢に欠片も後悔はなかった。ここでユーリを裏切ったら俺が俺でなくなるような気がしたのだ。
「問題なんてないさ。ただ、果たして本当にその選択肢が正しいと言えるのかな…ううん、それ以前にそもそも僕が『直感』した選択肢はこれであっているのかな?」
テロットには、一旦疑問に感じたことは結論が出るまで考え抜かないと気が済まないといった悪い癖がある。現状で、その癖は障害以外の何物でもない。
「テロット、何度も言わせるな。俺のやることは変わらない。いよいよ本当に光眼を使うぞ」
半ば脅しにも近い言葉を俺はテロットに投げつけた。
「……うん、まあ、そうだね。どちらにせよ、これはセアの未来に関する問題だ。僕が口をはさむ余地なんて無かったのかもしれないね。じゃあ、教えるよ。一度しか言わないからよく聞いておいてね」
テロットはようやく『ハイエナ』のアジトの場所を教えてくれるようだった。疑ってかかったり、脅迫じみた依頼をしてみたりと、テロットには随分酷いことをしてしまった。この件が片付いたら、しっかりと例を言わなくてはと思う。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
感想や批評など頂けたら嬉しいです。
次回、ユーリ奪還劇を一気に書き上げて載せる予定です。
少々長くなるかもしれませんが、何卒よろしくお願いします。




