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短編集

Re:live

作者: 僕

もう、悲しくはなかった。寂しさに負けることもない。

何故って、それは君がいるからだろう。優しい、優しい、君が。

今なら背に感じる乾いた布の感触も、視界を覆う白い天井も、僕を祝福しているようにすら感じられる。

朽ちていくだけの運命だった僕は、君と出会い自分の運命を呪うようになった。

諦めたくないと思うようになり、抗うようになった。

もっと君と色々なものを見たいと、もっと君の色々な部分に触れたいと思うようになった。

その度に、何もない自分が恥ずかしくなった。

それでも君は、こんな僕の瞳が映す白と黒の区別すらつかない世界に色をくれた。

しかしその色は君と同じではないことを僕は君を通して知り、その事実がまた新鮮で、それが更に新しい色に変わっていった。

そしてその驚きの連続はたとえ儚く壊れやすい宝物でも、僕にとって生まれて初めて得た、決して壊したくないかけがえのない無上の喜びとなり胸を充たした。

君と共にしたそんな日々は、過ぎ去ってしまえば刹那でも僕にとっては永遠だ。

その真実が僕に君や自分を信じる強さをくれる。恐怖をも解き放ち、そして理解する勇気をくれる。僕は、思わず笑みを零した。

それを隣にいる君が何も言わずに受け入れてくれていると、僕には分かった。

そう思い至った根拠はない。しかし、自信はある。

だからこそ僕は、自らの意思と裏腹の今にも途切れそうな声を振り絞り繋ぎ合わせた。

「ありがとう。」

ありきたりな、しかし剥き出しのその言葉に、君は口許を震わせ必死に笑った。

顔や言葉で表すには余りにも余りある君の溢れ出るその感情も、決して嘘ではない裸の気持ちだとやはり僕には分かってしまう。

僕達は、お互いがきっとそうだ。これまでも、これからも。

だからそれを見て満足した僕は、薬品の臭いの中でゆっくりと瞳を閉じた。

僕の右手を握る左手の温もりと、胸に置かれた右手の重みが段々と遠ざかる。

「また会おう。」

僕の口がその言葉を紡いだかどうか、そしてそれが君に届いたかどうか、今の僕に確認する術はもうない。

しかし、その思いが確かなものであることは揺るぎない。

薄れ行く意識の中で、最後にぼやけた輪郭の声をくっきりと、そしてはっきりと聞いた。

「二人なら大丈夫、きっと。」


再び瞳を開いた時、僕は先程までとは似ても似つかぬ場所にいた。しかし、そこはよく見慣れた場所だ。

背には弾力のあるマットレスの感触、視界を覆う灰色のひび割れた天井、そして卸し立てのシーツの香り。

カーテンの隙間から漏れる光に目を細め、身体を起こす。そのまま立ち上がり毛布を脱ぎ捨てると、薄暗いままの部屋で今の僕にふさわしい服を纏った。

そして起きてから二十分もせずに玄関の重い扉を開き、鍵をしっかりと掛けたことを確認すると、打ちっぱなしのコンクリートの建物を後にする。

何かを口に入れる気には到底なれなかったので、空腹で目が回るのも構わず僕は自分の行くべき場所へとふらふらしながら歩き出した。

紅や黄の葉が舞い躍り木漏れ日と共に降り注ぐ小道には、帰る場所を失くした悲しみが積もっている。

僕が見ていた世界は、こんなにも色褪せていただろうか。

今認識できている色ですら、瞬きをする度に失われていっているように思えてならない。

僕は足許に落ちている葉を一枚手に取り、光に透かした。何の意味もないことだ。僕の心が色眼鏡になっていると、自覚があるのだから。

しかしその光景が、何故か僕の胸を締め付けて離さない。

「…二人なら大丈夫、きっと。」

思わず呟いた言葉は、昨日確かに僕が発したものだ。

それは、きちんと君に届いていただろうか。僕は君の思いに応え、上手く笑えていただろうか。

清々しい面持ちで「ありがとう。」と、晴々しい声色で「また会おう。」と消え入りそうに、しかししっかりと告げた君の横顔を西の強い陽光が映し出していた昨日は、時にして刹那。しかし、僕の中の永遠となるだろう。

君があの時どんな思いで新しい夢を見に行ったのか、僕には何となく分かる気がする。きっと君も、僕の心の中を覗いていたに違いない。

僕達は、お互いがそうなのだから。これまでも、これからも。

だから君がまた僕の近くに来ることがあれば、僕はきっと気付くだろう。反対に僕が君の近くに行くことがあれば、君もきっと気付くはずだ。

だからたとえ言葉を交わす術が無くなったとしても、何も心配などいらない。僕達は、それ以上の何かで繋がっているのだから。

そして同時に、僕は君と僕自身の言葉を信じている。そこに託された思いが、僕達を繋げているのだと思うから。だから二人なら大丈夫、きっと。

君と出会い、僕は繋がりを望むようになったから。何を犠牲にしても、守りたい大切なものができたから。そして、それがこれ以上ない程に幸せなことだと知ったから。だから、そう思う。

ありがとう、そしてまた会おう。

拾った葉を掌にそっと乗せ、風に運ばれ数メートル先に静かに着地するのを眺める。

滲んだ景色を袖で拭い大きく深呼吸をすると、その度に世界は色を取り戻していくように思えた。

彩り鮮やかな道を、僕は再び歩き出す。大きな鐘の音が鳴り響く、祝福の方向へ。

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