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復讐讃歌 〜青き瞳が世界を塗り替えるまで〜  作者: 抹茶堂
第1章「本物の仮面者」
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情報屋テロット

 俺が南部にきた目的は、目の前にある、この薄汚いトタン張りの家に用があったからだ。厳密には、この家の二階に住むある男に依頼があってきた。ドアを五回ノックする。それが隠者の訪問を伝える合図だ。


 ドアがゆっくりと開かれた。中から顔を覗かせたのは、寝癖のひどい茶髪の少年だった。その群青色の瞳は眠そうに半開きでしょぼしょぼしている。


「いま起きたのか?」


 少年に招かれるがままに俺は部屋に入る。

 その狭い部屋には木の椅子がいくつかと、今にも壊れそうな欠けたテーブルがあるだけだった。相変わらず荒んだ部屋だ。最初にこの部屋を訪問し、ここが接客用の部屋だと知った時は驚かされたものだ。


「ううん。正確には、今から寝るとこというか、寝たばかりというか。あ、そこの椅子に座って、飲み物は…いらないよね」


 俺は指定された椅子に座る。フードをとって外套を脱ぐ。


「また朝までパソコンをいじってたのか?」

「うん…まあね……ちょっとね、調べたいことがあってさ」


 少年は目を擦って俺の真正面に椅子を持ってきて座った。


「どうせまた、富層エリアの情報でも集めてたんだろう?」


 俺が苦笑しながらそう言うと、少年―――テロットはその話題に触れられたくなかったのか、両頬をパシパシ叩き仕切りなおすと、俺に訊きかえしてきた。


「ま、いろいろだよー。それで、今日は何の用があってわざわざこんな汚染区域まで来たの?」


「汚染区域とは酷い言い様だな。お前が商売をおこなっている場所だろ」


 用件を頭の中で整理しながら俺は適当に返す。


「まあねー。他ではやりにくい仕事だしね」


テロットの商売―――それは、情報屋だ。テロットは迷子の居場所から国家の機密情報まで、ありとあらゆる情報を収集、売買している。しかも、その腕は超一流。他にも情報屋を営んでいる人間がいるという噂を聞くが、テロットの右に出る奴はまずいないだろう。


「今日の依頼は二つある。一つ目は、新しくノードの紋章入りの仮面を作ること。二つ目は―――」


「ちょ、ちょっと待った。セア、君は僕が情報屋だってこと忘れてないよね? 仮面を作ってほしいって、それは情報屋に依頼する仕事じゃないよ」


「できないのか?」


「いや……そりゃあ無理ではないけど」


 あれから仮面が落ちてないか酒場の近くを探してみたが、結局欠片すら見つからなかった。地上で既に失くしていたのか。どちらにせよ、警邏に回収された可能性が高い。もしそうなら新しい仮面を用意するしかない。だが、あの仮面は誰にでも作れるものではない。仮面自体の強度もそうだが、あの紋章。ノード財団が潰された今となっては、ノードの紋章を再現できる者は数えるほどしかいない。とにかく複雑すぎるのだ。五つの家系の家紋を融合させて形成されているノードの紋章を再現するのは俺にも不可能で、この前失くした仮面の紋章も俺の血を使ってテロットに描いてもらったのだった。


「先日、本部を襲撃した時に、失くしたんだ。アレがないと復讐者として活動できなくなってしまう。お願いだ、頼むから作ってくれ」


 勘弁してよ、と困った顔をしている情報屋に俺は半ば強引に依頼した。

一応、頭も下げる。形だけで心などこもっていないが、礼儀は大切だ。


「……しょうがないなあ。いいよ、その代わり報酬はきちんと頂くからね」


「……まあ、あれだな、出世払いってやつだな」


 ただでさえ、倉庫の修理代と酒瓶の弁償代を支払わなくてはいけないのに、さらにテロットにまでお金を吸い取られたら、一文無しになってしまう。バイトをしてるとはいえ限度がある。


「でたよ、でましたよ。お得意の出世払い。やっぱ依頼は却下します」


 テロットは頬を膨らませて明後日の方向を向いてしまう。

 餓鬼かよ、と突っ込みを入れたくなるのを我慢して、俺は続ける。


「それで二つ目の依頼なんだが……視てほしいんだ」


 俺がそう言うと、テロットの子供みたいに柔らかい表情が一瞬にして引き締まった。俺の言わんとしていることを理解したのだろう。


「その依頼を受けるのは、セアがエリア6の本部に侵入した時以来だね」


「ああ。ちょっと気になることがあってな…」


 俺は視線を落として呟いた。


「気になること、ねえ。それは聞いてもいい内容なのかな?」


「なに、大したことじゃない。ただ、最近何かがおかしいんだ」


 こんなこと、テロットに言っても無駄だと分かっているが、視てもらう以上、知っておいてもらった方が賢明だろう。


「おかしいって?」


「上手く言えないんだが、最近、自分の心を制御できないことが増えたんだ。それも、警邏と殺し合いをする時とかじゃなくて、普通に生活している中で起こるんだ」


 テロットはわざとらしく腕を組んで考え始めた。


「うーん、自分の心を制御できない、ねえ。普通は心なんて制御できる方がそれこそおかしいんだろうけど、セアは普通じゃないもんね。そうだなー、最近いつもと変わった出来事が起こったりとかしてない? もしその出来事と心の制御が出来なくなった時期とが重なってたら、その出来事はほぼ確実にセアがおかしくなった原因だと思うよ。まあ、勘でしかないんだけどね」


 なるほど、的を射ている推論だ。

 酒場『ハチミツ』で暮らすようになって約十日が経とうとしているが、俺の心の変化はその期間に如実に表れていた。特に、ユーリと接する中で。

 テロットに図星を突かれて、少し悔しくもあったが、これでこの不調を脱する手段ははっきりした。さっさと酒場を出ていけばいい。


「たしかにな、実際それは当たってると思う。礼を言う。でも、念のために眼でも確かめてもらえたら嬉しい」


 俺はテロットの群青色の瞳をまっすぐ見つめて言った。


「……りょうかい。いいよ、どうせ僕が視るまで帰らないんだろうし。…じゃあ、やろうか。今度は勘じゃなくて、感でね」


 そう言うと、テロットは瞼を閉じ、開いて、視た。

テロッとの群青の瞳が一瞬にして黄色の色彩へと変化し、輝く。

 黄色に光彩を放つ瞳―――黄の光眼がテロットの両目から覗いていた。

 黄の光眼使い、それが情報屋テロットのもう一つの顔だ。


 光眼はその瞳に宿す色によって能力が異なる。

 俺の青の光眼は『侵入』。

 キルネスの赤の光眼は『操作』。

 そして、テロットの黄の光眼は『直感』だ。


 黄の光眼は、視た者の本質を視抜き、その身に起こるであろう危険や変化を直感し、察知する。予知と呼べるほど正確に未来が分かるわけではないが、この能力は人の未来を大きく左右する。この『直感』が予知と違う決定的な点は、予知は未来の状況を読むが、『直感』は未来の状態が読めるという点だ。

人生において、どんなに努力を重ねても運が悪く報われないということは多々ある。逆に、何もせず気ままに生きていても運がよく幸せに過ごせるということも起こり得る。特に、復讐なんて命がいくつあっても足りないような危険な宿命に身を置く俺にとって未来の状態を知ることはかなり重要だ。しかも、これは占いなんて詐欺まがいの遊びではなく、光眼による正確な『直観』だ。外れるなんてあり得ない。

 テロットの黄色い視線が俺の瞳を貫く。視界が輝く黄に染まっていく。


「これは……」


「テロット、どうだ? 何が視える?」


 テロットはゆっくりと唇を動かした。


「僕にも、詳しいことは分からない。これは直感だからね。でも……セア、このままだと君は、誰かに……いや、変に僕の推測を交えて変にものを言うのはやめよう。僕が『直感』したのは、喪失の予感だ」


「喪失……何かを失うってことか」


「うん、君の大切な何か。それは物かもしれないし、人かもしれないし、目に見えない何かかもしれない。おそらくこのままいくと君は、ある重要な選択を迫られる場面に遭遇することになる。そこで全て決まってしまうはずだ」


 俺にとって大切な何か。そして、重要な選択。

 嫌な予感しかしないのは何故だろう。今の俺には大切なものができつつある。認めたくないが、俺は彼女と触れ合う中でその温もりを知ってしまった。失いたくないと感じてしまった。復讐を成し遂げるため、独りで生きていくと決めたのに、何て様だ。ここ数日間で随分と落ちぶれたものだ。


 その後、テロットと近頃の警邏の動きやお互いの近況について少し話して、俺は帰路についた。テロット曰く、仮面を用意するのには数日間かかるらしい。ちなみに、俺の血液は前回仮面を作った時の残りを使うようだ。まあ、ノードの仮面が入手できるなら問題はない。

それよりも、いま俺が大至急で考えるべき事案は如何にして迅速かつ穏便に酒場『ハチミツ』から撤退し、元の生活に戻るかだ。テロットが俺に視た喪失とやらは、十中八九どころか確実に俺を襲うだろう。別に何かを失うことを怖いとは思わない。国家に全てを破壊された俺から今更何を奪うというのだ。五年前、復讐を誓ったその時から、覚悟はしていた。


だから俺は、数日前にその覚悟の唯一の例外―――ユーリをどうにかしなければならない。彼女が俺に与える温もりは、復讐者としての俺を滅ぼしてしまう。俺の信念を揺らがせてしまう。故に、決別しなくてはならない。

そうして、俺は心に深く決めた。


仮面が出来上がったらあの酒場を出ていこう。お金は少しずつ返していけばいい。方法ならいくらでもある。

ユーリと別れよう。


 俺はノードの亡霊だ。

友情や恋情などといった人間らしい甘い概念は持つべきではないのだ。

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