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アザリの箱庭 〜未熟な創造神は終末世界を復興させて理想の国を創り上げる〜  作者: 環月紅人
地下シェルター・信徒獲得 編

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第四話 終末世界の障壁


「まぁいいや、無視しようぜ無視」


 ジオードが出方を考えようとするなか、焼けていく肉を前にしたアザリの判断は、非常にあっさりとしたものだった。


「おらてめぇら! 早く食べにこいよ!」


 周囲の生存者にアザリはそうやって呼びかけると、焼いた肉をつまみ上げて見せびらかす。それでも二の足を踏む生存者に次第にアザリはしびれを切らしたが、ふと、腹を空かせているはずの少年が目に入った。

 笑顔で「ほら!」と呼びつけてやる。

 ……しかし、彼もまたやはり首を横に振った。


「なんだよ」


 不貞腐れたように呟いた。

 アザリには、人間の考えていることがよく分からない。

 お前たちはいま腹を空かせているはずで、目の前にはこれだけの肉が用意されている。老婆が何言おうと関係なく、肉を持ってきた自らが食えと勧めているのだから、素直にありつけばいいというのに――。


「そんなにあの婆さんが怖いのか?」


 アザリは老婆に厳しい目を向けた。

 一方、業を煮やした老婆はつかつかと素早い足取りでこちらに向かって接近し、鉄板に向かって杖を振り上げる。

「なっ――」と誰かが止めに入るよりも早く、耳をつんざくけたたましい音が地下空間に鳴り響いた。

 振り下ろされた杖の先で、鉄板に乗っていた一部の肉が地面に散乱する――。


「何してんだよ!?」


 アザリと飛び上がって老婆を睨んだ。

 ジオードも、信じられないようなものを見る目を老婆に向ける。


「出てけッ、早うここから出ていけぇえ……ッ! 度し難いッ! 我らの祈りをッ、汚すな……ッ! 不届き者の施しなど、受けられるかぁあ!」

「チッ――!」

「〝神〟に、救われなくなる……ッ!!」


 ほぼ反射的に、アザリはその胸ぐらを掴み上げた。

 何度も出ていけと口にする老婆は、それでも屈せず呪いのように「去ねェェ……!」と唱え続ける。

 アザリは老婆の身をぐいと引き寄せて、真正面から啖呵を切ってやった。


「だから、アタシが救ってやるって言ってんだろうが! 何が不満だ!?」

「貴様のどこが神だという……!!」

「ふざけんじゃねえ! アタシは神だよ! いい加減受け入れろ、テメェらは自分の信じていた神に見放されてこうなってんだ! 現実を見ろよ!!」


 沸々と周囲の気温は上がっていく。このままアザリが身を任せてしまえば、いずれ老婆の皮膚は中心から一瞬で燃え上がり、後に残るのは炭化した人体なのだろう。

 はらはらと肝を冷やすルル。なんとか止めようと呼びかけを続けるが、その声がアザリの耳元に届いている様子はない。


 これだけの人がいる目の前で、仮にアザリが手を上げてしまえば……。


 アザリは、きっと蕃神にはなれない。

 彼女が気付いているかどうかは知らないが、蕃神になるとは過去の神を乗り越えるということだ。

 その星の唯一神となって、どんな形の支配をも叶える〝創造主〟とは本質的に訳が違う。


 その地に新たに根付く蕃神は、定着するまで古い神との比較を避けられない。『より良い神』になれなければ、本当の意味で大衆からの信仰には繋がらない。

 蕃神のあらゆる行いは、かつての神の輝きとその威光を強める結果にもなりかねず――。


「たかだか……」

「ぁん?」


 憎しみに燃える瞳で、老婆はアザリを睨みつけながら語った。


「たかだか、その一食がなんじゃ……! それで、我らが救われると思うたか……! 貴様の行いは、全てッ! 腹が立つ……!!」

「はぁ!? 必要なことだろ!?」

「神であると!! 神であるというならばッ!!」


 こちらの憤りすら呑み込むような気迫に、アザリは思わず圧されることとなった。

 老婆は、足元を見るようにアザリへ要求する。


「もっと……ッ! もっとあるはずじゃろ……!!」

「はぁ……?」

「水をッ! 〝水〟を我らに寄越せ……ッ! 神であるというのならば、今すぐその奇跡で我らに証明しろ……ッ!!」


 ――その言葉に、ぴくりとジオードは反応した。先ほど調理場で確認していた、部屋の隅に置かれている貯水槽に目をつける。

 そして、この空間に寄り集まった生存者たちの顔を数えるように見渡した。


 ざっと、三十人以上か。

 とうてい賄える水の嵩ではない。近くの川場もとうに水が干あがっていて、地下水や樹木からそれらを採取できそうなポイントもこのあたりには見られなかった。

 残念ながらこのシェルターは、とうに極限の状況を迎えてしまっているようだ。


「できなければ、即刻、去ね……!!!」


 アザリは掴んでいた手を緩める。

 その手のひらを、じっと見つめた。


〝いまのアタシには【創造力】が使えねぇ……〟


 ジオード一人が信徒となってくれたいまでも、水を創り出すほどの力には遠く及ばなかった。いまのアザリには、目の前の人間ただ一人を納得させるだけの神性がない。


「………」


 静寂が、その場には残り続けた。

 アザリの小さくなっていく背中を、ジオードとルルは悲痛な顔で見守る。

 ……一行はシェルターを出ることになった。



「……お待たせ。なんとか説得して、余りの肉は無駄にしないよう、みんなに食べさせることを約束してきたよ。腹を空かせているのも事実だから、あの老婆がいくら強情でも周りの圧が強かった」

「そーかよ」


 元気のないアザリと地上で待ち合わせる。到着が遅れた理由を説明したジオードは、「まぁ、老婆は意地でも食べる気がないようだけど……」と交渉が難航した様子をその顔に滲ませた。


「………」


 場所を移しても、アザリの沈黙は続く。ジオードから視線を配られたルルは、気疲れしたように首を振った。

 ジオードは辺りを見渡しながらため息を吐いた。


「まぁ、あんなもんだよ。あの世代の人は特にね」


 面食らってしまうものはあったが、想定できない展開でもなかった。この世界にはかつての神への祈りを捨てきれない人々がおり、あの老婆もその一人ということだろう。


「俺だって何度も謗られてきた」


 いままで誰にも共感されることのない人生を歩んできたジオードは、現実と直面するアザリにそんな言葉をかけて鼻を鳴らす。同情というよりは、この世界に対しての諦念に近い感情を見せている。


「さて、この後はどうするんだい? 女神様」


 答えないアザリに変わって、ルルがおずおずと提案する。


「……ぼくはこのシェルターに依存する必要もないと思う。今回は第一印象からして悪すぎた。まずは他の場所で、少しずつでも人々の信仰をかき集めていくべきだ」


 このシェルターの生存者の攻略は、人格的にも能力的にも、まだアザリにはいささかハードルが高い。

 冷静な視点でそう判断するルルは、時には見切ることも必要だと客観的な意見を提供する。

 ジオードは心の落胆を隠すように、薄く微笑んで肩をすくませた。


「……なら、南西に向かっていくと定期的に狼煙が上がるポイントがあるはずだから、それを目印にするといいよ。遠いけれど、ここよりは女神様たちの話も通じると思う」

「君はどうするの?」

「俺は……。どこか、周辺に水がないかを一応探して回ることにするよ。あまりにも切羽詰まっているようだったから、実はケースに入れていた自分の分の水も彼らに譲ってきてしまったんだよね」


 ジオードは苦笑した。どれだけ甲斐がない相手だと分かっていても、必要だと口にする人がいるのなら身を削ってしまう。

 自身の性質は、裏切ることができない。

 それは毒にも似た自己犠牲だと言えよう。

 ルルは思わず、憐憫の眼差しを彼に向ける。


「さて、と……」


 少し軽くなったギターケースを背負い直して、最後にアザリを一瞥するジオード。何もなければ歩き出そう――としたところで。

 ようやく、アザリが口を開いた。


「バカッ。誰が諦めるって言ったよ。アタシは、絶対に認めさせるぞあいつらを」


 思わず、ルルとジオードは顔を見合わせた。

 手遊びしていた小石を投げ捨てて、気を入れ直したアザリは立ち上がる。

 見捨てようとしない判断はジオードにとって好ましい選択だが、ここではあえて意地悪く問いかけた。


「……やり方は?」

「考えたよ。このあたりで一番高ぇ山の山頂にいく。そこなら水を溜め込む魔物がいるはずだ」


 ジオードは一度も聞いたことがない話だった。水を溜め込む魔物とは、眉唾ものの存在だ。

 なだらかな地形をするこの近辺で一番高い山というと、東のほうに、標高六〇〇メートルほどの低山が見られるはずだが……。

 本当にそんな魔物はいるのか?


 ピンときたルルは前足を打つ。


「あぁ! まったくアザリったら、魔物の利用に味を占めちゃったの〜!? 確かに〝破けば〟ある程度の水は出てくるかもしれないけれど……!」

「本当にそんな魔物がいるんだ?」


 アザリはジオードの疑問に頷いた。

 あくまで、可能性が高いという話ではあるものの。


「この辺りは、やけに乾燥してっからな。雨が降らない理由を考えたことはあるか? グラマシャオラがやってることと変わらねー、魔物が悪さしてんだよ」


 ふむ、とジオードは考える。

 ……確かに、これまでの人生で一度もどこかの山頂を目指したことがない。山自体を通過することはあっても、集落があるとは思えない山頂にわざわざ体力を消耗してまで足を運ぼうという考えがなかった。


 とても近くにあって、実は未探索の領域が、山の頂上だ。


 何かがあるというのなら、目指してみる価値は実際にあるのかもしれないが……。


「厳しい意見を言うようだけど、果たしてそれで彼らは納得するかな。きっとあの老婆が見たいのは神の御技であって、魔物の肉や血水を利用して提供することではないと思うよ」

「ちっ、んなこた分かってる。別にいーよ!」


 苛立ったようにアザリは後頭部をがしがしと搔くと、面倒くさそうにそう吐き捨てた。


「これはもう信仰されるためじゃねえ。アタシが、ムカつくからやってやんだ」


 ……そうなるか。とジオードは目を丸くして驚いた。


 しかしアザリは、すぐさま「あのババアの信仰心なんていらねえしな!」と癇癪を起こして地団駄を踏む。その騒がしい光景に苦笑してしまいつつ、考え込むジオードの姿。


 アザリは、やがてそんな彼の態度を見て躊躇いがちに本音を吐露した。


「あそこにいたチビが、可哀想だろ。このままじゃ」

「……まぁ、それはそうだね」


 なるほど、と理解を寄せる。

 考え事をやめたジオードは、満足したように微笑んだ。

 よしっと頷けば、片手を挙手して「俺にも提案がある」とジオードは口にする。


「山頂まで案内しよう。でも、歩いていくのは非現実的だから……。一旦、俺の目的のほうに寄り道してくれないかな?」

「目的?」


 ジオードの目的という言葉に、思案したアザリはなんとか思い出す。そういえば確かジオードは、壊れた乗り物の修理部品を探していたはずだ。


「足はあったほうがいいよね」

「別にいいけど……。近いのか?」

「うん。近くの岩場に停めてある」


 ジオードは目を細め、薄く笑う。


「俺も、やっぱり腹立たしく思うところはあるし……。〝アレ〟を直すことができれば、きっと気分は爽快になるよ」


 怪しげなジオードの企みに、アザリとルルは揃って首を傾げる。

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