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修練場はかなり広い場所だった。
というかこれ、ダンジョンだよね? 確かにどんなに激しく戦っても問題ないと思うけど、俺を案内していいのかね?
それにしても、地下室とかではなかったんだな。一階だと思っていたのにさらに階段を降りたから内心ビックリしていたんだよ。
それにしてもこんな場所を見せるなんて本当に取り込まれそうで怖くなってきた……
修練場に着くと待っていましたと言わんばかりにソラが迫ってきた。
「待っていたぞ平民、このまま叩き潰して裏近衛メイドとの力の違いを見せつけてやろう」
そう言われても……こっちとしては噂されただけだから迷惑です。
ツナ伯爵もなんとも言えない表情をしている。
「え、えぇー、お待ちしておりましたユーさん。今からは一対一の模擬戦を行ってもらいます。ソラはもう5人決めていますのでユーさんも決めてください」
細かなルールとして武器はお互いに木製の物を使用、相手を殺してはいけない、ギブアップか審判が止めるまで模擬戦続行、魔法の使用はあり、一度決めたら選手の入れ替えはなしというものだった。
ソラ側は
大将 アウラ
副将 ウィリデ
中堅 ブルル
次鋒 ラーウ
先鋒 ウィオラ
という順番だった。
それを見てから決めるこちらが有利だと思いながらこちらも決めていく。
大将 ミオ
副将 リュミス
中堅 チカ
次鋒 クオン
先鋒 ライカ
とした。
「ライカ、チカ、もし君たちの相手が無手で来たら要注意だ。その場合、ライカは絶対に相手を近づかせないように戦ってくれ。チカは近接だから近づかせないのは無理だけど、一応気をつけてみてくれ」
「……あにじゃ、わかった……」
「ユーしゃまのご意志のままに」
あとは特に言うことはないかな。
「みんな頑張って勝ってくれ!」
「「「はい!」」」
「うん!」
「……はい」
「じゃあリオとリンカはこっちで俺と一緒に待ってようね」
「……あにサマぁ、リンカなにもしてないよぉ……」
あ、能力だけを考えていて出番のことを考えていなかった……
「う、ううぅ……」
なんか泣きそうになっている、でももう一度決めたら変更できないんだよ。
「ごめんな、出番のこと考えてなかったよ」
正直に告げ、リンカを膝の上に乗せ、抱きしめて頭を撫でる。
「どうやら獣人で身体能力の高そうな相手だったから魔法タイプのリンカを外しただけなんだ。でもリンカも活躍したかったよな、ごめんな」
そうして撫で続けているとリンカも落ち着いてきた。
まだまだ眷族が増えるのにこういう気遣いができないとか、不甲斐ない。
これからはそういったところもちゃんと考えてあげないといけない。気をつけよう。
リンカを慰めながらそんな反省をしていると、背中にポフッ! という柔らかな衝撃が。
「にぃに〜リオも〜リオも〜」
そこからグイグイと身体を押し付けてくる。
ちょ、ま、待てよ! 柔らかいた感触がダイレクトだから、そんなにグイグイ押し付けないで!
「えーっと、ユー様、準備はよろしいですか?」
そんな風にバタバタしていたらミミルに問いかけられた。
あれ? 周りを見ると
「は、はは……」
「平民の兄妹はこんなにスキンシップが激しいものなのか……」
苦笑いしているツナ伯爵と何やらショックを受けたようにブツブツと呟いているソラ。
ジト目で見つめているみんな、心なしか冷たい視線に感じる対戦相手たち。
対戦相手たちの視線が冷たく感じるのは被害妄想のせいだよね? 俺の心の安寧のためにそう思うことにした。
「ん、んん! すみません」
ちゃんとライカが自前の木製の薙刀を持ち、準備をしてあるのを確認する。
「ライカ、さっき言ったことに注意だよ! はい、こちらの準備は大丈夫です」
ライカが頷いたのを確認してミミルに答えた。
ライカと対戦相手がみんなから離れ、部屋の中央で対面した。
「ウィオラです、よろしくお願い致します」
「……ライカ、です……よろしくお願い致します」
いつもより滑らかに語ったライカ。やはり戦い、そして相手に失礼のないように考える武人に近い感じだよな。
「それでは、始め!」
ツナ伯爵の声で模擬戦が開始された。
ライカは俺の言うことを守るように薙刀をどっしりと構え、近づけさせないという意志を感じる。
ウィオラは逆に身体をちょこまか動かしライカの反応を見たり、隙ができるのを待っている。
しばらく動き続けたウィオラだったが一向にライカに隙ができない事に焦れ始めていた。
ライカの間合いに入ってしまえばすぐに薙刀の一撃で迎撃されることがわかっていたからか、ギリギリを見極めて動いていた。それが間合いに入り、身体をかすめることや一撃もらう光景が増えてきた。
「ミミルさん、模擬戦中にアドバイスって可能なの?」
気になって近くにいたミミルに尋ねた。
「はい、応援の一部として可能です」
ならなんでソラは助言をしないんだ? するなら今だと思うんだが。
だがソラは試合をじっと見つめていた。
そうしてこのままライカが勝つのかと思われた頃、ウィオラに動きがあった。
手を地につけ、四足獣のような構えをとった。
そして他の子とは違う髪型だった三つ編みを持ち上げた。
俺はあの髪型と彼女を見たときに感じた感覚が間違っていなかったことを知る。
三つ編みは角のように持ち上がった。いや、アレは正しく角なのだ! たぶんあの子は牛の獣人、そして角とは骨ではなく毛を由来としたもの。
なぜ彼女を見たときに牛とわかったのか、それはわからない、彼女の胸が他の子より膨らんでいたのが理由だとは思わない。
四足獣のようになってさらにわかりやすくなったなんて思ってない。
そんなアホなことに気を取られていた時、ウィオラがライカに突撃した!
今までとは段違いの速さと重さ、そして殺傷力だがライカは焦らず薙刀を器用に使い受け流した。
しかし、すぐにUターンして再度突撃!
ライカは上手くさばいているがウィオラの体力が続く限りこの攻撃が繰り返されるだろう。
そして一撃食らったらライカの防御力では負けが確定するだろう。
その精神的プレッシャーにいつまでも集中力が保たないだろう。
そう思った時、ついにライカの動きが一瞬精彩を欠き、薙刀が角に掬い取られ吹っ飛んでいった。
素早く全身に雷火を纏わせ、特に両手に集中させて迎撃態勢を整える。
角を両手で押さえようとするものの、勢いのついた突進に手が滑り、角がライカを襲う!
危ない! とっさにギブアップを宣言をしようとするもリンカとリオに止められた。
焦る俺に
「あにさまぁ! ライカなら大丈夫ぅ!」
「そうだよ〜にぃに」
と2人は言うが……慌ててライカを見るとウィオラの角を噛んで止めていた!
え!? マジか! さすがネコ科、猛獣の血筋だ!
だが、ライカの抵抗もここまでだった。
全体の髪も硬くなっているようで角を噛んだ状態で殴れるのは硬い部分だけでそのまま壁にぶつけられた。
背中を強くぶつけ、息が漏れ苦しそうなライカ。
そこにさらに突撃しようとするウィオラ。
「ギブアップ!」
俺はそう宣言した。




