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Before working

SE・N・PA・I

作者: 真織

神戸の田舎の中学校を舞台にしたお話です。方言が出てきます。

朝一番の窓を開けて、グランドに向かって、風に吹かれる。

五月、初夏。仰いだ空が、青い。

さて。まわれ右。

まぶしい風を、お腹一杯食べて。あたしは、朝の放送の準備にかかった。

放送部の金曜グループは、三年生二名、二年生二名、一年生一名の合わせて五名のはずなんだけど、みんな定刻通りに来た例がない。

あたしは早すぎるんだけど、残りの四人は遅すぎるヒトたちで。

朝って、確かに、一分一秒でも寝ていたい。その気持ちは、わかる。あたしが、そうだから。だから、あたし、誰にも文句言えない。

あたしは、こういう朝を独り占めにできるから、それだけのために、早すぎるヒトをやっている。

" みなさん、おはようございます。五月十一日、朝の放送をお送りします。 "

アナウンスを終えて、朝の定番音楽のペールギュントかけて。その頃になってやっと、メンバーたちが放送室にやって来る。

「あ、ちーちゃん、ごめんねー。電車遅れちゃってさー」

と、入って来たのは、ふうちゃん。あたしと同じ二年生。

「先輩、すいませーん。寝坊してぇ」

と、これは一年生のさおりちゃん。

我が放送部は、体育系みたいに上下関係が厳しくはなくてゆるいところがあるから。

そうして、女子三人で、ひとしきりおしゃべりしていたら、すぐに放送終了の時間になって。

「そろそろ終わろっかー」

って、シメの台詞、

" 今日も一日頑張りましょう "

をアナウンスして、音楽フェイドアウト。それから、片付けして電源切って。

放送室の戸締まりしよっかなーって、時になって。

「あ、もう閉めんのー?」

センパイが、入って来る。

「閉めますからー、鞄持って出てください」

言うと、

「今、置いたとこやのにー」

返ってくる。

「今頃来る、センパイが悪い」

「こーへん(来ない)より、マシやろー」

はいはい。

金曜グループの三年生は、河島先輩と伊藤先輩。

伊藤先輩の方は、名前だけで部活には来ない完璧なユーレイ部員で、朝も昼も放課後も、一切、放送室には来ない。

で、とーぜんのように、河島先輩がグループの責任者なんだけど、彼は、責任の『せ』の字も背負ってなくて。

いつも、へらへらひょうひょう。そして、なぜだかニコニコしているのだった。



お昼休み、放送室の鍵を取りに職員室へ行くと...あれ? ないっ。

顧問の先生いわく、

「河島くんが、持ってったよ」

とのこと。

そして、放送室に着いたあたしは、

「センパイ、普段やんないコトしないでください」

おかげで無駄足踏んだじゃないの、と。

「たまには、ハズさないと」

笑ってる先輩。このやろー。

「んじゃ、おもいっきりハズしてください。お昼の放送、任せます」

「男は、アナウンスしないの」

「テレビもラジオも、男のヒトの方が多いです」

部が悪いと見ると、

「まーまー、座って」

先輩ってば、マイクの前の椅子を引いて、

「これ、西田の指定席ー」

だって。

まったく、これだから、もう...。



お昼の放送は、全校生徒のアンケートを基にした番組放送。原稿書いて、選曲して。

原稿を書くのは、放課後の活動時間。一応、曜日ごとのグループ全員集まって案を練ることになってるんだけど。

例によって、一年生は、グループもそっちのけで、固まっておしゃべりばっかり。

金曜日は、ふうちゃんとあたし、二人でやってるようなもので。といっても、ふうちゃんは、彼女の達筆で原稿を書いてくれるだけ、ちっとも考えてくれない。

先輩は、ちょっと離れたところでヘッドフォンしてたりする。かと思うと、

「まーた、ひとりで気張ってるんかー?」

なんて、邪魔しに来たり。

「センパイが、やってくんないからでしょー」

「真面目な後輩がいるから、俺の出る幕ないもーん」

「不真面目なセンパイがいるから、仕方なく真面目な後輩の役やってるんです。金曜グループは、先輩に恵まれなかったから、こーなっちゃったんですからねっ」

「よーそんだけ、先輩に向かってぽんぽん言えるなー。西田は、上の人に好かれへんぞー」

「べつに、だらしないヒトに好かれなくたっていいですもん」

「にくたらしー」

「こっちの台詞ですよーだ」

なんて、ふっかけあいが、習慣みたいになっていた。



うちの放送部の中では、自然と役割分担みたいなものが決まってる。女子は大抵アナウンス専門で、男子が、機械専門。それで、結構うまくいってる。

あたしは、といえば。もちろんアナウンス専門と言いたいところなんだけど。頼りにならない河島先輩と、機械類はからきしダメなふうちゃんと、メンバーに恵まれたおかげで、いつのまにか機械までこなすようになってた。

それでも、時々、先輩は気まぐれを起こして、難しい機械処理なんかをやってくれちゃったりするから。

やっぱり、あたし一人でやってるわけじゃないんだなーなんて。思ったりすることもあって。

なんだか、先輩のまわりだけ、他と違う風が吹いてた。



「放送、お願いしまーす」

と、生徒会のヒトがしょっちゅう放送室にやって来て、日番の集合放送だの、委員会からのお知らせだのと頼んでは、出ていく。

放送は、その曜日担当のグループに一任されていて、金曜日なら、あたしは、さっと放送準備にかかる。

「ふうちゃん、日番放送!」

などと声をかけながら。

ふうちゃんが、

「えー、あたし、さっきやったのにー」

なんて言おうものなら、すぐに目先を変えて、

「そんじゃ、さおりちゃん、座って」

と、さおりちゃんに声かける。

もう、ほとんど習慣。

「西田、自分でやったらえーのに」

先輩がぼそっと言った。だけど、あたしは、聞き逃さない。

「機械もアナウンスも、両方いっぺんにやれってんですかっ! センパイ、一度試してみたらいかがです?」

忙しいときだと、ついぽんぽんくってかかってしまう。

「そのうちなー」

先輩は、大して気にも留めずに、しれっと答えた。



先輩が、修学旅行に行ってる間の金曜日は、少し、静かだった。

で、帰ってくると、またうるさい。

「おみやげはー?」

と聞けば、

「餞別はー?」

とのお答え。上等。

ふと、先輩の鞄に目が止まる。ファスナーのところに新しいキーホルダーが見えた。くまのキャラもので。

「あれー? これって、センパイの趣味?」

「かーいーだろ。買ってきたんだ」

「わざわざ九州まで行って、こっちでも売っとーよーなの、買って来るなんて、さっすがぁ」

「ほおっとけ」

「んー、けど。かーいー。これ、ちょーだい?」

「あのなー」

「おみやげの代わり!」

「だーめ。金払ってくれるんやったら、考えてもいーけど」

「そんなー、タダでちょーだい」

「だ・あ・めっ」

ダメダメ言われると、余計に欲しくなってしまう。

「いけずー」

「西田より、マシー」

「どおっちがー」

ふん、だ。先輩の、けち。



結局。キーホルダーは、もらえなくて。

相変わらず、言葉遊びを続けながら、あたしは、あのキーホルダーに執着し続けて。

「なんで、そんな、欲しいん?」

と、先輩を不思議がらせながら。

夏が過ぎていって。いつのまにか、秋になって。体育祭、文化祭と行事の中で、忙しさにまぎれるように日々が過ぎた。

そうして、先輩が引退して、冬になって。

だんだん、先輩の穴が消えていって。つぎはぎでも、綺麗にふさがって。ふっかけあいのない毎日が、当たり前になって。

春が近づいてきて。

卒業式の後で、放送部の後輩一同から、それぞれの先輩にお餞別を送ったけれど。おみやげは、なくて。

「不公平だー」

って、叫んでると、

「順番、順番。来年は、もらう側、だろ?」

なんて。

これでもう、じゃれあうこともないなーなんて、ぼんやり考えてたら。

先輩は、とっくに花道の向こうで手を振ってた。

その頃、写真嫌いだったあたしは、一枚の思い出も残さず。

そうして、三年と半年たって。あたしは、不真面目な大学受験生で。

なんだか不思議なことに。先輩は、いま、働いているらしい。





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