塊
駄作、原稿用紙を丸めた後勢い良く後ろへ投げ捨てた。これで何回目だろうか。愚かな私は自らの能力に限界を感じていた。内臓が腹から引き摺り出されるグロテスクな描写、霊的な存在に翻弄され絶望の淵に追いやられる描写、人の奥底に潜む殺意等の狂気じみた衝動、総て違う。私の求めている恐怖はこんな軟弱なモノでは無いのだ。最も原初的な感情である未知なる恐怖を、人類に与える為にはどうすれば良いのだろうか。
1番手っ取り早いのは私自身がそういうモノに出会う事だろう。然し莫迦らしい未確認飛行物体やら穢らわしい未確認生命体なんぞどうでも良い、くだらない屑みたいな人の玩具など要らないのだ。必要なのは何者にも捉えられない幻想的な存在なのだ。今夜は満月である。不気味な薄明かりが道を照らしている。宛が無い足を進めよう、何かに出会えるかもしれない。
路地裏を覗いて見ると、黒い影が顕れた。猫が何かだ。赤い2つの輝く眼窩に惑わされたのだろう。気が付いたら私は吸い込まれるかのように、興奮した犬のように猫追っていた。闇が潜む細い道に鼻を捻じ曲げる悪臭が陰気に漂っている。もしかしたらもしかするだろう。私は着々と求めていたモノに近付いているのだ。目を逸らさぬよう瞳を名状し難い怪物のように見開かせ、口を冒涜的な生ける屍のように歪ませた。愉しみだ。私の小説が遂に完成するのだ。人類に未知なる恐怖を齎し、孕む、混沌とした物語を創り出せるのだ。全貌を顕せ、私の奴隷よ!
黒い塊だった。渦を巻く、眩暈を齎す塊である。辺りに緑色の膿じみた、糞の何倍もの悪臭を放つ小さい塊を撒き散らしている。私は狂ってしまったのか、その場で跪き塊を崇拝しているのだ。理解不可能な理不尽である求め続けていた原初的な感情、未知なる恐怖を目の前にして、私は悦びを感じ取った。狂気の沙汰と言われても良い、塊を書くぞ、恐怖を描くぞ。ククク……ケケ……ハハ……私は塊を喰らい、窖の底にて完成させるのだ!見ろ!あれは私の終着点だぞ!見ろ!私の身体を取り込もうと、蠢いているぞ!私は何処にもいないのだ!私は塊と同化している。ペンを持ち、原稿用紙に私の経験を、幻想を、塊を永遠に綴るのだ……