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迷惑客は殺してもいいんだってさ

作者: 文月 イツキ
掲載日:2025/12/18

 ──ピンポーン


「どうも、プルプル学園のマリンです〜」

「あはっ、どうも」


 都内のとあるラブホテルの一室。

 男は電話で依頼した「マッサージ師」の女性を招き入れる。

 男性は30~40代くらいで良く言えば大人しそうで恰幅のいい、あえて、言葉を飾らないなら、小太りで清潔感に欠る髪の薄い風貌をしていた。


「でへへ、パネルと雰囲気違うけど……むしろ、パネルより全然かわいい、逆パネマジってやつだね」

「ありがとうございます〜よく言われるんですよ」


 マリンと名乗ったマッサージ師の女性は、気立ての良さそうな20代くらいの若い女性。一見すれば繁華街やホテルとは縁遠そうにも見える。

 彼女は自然な流れで男に密着するようにベットに腰掛ける。


「本日は80分の逆リフレコースで、オプションはマイクロビキニと極ローションで合計三万円になります」

「は、はい、これ」


 男はポケットに突っ込んでくしゃくしゃになった万札を嬢に手渡す。


「ありがとうございます〜、それじゃシャワーいきましょ」


 この手のコミュニケーションが苦手そうな男はトークで盛り上げるよりも、さっさっとプレイに入った方が相手も満足するだろうと、考え。マリンは服を脱ぎ始める。


 今更ながら、「マッサージ師」というのは建前で、男が依頼したのは出張型のヘルス。デリヘルである。


「と、ところでさ……マリンちゃんは、どこまでいける人?」


 シャワーで体を洗われている男はおもむろにそう切り出した。

 これは所謂、本番交渉というやつだ。

 当然のことながら、デリヘルと呼ばれる業態の風俗では本番は厳禁であるが、中には追加の『援助』があればそれを許す女性もいるとか。


「……ウチの店はそういうの厳しいし、バレたらヤバいんでやってないんですー」


 一瞬固まったあと、マリンは気分を害した様子を取り繕いながら、ニコニコと男の体を洗い続けようとする。


「──そんなこと言ってさぁ」


 大人しそうだった男が、声を荒げ、洗体中の女の腕を掴みあげる。

 出し慣れてないせいか、酷く裏返った声とは裏腹に男の形相は醜い肉食の獣のようだった。


「こんなお店で働いてるんだから、とっくに処女なんか捨ててるんでしょ? 経験人数が一人二人増えたところでさぁ今更、関係ないよねぇ! どうせ、僕がキモいからヤりたくないだけでしょ! ゴムだって付けるっていつも言ってんのにさぁ!」


 男は荒げたつもりの声で早口でまくし立てる。


「これだから、女は、嫌がったりしなければゴム付けて優しくしてあげるのに、無理矢理みたいにいつもなるんじゃんか」


 女を浴室の床に抑えつけ、肥えた腹で隠れてよく見えない陰部を腹に擦り付ける。


「濡れてないと入れづらいけど、手放すとすぐ逃げちゃうからさぁ、痛くても我慢してね」


 男はさっきから自分の性欲、支配欲を満たすことで頭がいっぱいで、この状況下で不自然なことが起きてることに気づいていない。

 正確には、この状況下なら起きるのが自然なことが起きていないことに気づいていない。


「遺言はそれでいいんだな」


 耳元で囁かれた抑揚のないその声に、下半身の脳味噌で喋っていた男の意識が上半身に戻っていく。


「そのお粗末なちんこ、どけろ」


 ニコニコと張り付いた笑みの女はそこには居らず、かと言って恐怖で涙し化粧を崩したぐしゃぐしゃの表情でもない。目の前のクソからひり出される意味のない言葉の羅列に、心の底から興味関心がないと言わんばかりの冷ややかな無表情がそこにあった。


「おま、え……ッ!?」


 男の陰部に膝が刺ささり、脳天から肛門まで鉄柱で串刺しにされたかのような痛みに巨体を縮こませながら男は蹲った。


「言う事聞いて素直に動くやつなら、最初からこんなことになっちゃいねぇか」


 男が股間を押さえてる隙に、抜け出しタオルの下に隠した拳銃を突きつける。


「じゅ……銃!? ここ、日本ッ──モガっ!」


 女は煩わしそうに、男の口に拳銃を捩じ込み、タイルに押し倒し両手を踏みつけるようにして馬乗りになる。

 男もまさか咥えてもらいにきたのに、自分が咥えさせられることになるとは思ってもいなかっただろう。


「普段からしょうもないアホ同士の水かけ男女論ばっかしてっから、自分に関わる大事なニュースを見落とすんだよ──お前は『駆除対象』になった。これで理解できたか?」


 社会貢献特例法。

 通称『便所掃除法』、増え続ける自殺件数を重く見た行政が自殺の要因として比重の大きい性加害並びにハラスメント行為に対し、超法規的な措置を講じた。


「お前のポイントは0になった。お前を消した方が社会は健全になるってよ」


 国民には社会貢献ポイントというものが与えられている。ポイントがゼロになった者は、人権が失効し、行政からの『駆除対象』となる。

 他者を害さず、至極普通に生活していれば常に加算され、ポイントは最大の100の値から動くことはない。

 だが、国民に与えられた減点権によってポイントは減少する。それは、言うなれば匿名の死刑投票権。

 悪質な権利の行使を防ぐために、減点権を行使した人間にも同量の減点が課されるが、健全な社会活動を行う人間にとってそのようなペナルティは有って無いようなものだ。

 

「で、私はお前を始末するために風俗嬢になりすました。猟師ハンターってわけ」


 マイクロビキニ姿の女はキメ顔でそう言った。


「10万だ。お前の遺体一つで10万。知ってるか? この瞬間だけは、お前の価値は熊一頭よりも高いんだ。あぁ、死に際のお前は、とても愛おしいよ」


 女は初めて男に心からの笑顔を向ける。それは大好物が並んだ食卓に着席した子供のように無邪気で「いただきます」も待たずに貪りかねない危うさすら孕んでいた。

 それはこの世に生を受けた際に親から受け取った祝福の言葉以来、この男に向けられた生涯たった二度の心の底からの愛の言葉だった。


「良かったな。地獄で自慢しろよ。忌み嫌われ、憎まれ続けた人生の最期だけは、本当の名前も知らない女に愛して貰えたってな」


 口内を通して、引き金に力が加わっていく事がまざまざと伝わる。

 走馬灯、人生のハイライトが、目の前の死神に全て塗り替えられる。


「い、嫌だ!」


 火事場の馬鹿力。死の実感を前に男は、これまでの人生で出したこともないような力を振り絞り、踏みつけられていた両手を全力でばたつかせ、拘束を振りほどいた。


「おわっ!」


 ──パンッ!

 急に地面扱いしていた男が動いた事で、バランスを崩し、口内から脳を狙っていた銃口がそれ、頬を貫通してしまう。


「し、しにはふない!」


 ドーパミンで痛みが麻痺した男は、女を振りほどき、浴室、そしてホテルの客室から生まれたままの姿で飛び出してしまう。


「逃げんなよ!」


 女は逃げる背に何発か発砲するも、体勢が崩れているせいで分厚い脂肪を掠めるだけで仕留めそこなってしまう。


『ドカさんはノーコンだねぇ』

「うるせぇぞ本田ァ!」


 風呂場の外、女のバッグに入っていたスマホから男の声がした。


『零距離で撃つために、わざわざ一日体験風俗嬢やってたのに、あの距離で外してたんじゃ、無駄骨じゃない。早く追いかけなよ』

「こんな恥ずかしい格好で廊下に出られるかよ」

『相手はフルチンだよ』


 源氏名マリン改め、ドカさんと呼ばれた女、マドカは、バッグからスマホを取り出し通話相手に怒鳴りつける。客室に入室するよりも前から通話状態でバッグにスマホを仕込んでいたようだ。


『まあいいや、そろそろポカしそかなって思ってたから、尻ぬぐい担当の本田さんは、もう、次善の策を実行中なので』


 客室でそんな会話が繰り広げられている外で、標的の男はエレベーターホールでまごついていた。男のいる階層は三階、一階で止まっていたエレベーターが一階ずつフロアを昇ってくる速度が無限に思えるほど長く感じ、焦りが募っていく。


「なんで階段がないんだよ、クソホテルが……! 非常口つかった方が……」


 ──チーン


 エレベータが到着を告げるベルを模した電子音がホールに響く。

 それは男を救済する福音ではなかった。


「マリンちゃんに不手際があったとのことで、代わりに派遣されて来ました、プルプル学園のほんちゃんでぇーす」


 エレベータから、ライフルを担いだ女性用のマイクロビキニ姿の190cmほどの男が降りてきた。


「オプションの方、ちゃんとご用意してきたので、マリンちゃんの埋め合わせ分しっかりご奉仕させていただきますねぇ」

「……!」


 男はその異様な光景を前に声も出せなかったが、持っているものが間違いなく殺傷以外に用途を見いだせなかったこともあり、すぐさま風俗嬢型の殺し屋の仲間であることを察し、非常口のある方へと走ろうとした。


「お客様、慌てないでください。八十分の指名なんて、俺……じゃなかった私初めてなのでぇ緊張してしまいますぅ」


 変に芝居がかった猫撫で声で、マイクロビキニ男はバッグから液体の入ったボトルを取り出し、蓋を開けた状態で男の足元に投げつける。


「おふっ!」


 中に入った液体が廊下にまき散らされ、その液体を踏みつけてしまった男は床との摩擦を失い無様に転んでしまう。


「当店自慢の極ローションでございます。お気に召していただけたでしょうか」


 見た目が変態であることを除けば完璧な接客口調で男は丁寧にお辞儀をする。


「お客様が大変ご立派なサイズであると報告を受けておりますので、通常のサイズでは心許ないと思い、Lサイズをご用意しました。きつくないと良いのですが」


 腹回りの話と使う弾薬の話をしています。


「何分不慣れなもので、なるべく、苦しまないよう頑張りますので、温かい目で見てくださると幸いです」


 言葉とは裏腹にマイクロビキニ本田は手慣れた動きで、持っていたライフルを構え、男の心臓に狙いを定める。


「顔はNGなので、フィニッシュは胸でお願いしますね」


 ──バンッ!


 一発。獲物はこれ以上苦しむことはなかった。


「お疲れ様でした。来世ではより良い人生を歩めるよう心からご冥福をお祈ります」


 自分で殺しておきながら、本田は遺体の傍で膝をつき両手を合わせるのだった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「風呂あがったぞ」


 マドカが返り血をシャワーで流している間に、標的の遺体は警察によって引き取られた。


 ホテルの廊下に広がっていたローション混じりの血痕は国が補償する事になっている。明日には何事もなかったかのように元に戻っていることだろう。


「尻ぬぐいしてくれたことには感謝してるが、あんまりふざけると標的で遊んでるって判断されて、ライセンス取り上げられるぞ」

「標的相手にべらべらモノローグして悦に浸ってたドカさんに言われるのは心外だなぁ」

「別に悦に浸ってねぇし」


 実際、さっさと撃っていれば、マイクとビキニ本田は召喚されていないのだが。


「動物いたぶる猟師なんていたら心象悪いだろ? いや普通の猟師にそんな人間いるわけないと思いたいが。普段真面目なクセにこういうときふざける」

「まあ、ホテルでた所を狙撃してもひと思いに殺してあげても良かったんだけどね。どうせ死ぬなら、多少滑稽な死に方のほうが、納得は行くんじゃないかなって」

「普通逆じゃね」

「そう? 自分の罪を自覚できてない人は、大体どんな理由でも『なんで俺がこんな目に』って、自分が被害者みたいな顔で死んでいくじゃない。だったら、『こんなことに遭遇したなら死んでも仕方ない』って納得するように死んでもらった方が、慈悲深い気がしてね」


 さっきまでマイクロビキニを着ていたとは思えないほど神妙な面持ちで本田は語る。


「まあ、無意味に苦しめてるわけでもないしな」

「そもそもの話、ドカさんのノーコンが治れば、俺が手を出す必要もなくなるんだけどね」

「お前なぁ……」


 たかだか10万で請け負う人間の駆除など本来誰もやりたがらない仕事だ。それこそ便所掃除のように。どこかに納得を置かなければ、続けていられないのだろう。


「そうだ、これドカさんの分」


 流石にマイクロビキニ姿で警察の応対をするわけもなく、風俗嬢の運転手風のスーツ姿の本田がマドカに茶封筒を渡す。


「……おい、ふざけんなよ」


 中身を確認したマドカは静かに怒気を放つ。


「なんで、私の方が取り分多いんだよ。折半っつう話だったろ」

「いや、ドカさんには体張ってもらったし」

「とどめ刺したのはお前だろうが、金のことは適当にすんな」


 そう言ってマドカは過剰分を本田に突き返す。


「……それじゃあ、その多い分はドカさんにじゃなくて、現在体験入店中のマリンちゃんの代金ってことで」

「マリンちゃんはさっきの指名を最後に卒業したよ」

「えぇ、一仕事終えたし、スッキリしたかったのにぃ……」



「ばばば、馬鹿言ってねぇで帰るぞ。車を回してこい!」

「あ、それなんだけどさ」


 本田がテーブルを指さすと、缶ビールの空き缶が置いてあった。客室の冷蔵庫で買える割高のやつだろう。


「お酒飲んじゃった」

「飲んじゃったじゃねぇよ、もう終電ねぇぞ」

「どうせ、今回の件で一晩ホテルは貸し切りだし、泊まりでいいかなって」

「……馬鹿がよ」


 マドカは思わず頭を抱える。

 幸いにも明日は休日だが。


「そういうことなら、まあ、いい」


 こんな強引なホテルへの連れ込み方があってたまるかと言いたいが、うっすら頬を赤らめているマドカ的には別にさしたる問題ではないようだ。


「そんな回りくどいことしなくても、普通に誘ってくれたら別に……」

「良かったー疲れたまま運転したくなかったし、それじゃあ、俺はソファーで寝るから、おやすみー」

「え」


 言うが早いが本田は毛布にくるまってソファーに倒れ込んだ。

 数秒もしないうちに寝息が聞こえてくる。どうやらガチで疲れていて運転したくなかったようだ。


「クソ朴念仁がよぉ!」


登場人物 


円 なのは (まどか なのは)……ファンシーな名前に反し、アグレッシブで血の気の多い女性。社会貢献特例法により駆除対象となった人間を狩る『猟師』普段はフリーターとしてカラオケでバイトをしている22歳女性。


本田 陽平 (ほんだ ようへい)……まどかの先輩『猟師』、そこまで歴が離れているわけではないので、悪友のような関係。ポイントが0になった人間は駆除されても仕方ないとは思いつつも、自分なりの慈悲を与える風変りな優男。 


 風俗客の男……貢献ポイントが0となり駆除対象となった男。ポイントが0になる以前より減点が著しかったため、国から警告通知が来ていたが無視をし続け、公正の余地なしとなった。三から四十代の無職。親が裕福であることだけが自慢。 

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