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「謎、という意味の単語だということは知っていますが……」
たぶんそういうことを聞いているのではないのだろうが、心当たりがないので正直に答えた。
「……そう、ですか。そういう意味の単語だったのですね。ですが、私がお聞きしたかったのは世界規模で活動している盗賊団エニグマのことです」
「世界規模?」
盗賊が?
「はい、ユーさんもご存知のように各国の転移門はモンスターによって破壊されました。それでも彼らは各国で活動しています。これについてはリーダーが優れた転移魔法の使い手ではないかと噂されています」
ご存知じゃないところを不自然にならないように、さりげなく聞き出してみたところ、モンスターは稼働可能な転移門をなぜか狙って大襲撃を仕掛ける。理由はわかっていないが、これにより被害が大きく、どこも復旧不能な状態に追い込まれたそうだ。今では転移魔法は使う魔力に対して効果が薄いことから使われなくなり、転移門の技術も失われたのだとか。
逆に言えば、魔力が多ければ使い所があるっていうことだよな。
「そういえば獣人の兄妹が転移魔法が使えるアイテムを使用したようでした。懐から何かを取り出し、転移と呟くとその場から消えていました。あれ、あの兄妹なんの獣人だったんだ? 外見はヒトにしか見えなかったけど……」
「やはりエニグマが関わっていましたか、それにしてもヒトにしか見えない獣人、まさかいやそんなはずは……」
なんかブツブツ独り言を呟き出したぞ……。
怖いから話を進めよう。
「それでどうしてそんなことを私たちは聞かれたのでしょう?」
「え、あ、すみません。実は彼らには一つの特徴がありまして、迫害もしくは差別などを受けた者たちで構成されているということです。そういった者たちは圧倒的弱者であるとか、逆に力あるもの、能力値が特化しているものなどがいます。そして盗賊活動中に弱者は死に……」
「様々な種族の強者と特化型が生き残る、ですか」
「そういうことです」
なるほどね、俺たちはヒトに獣人の混成、そして力があることはギルドのランクアップ試験で見せている。それで怪しまれたわけか。
「でも私たちがエニグマの構成員だとしたら、なぜここに私たちだけでいるのでしょうか?」
「実は三男を助けたときに一緒にいた奴隷から面白い話が聞けましてね」
––––ビクンと反応しなかった自分を褒めてやりたい! だがそんな努力もクオンがビクンと反応したことで無駄になったなぁ……。
はは、伯爵と秘書にばっちり見られてるし。まあそれ以前に確信を持って話しているように感じるからそんなに変わらないか。
「なんでも奴隷の中に魔族の娘がいたようなのです。この娘も異端児であったそうです。そして追い詰められてお金に困っていた連中が魔結晶を売った形跡がありませんでした。ユーさんが退治した連中の家屋からも見つかりませんでした、もしかしてユーさんがお持ちになっていますか?」
持っていないのをわかっていて聞くんじゃねぇよ!
「お持ちでない。なるほど、そこで私は仮説を立てました。その魔族の娘を巡ってエニグマ内で揉めたのではないかと。その魔族の娘も異端児、自分たちと同じ差別を受けた存在、味方にするべきという考えのグループと魔族は敵、殺すべきという考えのグループとで」
「……そして離反したグループが俺たちってか? ライカ! クオン! リンカ!」
名前を呼ぶすぐに移動し、左の壁、玄関、右の壁へ背を向け囲い込んだ。
この人たちは余裕なのかねぇ、阻止しようともしなかったな。
「どういうことですか、ユーさん?」
「俺たちはエニグマなんて盗賊団でもなければ仲間割れなんてしていないが、クオンの秘密を知られているのはまずいんでね。最悪は口封じをしないといけないんだけど、そこまではしたくないかな」
「これは困りましたな」
「調子に乗るなよ! 低レベルのガキ共が!」
秘書がキレた! 低レベルが煽ってるように感じたんかね?
でも遅い! もうチカが俺の前に出て盾を構えている。
「ふっ!」
「んっ!」
秘書はどこから出したのか両手にナックルガード付きの短剣を装備して斬りかかり、チカの盾に吹き飛ばされた。
すかさずリオが俺の影から出て、魔法を発動! 闇牙、秘書の影から闇で出来た巨大な狼の頭部が現れ、秘書の下半身に食らいついた!
並みの敵ならこの攻撃で下半身とさよならだが、さすが高レベル者、動きを止めるのが精一杯か。
そこへチカがメイスを振り下ろしに行く。秘書も負けじとカウンターの構え。
「「やめろ!」」
俺と伯爵、二人の声が重なった。
その結果、秘書とチカがぶつかる前に止めることができた。
「いやいや凄いです、秘書とはいえ高レベル者が押さえ込まれるなんて」
(あくまで秘書だからな、精鋭はもっと強いぞ!)
「いえいえ本当にお強かった、右腕と左腕も投入するところでしたよ」
(こっちだって切り札は温存してあるんだよ!)
なぜか建前を聞いた、言っただけでお互いの本音が伝わったのを理解した。
両隣のミオとリュミスの肩へ腕を回し、抱きしめながらこの娘たちが切り札だとアピールしておく。
あ、ちょっとイラッとしたな。
「しかしどういうことなのでしょうか? 確かに低レベルであるはずなのですが……」
武器を構えたままの秘書が聞いてくる。
「彼女が秘書なのは鑑定スキルを持っているからですか?」
「そうですよ、何かと重宝しますしね、まあ鑑定スキル保持者のユーさんの方がこの辺りはわかっていますよね」
「そうですね」
「これはやはりギルドマスターが疑った、使徒様の方ですかな? 能力値が低いのも妹たちに能力値を配分するスキルを持つのでは? と言っていましたが」
「いやそれどう考えても使えないスキルでしょう。それに配分していたとしても使徒様としては弱いと思いますし」
「しかし、獣人が強力な魔法を使っていますし、これは通常では考えられないことなのですよ。もしや使徒様の系譜に連なる家柄の先祖返りとか?」
「その辺りはご想像にお任せします」
「そうですか、疑って申し訳ありませんでした。そちらの魔族の娘、クオンさんでしたかな、彼女の情報は漏らしませんので」
そう言うと秘書に武器を収めさせた。こちらもみんなに戻ってきてもらう。
するとこちらに近づいてきたクオンに涙目で抱きつかれた。
「すみません、ご主人様、私の所為で……」
「うーん、あの連中に関わったことで、クオンのことがなくても疑われていた気がする。それに伯爵様もこう言ってくれている。あんまり気にしないでいいんだよ」
そう言って抱きしめ返して頭を撫でる。
「それにしてもいいのですか?」
「はい、正直に申しますとあまり良くはないのですが、他にバレていませんし、ユーさんたちを敵に回すと冒険者、騎士の被害が多くなりそうなので友好的にいきたいですからね」
この言葉を完全には信用できないが確かに力があることは示せた。ならある程度は信じてもよいだろう。
「なるほど、そういうことでしたら。それにしてもエニグマ、驚きました。疑われるなら噂に聞いていた裏近衛メイド部隊だと思っていましたので」
あははと笑いながら冗談まじりに言う。
「そのような勘違いはしませんよ、我がツナ伯爵家は裏近衛メイド部隊を輩出する家系ですし」
……今なんて言った?




