ヤサグレ聖女、遠征に参加する【後編】
目指す泉に近づくにつれて、地面が黒くてベトっとしたものに覆われてきました。生理的に不愉快。これって元は苔とかだったのかな。これも瘴気のせいなのか。
もう遮ってくるものもなく、順調に泉に着きました。ここか。
泉はどろりとして淀んで底がみえない。生き物の気配がない。ここを浄化するのか。
精霊はいるのかな。いたとしても変質してるよね。浄化で元にもどればいいけど。
「ここで浄化ですね」
「はい。我らの仕事です。がんばりますか」
「はい。今からお仕事開始ですね。ちょっとその前に心の準備運動を」
横にいるエクセルにむかって、「くうちゃん…」と言うと、腰から外して渡してくれた。
受け取って、ぎゅっと抱きしめ、クマ吸い。はぁぁ〜、この手触り、ラベンダーの香り。ずっと慰めてくれたくうちゃん。堪能。……はい。充電完了です。
「ありがとう」とエクセルにくうちゃんを渡す。
聖女、行きまーす。がんばってお仕事してきます。
神官がわたしの両脇に並び、みんなで水辺に立つ。エクセルはわたしの後ろに立ち、見守ってくれている。騎士団も同じく、いつでもガードできるようにスタンバイしてくれている。
神官たちが詠唱をはじめている。さすが、仕事が早いです。
よし、これからが、わたしのお仕事。深呼吸。がんばるぞ。
パン!パン!まずは柏手。音で場を整える。少し場が変わった。よし。この調子。
手を合わせて深呼吸してから、意識を地の奥につなげる、奥の奥、まだ本来の力を持っている奥の奥。
けっこう深いところまでいかないとだめだな。ようやっと、温かさを感じて、自分に繋げる。その後、急上昇して天へ行く。天と地を繋いでエネルギーを循環させていく。循環させることでどんどんと力が増幅していく。 ある程度膨らんだところで一気に放出させた。
どろりとした水が動く。天地の力を拒んでいるようだ。時間かかるな。一度天地をつなげるとパッシブ状態になるから、浄化のエネルギーはわたし自身の力をそう使うわけじゃない。
わたしの役目は天地を繋いで、増幅して、正しく流して、最後まで見届けること。
あせらない。丁寧にやる。それだけだ。
急にどろりとした何かが跳ねた。泉全体が激しくうねる。瘴気がスパークしているのか、花火みたいにパチパチした光が散って燃え尽きる感じ。黒い塊はいやいやするように動くので、粘った水が押し寄せてくる。うん。わかってた。静かに終わるわけないよね。
こちらに向かってくる淀んだ塊に向かって、天地のエネルギーをぶつけるとなんとなく形が見えてきた。ぶつけた勢いで黒い水が飛散るがこちらにかかることなく、シールドに阻まれる。押しては引いて、引いては押して来る。生理的にいやがって、こちらを排除しようとしてる感じ。そういう動きの間にちょっと見えたものは細長い。蛇?泉の精霊は蛇体?
持久戦だ。蛇のような何かは浄化の花火をいやがっているけど、だんだん様子が変わってきた。自分の中の何かとも戦っているみたい。こちらを攻撃しようとして、止まって、うねって、のたうち回って、とてもつらそう。ちょっと自我が戻ってきているような動きなんじゃないかな。
精霊さん、頑張って。みんなで、手伝ってるよ。あとちょっと。がんばろう。
泉の色は透き通ってきている。相変わらず精霊さんは苦しそうだけど、こちらを攻撃する様子はない。
がんばれ、という気持ちをこめて、細長い身体に向かって浄化をかけていくと、高く飛び上がって身体をくねらせた時に黒い塊が鱗のように剥がれ落ちた。ひとつ剥がれるとそれがきっかけになったようで、流れるようにどんどんと剥がれて、そのままもろもろと消えていく。土壁が崩れていくみたいにも見える。
そして分厚い土壁の中から現れたものはほのかに輝く虹色の、遊色の鱗をもつしなやかな龍だった。
「わぁぁ〜!!」みなの歓声が聞こえる。
「聖女さま、やりましたね!」
神官さんたちもうれしそう。やった!第一部、完了だ。
虹色の龍は泉の上に静かに浮かんでいる。もう、苦しがっていない。よかった。
「精霊さん、虹色の龍だったんですね。すごくきれい」
「ほんとうに。聖女さまのおかげです」
「いや、みんなでやったことです。みんなといっしょじゃないと絶対できなかったもの。でも、まだわたしの仕事は続けます。もう少しやらせて」
泉も水が透明になっていてとってもきれい。水辺もきれいになっている。浄化を始めた時は触りたくなかった地面ももうなんともない。
でもね、やるからには徹底的にやりますよ。ウィルスとか中途半端な知識で申し訳ないが、滅菌のイメージで対応させていただきます。
「神子。無理なさらないで下さい。もう泉も精霊も浄化されていますよ」
エクセルが声をかけてくれるけど。
「ダメ。わたしの気が済まないの。あんなん、世の中に蔓延させられないよ。それに浄化はわたしの力を使ったわけじゃないからそんなに疲れてないの。これから徹底的に森全体をスキャンして瘴気が残ってたら滅するから。こうなったら、石のくぼみから地の底、葉っぱの裏まで徹底的にやってやる。絶対に逃しません。だから、ちょっと時間かかっちゃうかもしれないけど、許して。あのね、わたしね、実は意外にしつこいのです。だから、申し訳ないけど、諦めてくれる?やるから。みんなは休んでていいから。そして、ちょっとお水下さい」
一気に伝える。
「スキャン?」
悪いが、説明してる暇はない。エクセルからお水を受け取って一気に飲んでから、スキャン開始。
まず、膝をついて手を地面につける。どんな感じか確認、意識を広げる。違和感があったら、ズーム。ほんの小さなひっかかりでも浄化する。うすく途切れそうでもつながりがあるな。逃がさん。これって自動的に追跡して浄化させる方が効率的だ、と思いつき、試してみる。
神聖力に追跡アルゴリズムを追加するイメージ。この世界、イメージしたもんがちだ。
念のため、三回追跡をかける。絶対に逃がさん。
プログラミングをしてみると思ったより早く仕事が終わった。うん、いい感じ。
森全体を改めてスキャン――こればっかりは聖女の力を使うからすごく疲れるし、時間もかかった。でも、おかげさまで森全体がきれいになったのを確認できた。終わった。
「神子さま。お疲れでは?大丈夫ですか?」
エクセルが声をかけ、身体を支えてくれました。ずっとついててくれたんだ。どれくらいたったんだろ。体感できない。
「大丈夫。疲れたけど、完了できてよかった。遅くなっちゃってごめん」
「そのようなことは気に病むことではない。ここまで浄化して下さり、我が国として心より御礼申し上げたい」
騎士団長もそばに来て、声をかけてくれ、胸に手を当て、頭を下げてくれた。バーサーカーの片鱗も見せません。さすがです。そして、それに合わせて、騎士さんたち、神官さんたちも一斉に頭を下げてくれる。壮観。
「いや、みなさんがいらっしゃらなければ絶対にたどり着けませんでした!絶対にわたしだけの功績ではないですから!」
ワチャワチャしてると、手の平サイズの小さな虹色の龍が飛んできて、わたしの目の前にふわりと浮かんでいる。とってもきれい。
「元気になってよかったです」というと、ありがとうというように頭を下げてくる。
「どういたしまして」
そう答えると、精霊が光り、その光がどんどん大きくなっていき、わたしとエクセルを包んだ。そう、ほんの一瞬。その後、くるくるとわたしのまわりを飛んで回ると、ふわっと消えていった。
「精霊の祝福をうけられましたぞ」
神官さんが教えてくれる。
「そうなの?ありがたいね。祝福ってどういうものなんだろ?」
「エクセル、何か変わった?」
「いえ、特に何も変わったことは…」という言葉に被せ、「あー、俺にきた」という声。
え?何?誰の声?
エクセルが自分の腰をみてから、わたしから少し離れ、くうちゃんを外してる。え、くうちゃん?
「神子。くうちゃんが話してます」と、くうちゃんを差し出されました。
まじですか!?
「く、く、くうちゃん?話せるの?」
「あー、急に来た。なんつーの、前の世界で言うなら付喪神ってやつかね」
「付喪神ぃぃ!?」
精霊の祝福ってこれか?いや、うれしいけど!ちょっとびっくりしすぎて、頭が回んない!
そして、いきなり、ガクッと足に来た。立ってられなくなった。エクセルが支えてくれる。眠い。
「ごめ…」
ごめんの途中で意識を失ったように眠ってしまったと後からエクセルとくうちゃんから聞いた。
それ以降はわたしは眠っていたので、全部関係者から聞いた話です。
いきなり眠ってしまったわたしに何があったのかと、エクセルがパニックになりかけたものの、騎士団長と神官たちから疲労困憊で寝てるだけと言い聞かされ、ようよう落ち着かせることができた。いや、本当にご迷惑をおかけしました。自分じゃそんなに極限になっているとは自覚なかったの。
騎士団長からは「あいつがなぁ…。あんな焦ってるところ、はじめて見たぞ」とコソッと教えてもらいました。本当に申し訳ありませんでした。
日が長く、日没が遅いところなので、暗くなる前に森を抜けられるとの判断でその日のうちに街に戻ってこれたそうです。わたしのことはエクセルがおんぶして行くとなり、疲れるだろうから交代すると騎士たちが申し入れても頑として聞き入れなかったとのこと。身体が冷えるといけないからと、休憩中もずっとわたしを抱えていたという。本当にご迷惑おかけして申し訳ありませんでした。
そして、ここで出てきたのが、くうちゃん問題です。くうちゃんがそのまま歩いては帰れない。いや、帰れるのかもしれないけど、体長20センチ、足5センチのクマちゃんが森を抜けるまでにどれくらいかかるのかっつーね。
エクセルが行きと同じく腰に括ろうとすると、「野郎の腰にくっつく趣味はねぇ」とごね、結局、おんぶされているわたしにくっつき、落ちそうになったら、エクセルの頭にしがみつき、帰ってきたそうです。
これも団長が笑いながら、教えてくれました。わたしをおんぶした上からマントを羽織ってたらしいけど、それにしてもすごい絵面だわ。
でも、そんなことがあったせいか、くうちゃんとエクセルはなかなかうまく行っているようです。たまに話ししてるしね。くうちゃん曰く、わたしの取り扱いの相談をしているとか。失礼だな。
エクセルにはあらためてお礼をいったけど、「当然のことです。でもご自分の限界はちゃんと把握できるようにしておいて下さい」とコンコンと諭されました。はい。何も言えねぇ。
ほとぼりが冷めた頃、剣術教えてもらおうかな、と言ってみたら、何か知らないけど、思いっきり怒られました。なんでよ?




