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復讐讃歌 〜青き瞳が世界を塗り替えるまで〜  作者: 抹茶堂
第1章「本物の仮面者」
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危険区域

少々、残酷な描写があります。

 リグレジアの最も東に位置しており、エリア4の中でも、さらに東。地下街の東部に酒場『ハチミツ』は店を構えている。

 東部には黄昏横丁などがあるため、商売が盛んで常に多くの人々で賑わっていた。その影響か、自然と人々の住まいは生活する上で便利な東部周辺に集中していて、地下街の人口密度も高かった。

 それに対し、北部、西部、南部は人数の少ない地域で、特に西部と南部は本当に人が暮らしているのかと疑いたくなるくらいに静かだ。当然、それにはそれなりの理由がある。西部に関しては、リグレジアの中心であり王家の住まう土地であるエリア1に場所が近いため、警邏が頻繁に巡回していることが多く、皆近づこうとしないのだ。基本的に警邏が地下街に顔を出すことなど滅多にない。何か事件があって調査する必要がある場合か、地下でしか調達できない貴重な物資を入手する場合くらいだろう。

 だが、エリア1周辺の地下街は例外だ。万が一にも王家に逆らう輩が地下からエリア1へと侵入しようとする可能性を考慮し、厳戒態勢が敷かれている。この国には王家を憎む人間は多い。俺もその一人だ。王家の管轄下にある警邏が王家を守護するために動くのは至極当然だ。

 また、南部に関しては、これまた全然違う理由でひと気が少ないのだが、それはただ単に危険だからだ。エリア4の地下街で最も犯罪が多く、治安の悪い地域が南部だ。犯罪組織のアジトや闇商売の販売元など頭のネジが五、六本外れているような奴らが大勢潜んでいる。そして、酒場『ハチミツ』の休日を利用して外出することをヴァンゼに許可された俺が歩いていたのは、その危険地域、南部だった。


 道端の電灯は割られて消えているものがほとんどで、明かりは皆無。南部の奥に行けばいくほど人影は少なくなっていき、ついには地べたに寝転がっている酔っ払いとクスリ廃人しかいなくなる。不気味なほど静かだった。南部に足を踏み入れて耳にしたものといえば、たまに遠くから響いてくる誰かの悲鳴か怒鳴り声くらいのものだ。


 腐敗した国の裏の顔である地下街のごみ溜め、もしくは汚濁の源泉。

 いつ訪れても酷い場所だと思う。まるで蛆虫の巣窟のようだ。淀んだ空気を吸い込むだけで、肺がドス黒い粘膜に侵食されていく気分だ。吐き気がする。

 俺がさっさと目的地に向かおうと、歩調を強めようとした。

 その時だった。


 すぐ近くで女性が叫ぶ声がした。歓声でも怒声でもない。それは悲鳴だ。

 少し遅れて男の低い声が聞こえてくる。そして、にぶい打撃音。

 俺は察した。なにせここは非人道的行為が日常的に繰り返される南部だ。

 唇を強く噛む。唇が微かに切れた。血の味がじわじわと口に広がる。

 助けに行くべきか、見て見ぬふりをするべきか。


 俺は国家を憎んでいるし、今まで何人もの警邏を殺してきた。だが、悪人のつもりは微塵もない。同時に、俺は自分を善人だなんて綺麗事を言うつもりもない。復讐だって、他の誰でもない俺自身のためだ。善行とは言えない。

 舌先が血の味に慣れてきた。はっきりいって血は不味い。刃物に似た味がする。まったく。何をしてるんだ俺は。


「ほんっとに…なにしてんだろうな」


 俺は忌々しい雑音の発信源に足を運ぶ。

 数メートル先の路地に入ると、それは俺の視界に飛び込んできた。

 

 体格の良い男が三人、いや四人がかりで、一人の女性を取り囲み、男の一人がその女性を地面に組み敷いていた。つまりはそういうことだ。

反吐が出る光景だ。それにこの音はなんだ?

 くぐもったか細い泣き声にふと視線を落とすと、手前に白い何かが転がっているのが目に入る。

 それは―――赤子だった。しかもよく見ると、口をガムテープで塞がれている。赤子持ちの女性を襲い、邪魔な赤子を地面に投げ捨てたはいいが泣き声が五月蠅かったのだろう、塞いで黙らせたのだ。なんて酷いことを。とてもまともな人間が思いつく発想ではない。

 体中を駆け昇ろうとする血液を制して、俺は男たちに向けて言った。


「おい、腐れ外道ども」

 時間が一瞬止まったかのように思えた。

 俺に呼ばれたことに気付いて、女性を犯そうと夢中になっていた男たちがこちらを振り向いた。


「ああ?んだてめえは、今なんつった」


 一番手前にいた男が突っかかってくる。歯がほとんど抜けていて、目の焦点はあっていない。酷い顔だった。見るからに他の男たちも大差ないようだ。

 俺は無視をした。この手の輩には何を言っても無駄だ。愚かな外道に言葉が通じないのは知れたことだ。


「おいおいシカトこいてんじゃねえぞ、コラ!」


「なんだ、びびっちまったのか、このアマ」


「馬鹿、こいつ男だぞ。お前、女に飢えて野郎もえいける口になっちまったんじゃねえだろうな」


「ああん? 嘘だろ。この顔で野郎だと。オカマ野郎ってことか。グハハハ」


 男たちはそれぞれ言いたい放題に俺に罵倒を浴びせた。別に怒りはこみ上げなかった。ユーリと口論している時とはわけが違う。ここはもう、一種の戦場だ。命の危険が伴う場所で冷静さを欠くような馬鹿な真似はしない。


 真正面に一人、その両脇にそれぞれ一人ずつ。そしてその向こうで女性を組み敷いている男が一人。計四人。

 俺は男たちに歩み寄る。それに応えるかのように、男たちは何か叫びながら近寄ってくる。男達が口を開くたびに唾液が飛び散って空気を汚染する。

 こんな奴らと同じ空気を吸わなくてはいけないという事実に嫌気がさし、深くため息をついた俺は腰のそれを手に取って、飛んでいる蚊を払うように、まずは真正面の男の眉間を拳銃で撃ち抜いた。

 男の脳漿が飛び散る。汚い噴水が完成する。

 仲間がやられて激怒した残りの男が何を言ったのか分からないが、そんなことはどうでもいい。俺はすぐに右からナイフを持って突っ込んできた男の眉間を外さず撃ち抜く。崩れ落ちる男。飛び散る血液。返り血で外套が汚れる。

 左の男も拳銃で済ませたかったが、右の男を処理している隙に接近を許してしまった。だが、何の問題もない。想定内だ。

 男が俺の間合いに入ったところで跳躍。男の頭上で一回転。その際に右足の踵を男の左こめかみに叩きこむのを忘れない。脳を揺さぶられ男は気絶した。

 奥にいた男は仲間が全滅するとは夢にも思っていなかったようで、慌てふためきながら喚き散らした。


「や、やめろ。俺たちが悪かった。い、命だけは―――」


 男がセリフを言い終わる前に俺は男の胸を拳銃で撃ち抜く。

 悪人に命乞いをする権利は無い。あるわけがない。

 そんな人間じみたこと貴様らに許されるわけがないだろう。


 女性は男から解放されると一目散に赤子のところへ行き、テープを剥がすと泣きながら抱きしめた。女性と赤子の泣き声が混ざって、悲哀のハーモニーを奏でる。聞いていて気持ちのいいものではない。俺は拳銃を懐にしまう。

 すると、胸を撃ちぬかれて瀕死状態にある男が左腕の袖を捲りあげて、灰色の入れ墨を俺に見せつけながら言った。


「…よくも、やってくれたな、お、お前、後悔することになるぞ。みろ、このマークを。俺らはハイエナの、メンバーだ。俺らのボスが、お前の家族も、女も、何もかも犯して殺してぶっ潰してやるから覚悟し―――」


 耳障りな喋り声を遮るようにして引き金を引く。

 しつこい汚れはこれだから嫌いだ。

 男は俺に額を撃ちぬかれ、完全に死んでいた。


「そこの人」


 俺は赤子を抱きしめ地面に蹲る女性を呼ぶ。

 黙って去るべきなのだろうが、唇が勝手に動いたのだから仕方ない。


「何故こんな危険な場所をうろついていたのか、あなたにも事情があるだろうから別に問いただすつもりも咎めるつもりもない。俺にはその権利すらない。だがな、一つだけ言わせてもらう。俺は生きる努力をしない人間が大っ嫌いだ。生きたいのに死ななくてはならない人もいるのに、何故そんなに命を粗末に扱うのか理解に苦しむ。ここはあなたみたいな貧弱な女性が生きてゆけるほど甘い世界じゃない。____さっさと消え去ることをお勧めする」


 こぼれ出た心情を手短に告げて、俺は足早に路地を後にした。その後女性がどうなったのかなんて興味無い。気まぐれと同情は別種のものだ。これでいい。


 その後、路地で女性と別れてから少しして、俺は目的地にたどり着いた。

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