ファーストモーメント
今回の登場人物
世里 拓海 中学2年生。主人公。 166㎝
世里 花菜 小学6年生。拓海の妹。 151㎝
世里 咲菜 拓海のお母さん。 PTA副会長。
第一章 ファーストモーメント
チリリリリ!
毎朝六時半にセットしているはずの目覚まし時計が、いつもより早めにけたたましく今までの静寂を切り裂くかのように鳴り響く。
そのやかましさに反応した寒がりな僕、世里 拓海はくるまった布団から手だけを出し、鳴りやまない時計を静めようともがいた。
しかし、目覚まし時計が見つからない。 どこにいったのか。
仕方なく僕は首も布団から出し、目覚まし時計の在処を探る。
それはすぐに見つかった。ベッドの下に落ちていたのだ。
仕方なく布団から出て目覚ましを止める。そして僕の部屋に再び訪れる静寂。あと急激な寒さ。
北の大地の冷帯な気候ならではの寒さが僕の体を蝕む。
急いで僕は部屋の暖房を点ける。時間を確かめると六時五分。起きるのが早すぎだ。
『誰だ目覚ましセットした奴』と愚痴を心中に垂れ流しながら、二年間も着ているからもう着慣れている制服とセーターをハンガーから引っ張るように剥ぎ取った。
制服を寒い冷たいだるい休みたいとぶつくさ言いながら着替えた僕は一階にあるダイニングへ。
そこには僕の気だるげなテンションとは正反対の ――僕を雨と例えるなら晴れだろうか―― そんな奴がイチゴジャムを塗ったトーストをほおばっていた。
「兄さん! もう六時二〇分だよ!」
「……花菜、僕はこんなに早く起きる必要はないんだが」
「えへへ~。 ああいう風に目覚まし時計仕込むとさすがの兄さんでも起きるんだね! 今度からあそこにおいて置こっと!」
どうやら犯人は僕の妹、花菜だったらしい。
「で、なんでこんな早いの?」
「ふふっ。 わたしね、朝練なんだ!」
「え、花菜ってなんか部活してたっけ」
「小学校だからクラブだけどね。 合唱クラブなんだ! あたし、ソプラノのリーダーなんだよ! すごいでしょ!」
ほうほう。 僕は合唱についてあまり知らないがすごいということだけは伝わってくる。
「まあ、がんばれよ」
「もちろんだよ、兄さん!」
そして花菜は残りのパンを口に入れ、ごくんと飲み込む。
「あ、そうそう。 来週の日曜、カラオケ行こ!」
「え? 再来週かに友達と行くって言ってたじゃん」
「いや、行くけどさぁ、人前では練習の成果見せたいじゃん。 でも小学生だから一人ではカラオケ行けないしさ。 ママもその日忙しいって言うしさ」
キッチンにいるであろう母さんに「ね~」と言う花菜。 するとキッチンから
「そうなのよ~。 その日偶然小学校のPTAが重なってるのよ~。 だからお願い、たーくん。 カナちゃんと一緒に行ってあげて」
という。 たーくんこと僕は母親に話しかける。
「父さんはどうなんだよ」
「来週の月曜から二週間出張でいないらしいのよ」
……どうやら拒否権はないらしい。
僕はため息をつきながら、
「はー。 しゃーなし。 来週の日曜な。 予定空けとく」
「やったー! 兄さん、ありがと!」
喜んでいる妹が、そのあとすぐ「チコクチコク!」と言って猛ダッシュで学校へ行ったのは、また別のお話である。