第三話 終末世界の魔物と食事
「ジオード! テメェは離れてろ!」
身から出る灼熱を解き放って拳に焔を凝縮させたアザリは、目の前のグリマシャオラに対して臨戦態勢を取る。すると、アザリの長い髪の毛に隠れるよう首裏に潜んでいたルルは、堪らず飛び出してきて注意した。
「アザリ! 食糧にするんだから、消し炭にするのはだめだよ〜!?」
「分かってるっつーのッ!」
大きく振りかぶられ、投げられた火球が魔物の近くで弾ける。
一斉にアザリへ気を引き付けられたグリマシャオラは、ぎょろつくサイケデリックな目の色を真紅に染めて敵意を示した。
グリマシャオラの生態として――。
四から五匹ほどの群れで行動し、硬い材壁で作られた人工物をその大きな口で噛み砕いて消化する役割を持つ魔物だった。
全長は一メートル、体重は五キロ。
やもりと大山椒魚をモデルに設計されており、でっぷりと膨らんだ大きな尾は、消化に時間のかかる石材を溜め込む石嚢と呼ばれる器官だ。他にも、皮膚にまとわりつく特殊な粘液はどの環境下でも働ける庇護膜として機能する。
……無論、それはアザリの灼熱に耐えられるほどのものではないが、仮に人間が相手にするには、厳しい耐久力を見せる。
「俺も加勢したい!」
「いらねェ! 邪魔だ!」
腰のショットガンを抜いて参戦を希望するジオード。アザリは簡単に彼を制すと、単独で五匹のグリマシャオラを相手取ることにする。
グリマシャオラの攻撃手段は主に二つ。鈍重だが自慢の跳躍力で、敵に飛び掛かり、四肢の吸盤で張り付いて噛みつくか、石を溜め込んだ尾で殴打すること――。
構えるアザリに対し、口をあんぐりと開けたグリマシャオラは一斉に飛びかかった。
アザリは冷静に対処していく。
まず、先陣を斬る一匹の首を鷲掴むと地表に思い切りめり込ませて気絶させた。二匹目も同様に空いた片手で鷲掴みにすると、他の個体を巻き込むように放り投げ、まとめて壁に叩きつけてみせる。
ボゴンッ! と強烈な音を立てて壁は崩れていく。
「チッ!」
振りかぶったあとのアザリの背中に、巻き込みを免れた四匹目が回転しながら尾を叩きつける。衝撃に前へ倒れそうになるアザリは、歯茎をむき出して踏み留めると、翻って焔の拳で殴りつけた。
大地に転がされるグリマシャオラ。腹立たしいアザリは追い打ちのように飛び掛かり、その胴を力強く踏みつけて絶命させる。
「ふぅっ――……」
そうして、アザリは最後の一匹に目を向けた。
その個体は奇妙なことに怯み、他の個体のようにアザリに襲い掛かれないでいるようだ。
悠然と接近して見下ろすアザリ。
魔物の行動パターンとして、不可解な動き――。
原因を考えている合間に、アザリの横からスラッグ弾の射撃が行われる。
「あっ、てめっ」
スラッグ弾とは、ショットガンに装填される散弾とは別の『威力を高めた単一の弾丸』のことだった。
「よそ見をしていたようだから」
「そりゃお前……。ちっ、手ェ出すなって言ったろ。癪だ」
せっかくの気分のいい大立ち回りだったのに、最後の一匹を仕留めたジオードに美味しいところを持っていかれて不愉快になる。
ケッ、と悪態をついて小石を蹴飛ばした。
そんなアザリの横を通り抜け、ルルは恐る恐るとジオードに質問を投げかける。
「ね、ねえ君、その武器は特殊な作りをしているようだね。グリマシャオラを貫通するなんて、よっぽどの威力だ。何か秘密が?」
「おお、良いところに気がつくじゃないか精霊くん! そうなんだ、これは俺のお手製の武器でね……」
食い付いてもらえたのがよほど嬉しいのか、頬を染めたジオードは銃身を撫でながら語ろうとする。
「コラ! 馴れ合ってんじゃねーぞルル!」
「うげっ、も〜! ちゃんとこの星の文明力も探らなきゃダメでしょ!? ボク、勇気出して初めて人に話しかけたのにぃ〜!」
しかし、アザリに叱りつけられたルルはひぃんと泣いて懐に逃げ帰るので、ジオードは取り残されてしまった。
機嫌の悪いアザリは鼻を鳴らすと、グリマシャオラの回収作業をはじめる。
「……とにかく、これだけありゃ飯にできる。持って帰るぞ、話はそれからだ」
「分かったよ」
お手製の武器の自慢が叶わなかったジオードは、やや疲れた顔をして返事を返した。
⟡
歪んだ地下シェルターの扉を、またも強引にこじ開けて侵入する。
階段を降りて広場へと帰還を果たしたアザリは、五匹の戦果を生存者たちに堂々見せつけた。
「おら! 飯を持ってきてやったぞ!!」
広場に投げ出されるグリマシャオラは、持ち運びのしやすさを考え、どれも石嚢である尾を叩き落した姿で持ち帰られた。
しかし、シェルターの中は依然として静まり返ったままだ。
生存者たちは今でもアザリの存在を警戒しており、彼女がもたらした『食糧』に近寄ろうとする気配がない。
アザリの後ろにいるジオードは、思わず頬を掻いた。
「……なんッだよ!?」
「ちょ、ちょっと落ち着こうよ女神様。流石に不器用がすぎる」
「ァア!?」
「獲ってそのままお出しするとは思わなかった。ちょっと俺に任せてほしい」
思うような賞賛を得られず荒ぶるアザリを、ジオードはなだめてから代わりに前に立つ。
「コホン……」という咳払いののち、ジオードは胸に手を当て、真摯に生存者たちへ訴えかけた。
「突然のことで、みな驚いていると思う! 私はこの終末の世を旅する男ジオード! 私は彼女から『食糧に困っている人がいる』と聞き、共にやってきた! これは彼女と私で獲ってきた肉だ!」
「なッ、テメェ人の手柄の横取りを――」
アザリが文句を言おうとすると、飛び出してきたルルがむぎゅっと肉球でその口元を塞いだ。
「どうか安心してほしい! 彼女は敵じゃない! もちろん私もだ! 少しの間だけ、このシェルターの滞在の許可をいただきたい! みなに料理を振る舞いたいのだ!」
ジオードは周囲を見渡しながら、全員の耳に届くように、誠実に呼びかけ続けた。
それでも生存者たちの反応は薄く、帰ってくる返事があるわけでもない。
しかし、アザリに向けられる目の色は明確に変化しつつあった。
ただの警戒から、不安と好奇心へ。
幸いにも、すぐには追い出されないことを確信したジオードは、ふぅと息ついてからアザリに振り返る。
「これで理解してもらえると思うよ」
彼女はへの字口を浮かべていた。
「お前、なんかヤなやつだ」
「あれぇ? 褒められると思ったんだけど」
ルルがジオードの味方をしたこともあり、アザリは冷めた目つきを彼に向ける。
ジオードは帽子のつばをつまみながら苦笑した。
――その後、地下シェルターで一定の行動の自由を得ることができた二人。
生存者たちの態度に拗ねたアザリは、ジオードにコミュニケーションを任せる。
ジオードは、適当な生存者に目をつけて声をかけていく。
「すまない、調理場はどこだろうか?」
「……あそこ」
遠巻きにこちらを監視するばかりの生存者には、直接質問をしていくことで確かな回答を得ていった。
どうやら、これまでにもいくつかのシェルターを巡ってきた経験のあるジオードは、こうした閉塞環境の生存者とのコミュニケーション術において、一つの持論を持っているようだ。
言葉数の少ないアザリに対し、多弁なジオードは得意げに語る。
「誠実であることが肝心なんだ。俺はあなたの敵じゃない、あなたと同じで困ってるんだと伝える。誰か目をつけた一人にね」
「で?」
「すると大抵は、質問に答えてもらえる。大衆へ聞くと、みな心を閉ざしているから親切にしてくれないが、例えば自分一人だけが頼られているのだとしたら? それでも無視するのって、なんだか気が悪いだろう?」
「そういうもんか?」
「後で試してみるといいよ」
そうこう話しているうちに、二人は調理場へ辿り着いた。といっても調理場とは名ばかりで、道具が豊富なわけでも衛生的に良い環境なわけでもない。
便宜上、区画分けされているだけの場所だ。
「火は燃せそうだね。風の通り道がある。生ゴミはあのバケツに溜めて、外に捨てる感じかな。あとはナイフとまな板……、あそこの水は触らないほうがいいだろうね」
「とりあえず焼いときゃそれで食えるだろ?」
「せっかくなら、美味しいほうがいいじゃないか」
と、言って、背に吊るしていたギターケースの中から粉末調味料の入った小瓶をジオードは取り出した。
開けられたギターケースの中身は、ぎっしりと敷き詰められた道具や雑貨、用途の分からないガラクタばかりで、ケースは本来の使い方をされていないようだ。
「とりあえず、解体なんだけど……。俺がやろうか」
「おいテメェ、人の顔見て言葉を呑み込んでんじゃねー。アタシだってできる」
ジオードの手からナイフをひったくったアザリは、その流れでグリマシャオラの解体作業に移った。粘液で体が滑りやすいため、作業は天井や壁に吊るしながら行う。内臓の仕組みは普通の生物とあまり大きな違いはなく、胴体を縦に開けばずるりっと内臓は下のバケツの中に落ちる。
「ほらどうだ!」
「すごいすごい、その調子です女神様」
「やっぱり馬鹿にしてんだろお前」
舐められることに過敏なアザリは、へそを曲げてナイフを放り投げる。危うげにそれを受け取ったジオードは、「じゃじゃ馬だなぁ……」と聞こえないように小さく呟いた。
残りの作業は全て、ジオードが手慣れたように行った。
「ボク、あの男とはなんだか仲良くなれるような気がしてきたよ」
「はぁ!? お前までアタシを裏切んのかぁ~~~?」
「うにゃうにゃうにゃ……」
アザリに揉みくちゃにされて、観念したようにルルは首を振る。
くしくしと顔を掻いて身だしなみを整えた。
「違うよぉ。でもあの男をうまく使えば、アザリの目的はずっと早く叶うようになると思う。案外いい出会いだったかもね」
「……ケッ。アタシは嫌いだ」
その頃、ようやく作業を終えたジオードがアザリたちのほうを振り返る。水は貴重な資源であるため、乾燥した麻布で返り血を拭いながら、晴れやかな笑顔を浮かべてこう言った。
「ざっくりだけど、下処理はこれでいいと思う! 食べ方は、まぁ焼き肉でいいかな?」
「おう、なんでもいいぞ。火が必要ならアタシがいつでも出してやる」
「さすがだね」
この地下シェルターの総人口はわからない。そのため、少しの数でも多くの人に行き渡りやすいようグリマシャオラの肉は細かく捌いてから鉄板で焼いていくことにした。
アザリの用意した無尽蔵の火の上に鉄板が置かれ、ジュゥウウウ……、と一枚一枚薄切り肉が焼かれていく。
匂いが生存者たちのいる共有スペースまで行き渡りやすいように、適当な道具で仰ぎながら肉の様子を見た。
「この魔物は、実は俺も以前食べたことがあってね。無機物を消化するからか身は全くの無味無臭。ただ食感が独特で、すごく脂質を感じる。味のなくなったホルモンを噛んでるイメージに近いんだ」
「それは……美味いのか?」
「そこでこれの出番と言うわけさ」
そう言って肉に振り掛けられたのが、先ほどギターケースから取り出していた粉末調味料だった。
すると、辺りに立ち込める香りは一段と格の上がった豊かなものになる。
「俺は美食家じゃないから凝ったこともしないけど、だからこそ手軽に美味しく食べられる手段は求めた時期があってね」
徐々にアザリたちのいる調理場には、様子を見に来た生存者たちの姿が集った。
「さて、まずは俺たちがいただこう。ほら女神様も」
「ぁあ? アタシはいいよ、まだ三日は保てる。それよりも、腹空かせたアイツらに食わせるべきだろ」
アザリが親指で差した先には、世知辛そうな幼い少年の姿がある。同様に見守る生存者たちもまた、アザリたちの輪に加わる勇気はなく遠巻きに見守るばかりだ。
「違うよ女神様。俺たちがまず食べることで、この人たちはより安心してくれるんだ。作り手が口にしない料理ほど怪しいものもないだろう?」
「………」
だからほら、と笑顔で勧められて、アザリは観念したように肉を一枚つまみ取る。
ジオードの言っていた通り、肉には脂質が多く、油も引いていないのに鉄板に張り付くことさえない。肉の表面にはてらてらと輝く脂と、複雑な色をしたスパイスが光る。
食欲のそそる香りをしていた。
「じゃあ、食っちまうからな?」
「どうぞ。献上品ですとも」
ジオードにとっては半ばおどけた冗談だろうが――。
その扱いに気をよくしたアザリは、つまんだ肉を一口に食べた。
「っっっ、なんだよこれっ、うまい!」
思わずはしゃいで足をばたつかせた。
確かにその肉質は独特で、肉本来の旨みが感じられることはない。が、ジオードの振り掛けたスパイスが、奥行きのある濃い味を作り出す。
少し強めの塩気に、仄かに感じるピリリと舌先突く辛味。鼻に突き抜ける香草の香りは豊かで、無味無臭で食感の悪い肉を、スパイスを味わうための最高の土台にしている。
満足げにニッと笑ったジオードは、高らかに周囲へ呼びかける。
「さぁみなさんも! どうぞ召し上がってください! どんどんと焼いていくので、決して独り占めはせず、全員に行き渡ることを考えて!」
わぁっと腹を空かせた生存者たちは、一目散に駆け寄ってこようとする。
トンッ――。と杖を突く音が響いた。
「ならぬッ!!!」
「……ぁん?」
一際大きな嗄れた声が、シェルターの中にこだまする。
生存者たちはぴたりと動きを止めた。その集団を掻き分けるように、しかめ面の老婆が前に出てくる。
「去ねェ……ッ! 神を騙る不届きもの……ッ! 我々は、口になどせぬ……ッ! 即刻ッ、ここから去ねェェ……ッ!!」
「はぁ……? なんだこいつ」
「ちょっ」
アザリの率直な言葉にジオードは青ざめた。




