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ホークを無視して入った迷宮内。
「マスター、どうしたのですか?」
「この迷宮は先生が関わった迷宮の可能性が高い。だからちょっと調べてみる。みんなはこの部屋から絶対に出ないで。出たら罠が発動するシステムだと思う」
そしてみんなでこの小部屋を調べた。壁やらなんやらを。本当に先生が関わっていたら俺に危害を加えることはしないはず。
ならどこかに仕掛けがある。
「何かありましたマスター!」
ミオが見つけたようだ。
そこの壁に隠しボタンがあった、迷わず押す。
『問題、密閉された容器内に鳥が入っていた場合、鳥が飛んでいるときと止まり木にとまっているときでは、どちらが軽い?』
そんな無機質な声が聞こえてきた。
なるほど、理科の問題だ。
やっぱり先生が関わっているんだ!
この問題は小学校レベルの理科の問題。
まあ出されるのは私立中学校の入試とかだろう。
俺も塾講師のアルバイト中にこの問題解いたわ。
少しいやらしくしてあるが、問題ない。
「どちらも同じ重さ」
『正解』
よし! でも、どちらが軽いとか、誤解答に導こうとしていたな。
密閉していない場合は飛んでいる方が軽いというのも合わせ、二段構えの引っ掛けか。
隠しボタンのあった壁が開き、新たな道が出現した。
その道を注意しながら歩く。
すぐに小部屋にたどり着いた、もう階段も見えている。
階段を降りると四方を壁に囲まれた小部屋に出た。
その壁の一つに文字が刻まれていた。
『アンモナイトは現代でも生きていますか?』
「どうしてこの問題でご主人様の先生が関わっていると?」
「これは問題だけど、ただの問題じゃないんだ。この問題は先生の授業で出された問題で、俺は大失敗をしているんだ。その大失敗を先生はびっくりしていたから、覚えていたんだが、恥ずかしいな……」
どう解答すればいいのかと思ったが、手のひらを乗せるような場所がある、そこに乗せて解答してみるか。
「いない。いるのはオウムガイ」
『正解』
そうなんだよなぁ、オウムガイをアンモナイトと間違えていて、アンモナイトは絶滅したって言った奴にドヤ顔で『生きてるわ! 馬鹿じゃないの!』って言ってしまったんだよなぁ……。あぁ、今思い出しても恥ずかし……。
そうこうしていると文字が刻まれていた壁が開き、新たな道が現れた。
進んでいくとまた小部屋、そして文字が刻まれた壁。
『理科の実験器具の片付けを手伝ってくれましたが、あなたは何を落としましたか?』
これも俺のミスですね。なんでこんなことまで覚えている? 先生すげーな。
「秤」
『正解』
そんな風にして様々な恥ずかしい思い出を答えさせられた……。
先生もう勘弁してください……。
そんな俺の願いが通じたのか階段がある部屋に出た。
階段を降りると大きな扉があった。
それを開こうとしたが、ミオとリュミスに止められた。
俺が警戒していなかったからだろう。
俺はみんなに止められて、ミオとリュミスが扉を開いた。
その部屋は人が住んでいたことが感じられる部屋だった。
だが、先生の姿はない。
部屋の中心には人が寝られるような大きさの箱のようなものが。
自分でもよくわからないが、その箱に惹かれ、気がついたら開け放っていた。
「これは……子ども?」
それもこれは……千花ちゃん? いや、千花ちゃんはもう亡くなっているはずだ。
それに告別式で見た写真より、なんというか人間離れした可愛さ? 綺麗さ? になっている。
いや、面影はある。だから千花ちゃんだと思った。
七歳くらいの女の子、身長は120㎝ほど。
黒髪を肩にかかるまで伸ばし、ツインテールにしている。まだ開いていない大きな瞳もたぶん黒色なのだろう。
そんなことを考えていたら突然目の前が真っ白に染まった。
「ここは?」
俺は真っ白な空間にいた、周りを見回してもみんなはいない。
「久しぶりだね、長谷川君」
懐かしい声がした。
俺はその声の方向に振り返った。
そこには先生が、いた。もう老人と言っていい年齢になっているが面影がある。
だが、俺の好きだった優しげな瞳は別の感情に染まっていた。
諦め? 怒り? それとも悲しみ? どれなのか俺にはわからない。けれどその瞳だけで印象が全く異なるものなんだな、先生だと思って見なければ気がつけなかっただろう。
「君がこれを聞いているということは僕は死んでいるのだろうね。これは言ってみたかったセリフだ。まさか本当に言えるとはね」
そういうところは変わらなかったんですね……。
「さて、君にメッセージを残したのはお願いがあったからなんだ。これを見ているということはもう千花を見ているね。彼女のことを君に頼みたいんだ」
なんで俺に?
「なぜ君なのか、疑問に思っているのかい? 一つは君になら任せられるからだよ。旅をしている間、他の転移者にも会ったが皆死んだ目をしていたよ。どうやら異世界に来られる人間は、自殺を考えるほど思い悩むような者だけが転移するようなのだ。なのに君は違う」
そうなのか、でも俺ゲームデータが消えたことと、告白を断ったことくらいしか負の感情はなかったような……。というかなぜ俺が違うことを知っているんだ?
「色々疑問が出ているだろうが後で一気に話すからね」
そこからさらに色々と説明があったのだが長いからまとめる。
事故の後、先生は自殺を考えていた、そんなときあのサイトを見つけた。
死んだ妻と娘を生き返らすために死霊術などのスキルを選び、手に入れたものの、着いたのは異世界。
世界が違う者まで呼び出すことはできず、再び絶望しつつも手に入れた力で世界を回る。
そして最初に降り立った場所に帰ってくると一度愛した相手が自分の子供を生んだことを知る。しかし、彼女は結婚していた。
さらなる寂しさにかられ、手に入れていた錬金術のスキルで娘を作ることを決めた。
見つけておいた休眠中のこのダンジョンを手探りで稼働させて篭り、ホムンクルスの作製に成功した。
娘と同じ名前、千花と名付け生まれさせるが心を持つことがなかった。
そして未来視のできる転移者に出会い、俺がこの地に来ること、千花に心を持たせることができる可能性があることを知る。
そこで死の間際に錬金術の力すべてを尽くし千花ちゃんを休眠させた。
ということらしい。
「なので本当は君に残しておきたかった魔法の袋なども手放してしまったのだよ、ごめんね。でも一つのユニークスキルと部屋にあるこの装置を受け取ってくれ、きっと役に立つ、というかユニークスキルは娘のために必要だから渡すんだけどね」
そういうとなにかの機械が空中に映し出された。
「これは復活炉、偶然できた代物でダンジョンに設置すると死ぬ間際に回復させ、任意の場所に転移させることができる装置だ。動力は『人の思い』を利用しているみたいだ。ここのダンジョンの話くらい聞いているだろうけどお金を半分取っている。それはお金に残っている『人の思い』を吸収するためなんだ。吸収した『人の思い』がどこかのエネルギーを引っ張ってきて死を回避させるという荒技をやってのけるようなんだ。『人の思い』が効率的に得られるのが、お金なんだ。人の欲深さが良くわかるよね。お金がない場合は、冒険者の装備、これも思いが残るよね、だって相棒だし。それすらないなら四肢、四肢は思い入れというか本体と繋がってるからね。まあ、作った本人だけどシステムなんてそのくらいしかわからない。けどこれは君に必要になるらしい。だからあげるよ」
なんか凄まじく不安になるものを渡されたような……。
「あ、これ、取っちゃうと中に魔力石入ってるからダンジョンは閉鎖されるよ。だから間違って入って罠で死ぬ冒険者も現れないから安心してね。出るときに取ることをおすすめするよ」
なんか軽いなぁ。
「最後に、娘をよろしく頼むよ。交際は本人の同意があれば許すから、孫は天国で楽しみにしてる〜」
あれ、先生ってこんな人だったっけ? 深夜はテンションがなぜか上がるけど、死ぬ間際もそうなの?




