気になる彼は高校生
「起立!……礼!……着席!」
「はい、ありがとうございましたー。また明日続きやるからねー、プリントはなくさんように。」
『はーい。』
いつもどおり授業を終えて、1階の職員室に戻る。休み時間は、各クラスの生徒と話をするのが日課で、教師にしては珍しいとか生徒に媚びているとかよく言われるけど、楽しいし、生徒のこと知る勉強になるのでやめられない。1学期には、私がそうやって生徒の輪に入っていたから、早期にいじめ問題が発覚し、指導することができた。
そんな日々を過ごしてきたので、今も教科書やらノートを机に置いて、職員室から出ようと思っていた。ところがこの後から私の日常に少し変化が起こることになる。
「坂口先生!」
隣の席の同期である板橋先生に呼び止められる。
「はい?何かやらかしましたか?笑」
「ちゃうんですよ〜、先生モテてますよ〜。」
「へっ??何言ってるんですか〜?もう!」
「マジなんですって!」
「嘘でしょ〜?」
「これは絶対マジですよ!あの1年2組の大田原 孝が僕の授業中に
『先生!俺!坂口先生のことが好きやねん!』
って告白してきましたよ!笑
それから1年2組の生徒はその話題で持ちきりでしたよ。」
「ええええええぇぇぇぇ!!!マジっすか!?それは驚きです!全然気付かなかった〜〜。そんな贔屓した覚えもないのに。」
「高校生なんて年上の女性に興味がわくものですからね。とりあえず僕は、お前が高校生の間はアピールするだけに留めておけ、卒業するまでにまだ好きなら告白したらどうや、とアドバイスしておきましたから。」
ニヤニヤしながら板橋先生は言う。
教師が生徒と恋愛するなんて、卒業するまではあってはならないものである。うちの学校は、私立で偏差値も高くない底辺校だけど、授業内容が面白く、行事が多いのが有名で、世間では名が知れてないわけでもない。そんな教師の不祥事が起こったら、世間にすぐ騒がれてしまうだろう。
ついでにその大田原孝という生徒は、勉強はできないけどコツコツと努力はしていて、わからないことがあったらクラスのみんなの前で使授業中に質問してくるような生徒で、スポーツは何でもできる。野球部に入っていて、性格はお調子者で明るく元気、ちょっとメンタルがまだ弱い。そんな風に、みんなに愛されるようなキャラをしている。
「はあ。ありがとうございます。これからちょっとやりにくいなあ。」
「大丈夫ですよ。問題を起こすようなやつじゃないし、襲ってきたりはしませんって。」
「そりゃそうでしょう。はあー。」
板橋先生はそう言って、まだニヤニヤしながら教室へと歩いていった。
私は次授業がないので、いつもなら空いていれば、他の教師の授業を見に行くのだが、今はそういう気持ちになれなかった。
(あ!次の授業で使うプリントを印刷するの忘れとった!)
印刷機は職員室にあるのだが、20枚以上印刷するときは3階にある輪転機を使用するように決められていた。3階には、さきほどの会話で話題になった大田原がいる1年2組の前を通らなければならなかった。
私は少しドキドキしながら、1年2組の前を通る決心をして3階へ向かった。
授業が始まってから20分。
1年2組を覗いてみると、大田原は眠りそうになっていた。私が教室を覗いているのを見つけた生徒が、大田原を起こす。
「孝の彼女来たで!笑」
そうニヤニヤしながら言っていた。
どうやらもう付き合っているという設定にされてしまったようだ。
この手の話題は高校生の好物だろう。
冷やかしている者もいた。
当人も照れすぎて、私の方を見ようとしない。
授業をしていた数学の山田先生もニヤニヤしている。
さっきの授業で彼が私のことを好きだと打ち明けたからか、クラス全員が私たちに注目していた。
私は恥ずかしくなって、印刷室に逃げ込んだ。
何でこんなにドキドキしているのかわからない。思われるってことが久しぶりだから、免疫がなくなっていたんだと思う。
よーく思い返してみると、彼は私の授業で一度も寝たことがない。いつも積極的に授業に取り組んでいた。教科書を読んでと言ったときも自分が読むと立候補したり、余談で食べ物の話をしたときも先生の好きな食べ物は何かと聞いてきたり、進路の話をしようとしたときに自分が高校生の頃の話をすると最初から先生になりたかったかと聞いてきたり、授業外でも良く話をしていた。たわいもない話だったけど。
こんなに話してくれる女性が周りにいないのかもしれない。40人のクラスに女子は10人程度だし、男女仲も目に見えて仲がいいわけではない。
私のように親身になって楽しく話してくれる人が少ないんだと感じた。高校生同士だからできる恋愛をしてくれたら相談に乗ってあげられるんだけど。
印刷を終えた私は、再び1年2組の教室の前を通る。
私に気付いた生徒が、
「孝の彼女また来たでー!」
と言っているのが聞こえる。
彼は恥ずかしがってこっちを向こうとはしない。
なぜかその様子に腹が立った私は、教室のドアを開けて、
「大田原!他の先生の授業中に寝てたらあんたとは一生しゃべらんで!」
と言った。
「絶対寝ーへんわ!」
と大田原がこっちを見て返事をした。
周りの生徒が、「仲ええなあー!」とか「ひゅーひゅー」とか言っている。
「仲ええやろ!」と言って、返事を聞いた私は満足して職員室まで戻った。
それから6時間目が終わり、生徒がぞろぞろと下校する時間になった。
私は今週の下校の立ち番になっていたので、帰っていく生徒を校門で見送っていく。
今日から学年末テストの一週間前なので、部活はどの部もない。
すると、1年2組の男子たちが降りてくるのが見えた。そこに彼もいる。
しかし、彼は私を見つけると恥ずかしがって逃げようとした。
(なんであんたが逃げるんや。恥ずかしいのはこっちやのに。)
そう思いながら他の生徒を見送る。
彼らの集団が私の目の前に来たとき、彼も照れながら後ろにくっついてきていた。
「先生!孝が先生に言いたいことあるねんて。」
「言いたいこと?何やろか?」
「聞いてあげてなー。」と言いながら他の生徒は帰っていった。
気付けばここには、私と大田原しかいなかった。
「先生!俺!先生のことが好きや!先生のことずっと見てた。先生としゃべんのが一番好きやし、先生の授業が一番好きや!それと教科書を読んでる先生の声が好きや!まだまだ俺は子どもやけど、頑張って成長するから卒業したら俺と付き合って!」
「ありがとう!大田原頑張って成長してよ!待ってるわ。」
「うん!先生またな!」
そう元気良く返事をして、友だちがいるところまで走っていった。
この子の気持ちを聞いた時、正直驚いた。高1なんか子どもで恋愛対象外だったけど、ドキドキした。こんなに真っ直ぐに思いを伝えられたことなんて今までなかった。
この日、私には気になる人ができた。
真っ直ぐで元気な高校生が。
ーーーーー 終 ーーーーー