隣りの魔法学園 四月馬鹿
我が家の隣りには魔法学園がある。
毎年、いろいろな才能が集まってくる。
四月馬鹿をやりたくなった。
楽しめそうな子たちが、やってくるといいな!
掲示板に、張り紙が出ていた。
【四月馬鹿限定:嘘をつける者募集】
報酬:内容により変動(※現実になる可能性あり)
「……意味がわからない」
僕は思わず眉をひそめた。
「四月馬鹿だからでしょ」と隣で友人が笑う 。
「いや、それはわかるけどさ。この『現実になる可能性』って書き方、怪しくないか?」
「言葉でだましているのよ。可能性ってさ、たとえゼロだって可能性って言えるんだから」
友人はそう単純にいうと、さっさと応募した。僕は迷った。あぶないと思った。だけど、どうしても気になった。
お隣さんの菜園を覗いてみたいという好奇心もあったし、「嘘をつくだけ」なら僕にだってできるはずだ。
そんなわけで僕たちは、募集に応じた。
門の先には、いつも上から眺めていた家庭菜園が広がっていた。だが、同じ高さで見ると、その広大さに圧倒される 。
何より異様だったのは、地面に無数の「紙」が刺さっている光景だ 。
「ようこそ、嘘の収穫祭へ」
マクルシファーさんが、満足そうにうなずきながら僕たちを迎えた 。
「マクルシファーさん、これ、何ですか? 菜園っていうか、ゴミ捨て場に見えますけど」
「失礼な。これは嘘の種だよ。四月馬鹿に嘘を植えると、芽が出るんだ」
「嘘が……芽吹く? 植物学の常識が泣いてますよ」
マクルシファーさんは僕の皮肉を、柳に風と受け流し、のんびりと説明を続けた。
今日は特別な日で、ついた嘘が「現実になりかける」のだという 。
「完全にはならない。だが、半分くらいはなる。だから、うまく嘘をついてほしい」
「『うまく』って、どういう基準ですか? 失敗したらどうなるんです?」
「面白いことになる」 「……その『面白い』、僕にとっては絶望的な予感しかしないんですけど。やっぱりやめたいです」 「おや、お友だちはどう、言うかな?」
「慎重すぎるのは欠点になるよ。やるんだ」
「そうよ、可能性よ。可能性。単に可能性。難しく考えることないわ」
マクルシファーさんは、三日月のような目で僕を見て笑った 。
僕は仕方なく、一枚目の紙に投げやりに書いた。
『空を飛べるようになる』 それを地面に刺すと、間もなく「ひょこっ」と音がして、僕の背丈の半分ほどもある巨大な芽が飛び出した 。
その瞬間、僕の体がふわっと浮き上がった。
「うわっ!?」
浮いた高さは、わずか30センチ。
しかも、そこから移動するには普通に足を動かす必要があった。透明な踏み台に乗って歩いているような、なんともマヌケな姿だ 。
「……何ですかこれ! 全然飛んでない! 浮いてるだけだ!」
「嘘じゃないだろう? 地面からは離れている。半分は本当になったわけだ」
「半分ってそういう意味かよ! 効率が悪すぎる!」
「文句が多いね。残りの半分は君の努力で補いなさい」
他の学生たちも次々に嘘を植えていく 。
「テストが全部満点になる!」と書いた奴の芽が出た瞬間、遠くの校舎から「問題が簡単になりすぎだ!」という叫び声が聞こえた 。
「モテる」と書いた学生は、直後に三人の女子に詰め寄られ、「こわいこわい!」と悲鳴を上げている 。
「こわい。こわい!こわい! 助けてくれ、カイル!」
三人の女子に詰め寄られていた彼――確か同じ学年のリロイだったと思う――は、必死の形相で僕の浮いている足元に転がり込んできた。
「おい、自業自得だろ。自分で植えたんだから」
「そうだけど! こんなに距離が近いなんて聞いてない! しかも、この子たち……目が、目が笑ってないんだ!」
よく見ると、彼を囲む女子たちの表情はどこか虚ろで、それでいて情熱だけが異常に煮詰まっている。
マクルシファーさんが、お茶のカップを置かずに言った。
「当然だろう。感情まで完全に捏造するのは難しい。だから『モテる』という結果を出すために、彼女たちの脳内の『推しを愛でる回路』を強制的に彼に繋ぎ変えたんだよ」
「えげつないこと言わないでくださいよ!」
リロイは逃げ出そうとしたが、芽から伸びた目に見えない「嘘の根」が彼の足首を掴んでいるのか、一定の範囲から出ることができないようだった。
女子の一人が、うっとりと彼の腕を掴む。
「ねえ、リロイ。今日の放課後、空いてるよね? ……一生、空いてるよね?」
「重い! 愛が重すぎる!」
僕は30センチ浮いたまま、彼に同情の眼差しを向けた。
「半分だけ本当になるって、こういうことか。……『好意』じゃなくて『執着』が具現化しちゃったんだな」
「カイル、分析してないで助けて! 紙! 予備の紙をくれ!」
リロイは僕が持っていた紙をひったくると、震える手でこう書き殴った。
『僕は石ころだ』
彼がそれを地面に突き刺すと、ひょろりと頼りない芽が出た。
次の瞬間、女子たちの熱狂が急速に冷めていく。
「……あれ? 私、なんでこんなところで油を売ってたのかしら」
「さあ? 帰って予習しましょう」
彼女たちはリロイを、文字通り道端の石っころでも見るような、一瞥もくれない冷淡さで去っていった。
「……助かった……」
リロイは地面に大の字になって、枯れかけた「モテる」芽の横で荒い息を吐いた。
だが、異変はすぐに起きた。
マクルシファーさんが、ニヤリと笑う。
「おや、そっちも『半分』叶ってしまったね」
リロイが起き上がろうとしたが、彼の体はびくともしなかった。
「……カイル。体が、動かない。というか、すごく……硬いんだけど」
彼の肌の色が、どことなく灰色っぽく、無機質な質感に変わっている。
「『石ころ』の半分……つまり『動けない重い塊』になっちゃったのか」
「嘘だろ!? 今日、これからバイトがあるんだぞ!」
「大丈夫、嘘をつけるのは今日だけだから。明日になれば、ただの『少し体が重いリロイ』に戻れるさ」
僕は石のように固まった友人を見下ろしながら、少しだけ優越感に浸って空中を散歩した。
マクルシファーさんは、そんな僕らを見て「若者は極端だねえ」と楽しそうに笑っていた。
「先生が優しくなる」という嘘には、教師が「君たちがいい子すぎて感動したぁ……」と号泣する結果が待っていた 。
「宿題を消す」と書けば、宿題の「紙」だけが消滅し、提出期限のデータだけが残る 。
「マクルシファーさん、これ、みんな不幸になってませんか?」
「そんなことはないさ。現実とのバランスを楽しんでいるんだよ」
彼は、混乱する畑を眺めながら優雅に茶を啜っていた。
僕は、透明な三十センチの台の上で畑を見渡した。
すると紙がふるふる震えていた。芽がまだ出てないようだ。
じっとみているとびょこんって感じで大きな芽が出た。
僕の頭より高い芽だ。
「……ねえ、あれ。あのデカすぎる芽は何です?」
「今日一番の嘘だよ。誰かが植えて、そのまま逃げ出したようだ」
紙には、こう記されていた。
『この世界は全部、嘘だ』
「だめだ!」 僕が叫ぶのと同時だった。「ぱきん」と乾いた音がして紙が光り、周囲の空気が激しく揺らぎ始めた 。
畑の色がみるみる薄くなっていく 。
「え……?」
自分の手を見ると、向こう側が透けて見えた 。
「ちょっと待ってください! 消えてる! 世界が消えかけてますよ!」 「おや、半分以上、現実になりかけているね。この世界が嘘なら、形を保つ必要もないわけだ」 「他人事みたいに言わないで! 戻るんですよね、これ!?」 「戻るよ。……たぶんね。君の『嘘つきの才能』次第かな」
僕は必死に考えた。嘘を止めるには、嘘を重ねるしかない。
僕は別の紙をひったくり、殴り書きした。
『この世界は本当だ』 地面に突き刺し、祈るように叫んだ。「出ろ、芽よ出ろ!」
……出た。
芽が弾けた瞬間、視界に鮮やかな色が戻ってきた。手がはっきり見えてきた。
頬をなでる風の音を、僕ははっきりと聞いた 。
「……戻った。助かった……」
僕はその場にへたり込んだ。
マクルシファーさんが、僕の肩をポンと叩いた。
「いいね。君がちゃんと終わらせてくれた。素晴らしい嘘だったよ」
「……笑えません。結局、この世界は本物なんですか?」
僕の問いに、彼はどこか遠くを見るような目で微笑んだ。
「四月馬鹿はね、『嘘をつく日』じゃないんだ。どこまでが嘘で、どこからが真実か。それを確かめるための日なんだよ」
夕方、庭を出るときに振り返ってみたが、そこにはいつも通りの、静かな家庭菜園があるだけだった。
「……本当に戻ったよな?」
試しに、僕は少しだけ地面を蹴ってみた。
すると体は一メートルほど軽やかに浮き上がり、そのまま歩くことなく、ふわふわと空中を滑るようにして学園へ戻ることができた 。
「……マクルシファーさん。これ、戻ってないじゃないですか」
四月一日に芽吹いた嘘のいくつかは、今もこうして、僕らの現実にこっそりと溶け込んでいる。
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