第二話 終末世界の放浪者
「やあ、俺の名前はジオード。この世界を救うために旅をしているんだ」
「そうか。外は危険だからシェルターに篭っとけ。じゃあな」
「フフ、優しいね」
「………。こいつ気色悪いな」
ジオードと名乗る青年は、不思議な身なりをしている若者だった。
ボロ切れのような外套に、吟遊詩人のような飾り羽根の付いた帽子を被り、背にはぼろぼろのギターケース。腰には、魔力を感じるショットガンを携帯している。
とても長旅ができる装備には思えない。
が、拠り所を求めてアザリに声を掛けたわけでもなく、どうも荒野をただほっつき歩いていた様子だ。
不躾な眼差しでジロジロと観察していると、ジオードは恥じらったように照れ笑いを浮かべる。
アザリは顔をしかめた。
「ところで、お姉さんはどこから来たんだい?」
「向こうのシェルターだよ。ちっ、アタシはいま気が立ってんだから、馴れ馴れしくすんな」
言われたジオードは「おっと、ごめん」とおどけた態度を取って離れる。
そのへらへらとした半笑いが癪に障ったアザリは、一瞬だがこの身に渦巻く焔を解き放って、この人間に神への畏れというものを抱かせてやろうかと考えた。
あまりにしつこいようであればそれも必要だろう。
偉大なる父王の娘である自らは、当然ながら人間とは格が違い、決してこのように対等に口をきかせていい相手ではない。
アザリにはその自負があった。
沸々と湧き立つ、怒り。周囲の気温の変化を肌で感じ取るジオードは、その理由こそ分からずとも、嫌な予感から降参したように両手を上げる。
「分かったよ。お姉さんは高嶺の花なんだね」
「そーいうこった」
アザリは頷くと、それを最後に歩みを再開した。
食糧となる魔物を求めて地上の散策を続ける。荒野を踏み付ける足音はいつのまにか二つ。宙を漂ってアザリの後を追うルルは、はらはらした様子でその行方を見守り続けた。
やがて、我慢の限界を迎えたアザリは振り返った。
「なんッなんだよお前!? 殺すぞ!」
「いや、俺はただお姉さんのことが心配で心配で……」
「そんな謂れはねェ! 迷子なら迷子、助けて欲しいなら助けて欲しいって言いやがれ! 乞食みたいに人の後をついてくんな!」
「真っ当な考え方だね。だけど、俺はそうじゃない」
全く悪気のなさそうなジオードは胸に手を当て、まっすぐとアザリの目を見つめて語る。
「先も言ったが、俺は世界を救うために旅をしている。この原因不明の終末を食い止めるためだ。そして食い止めるのだから、これ以上誰一人として終末の犠牲になることは見過ごせないんだよ」
「………」
「一人でも多く、生きてもらわないと」
アザリには理解のできない志を持つ男だった。
人の身でできることなどたかが知れている。神に見棄てられたこの星が、神の手以外で再興することはあり得ず、人の手で食い止められるものでもない。
ジオードがもしも本当にそう思っているのならば、この星の人間として、するべきことはたった一つだ。
「……この終末を食い止めたいって? ならこのアタシを神だと信じてみろよ。そうすりゃちっとはこの星もマシになるぜ」
「そう言うのなら信じるよ」
その瞬間の出来事だった。ジオードの体から淡く赤く光る【祈り】が、糸のように伸びてアザリの胸元に結びつく。
アザリは思わず目を瞠った。
それは神々の聖なる都において、天上から垂れ下がる祈りの声と酷似したもの。未熟な創造神であるアザリには、これまで一度も結びついたことのない人々の希望の光――。
「お、ぉおお?」
初めての感覚に戸惑うアザリだったが、やがて納得したように心を落ち着かせる。
そしてジオードを睨みつけた。
これは、軽はずみに『信じる』と口にした程度では決して結ばれない神と人との契りだ。主たる神の為ならば、命を投げ打ってでも身を捧げようとする信心がなければ、意味をなす〝信仰〟と祈りの声になることはない。
すなわち、この男はたった今この瞬間、本当に心の底から……。
「お前、キモいやつだな」
「それはひどい。お姉さんが言ったんじゃないか」
アザリは後頭部を掻きむしり、目を逸らしながら吐き捨てた。
「……本当に信じやがって」
「女神様に相応しいお美しさだと思うしね」
くだらない。
はあ、と深いため息を吐いた。
ジオードは、異常な人間だ。
全く人を疑うこともなく、濁りのない瞳でジオードは救済を掲げる。たった一度のこのやり取りでアザリを心から信仰することにしてみせたジオードは、人々から少しでも多くの信仰心を掻き集める必要のあるアザリからしても――都合が良くて不気味だった。
「お前、ここでちょっと待ってろ」
「? 分かったよ」
ジオードの扱いは一旦保留ということにして、ルルを招き寄せたアザリは作戦会議を開く。ここまで二人のやり取りを大人しく見守っていたルルは、アザリに求められるまま率直な感想を述べた。
「ボク、一人目の入信者がアレって嫌」
「仕方ないだろ。アタシだって予想外だ」
ルルは不服げにジオードを睨んだ。
記念すべきアザリの信徒一人目がこのような人間であることに不満はあるが、ルルはアザリに信仰獲得の経過を問う。
「どんな感じ? 何か大きく変わった?」
「いや、思っていたほど変化はねぇな。この星に認められるにはまだ信仰の力が全然足りねー。あと、あいつの居場所が常に大体分かる」
「うげぇー」
ルルは短い舌を伸ばしてうんざりした顔を見せた。
「信徒だからかな……」とアザリが自身の力の変化と冷静に見つめ合う間、待機していたジオードはおもむろにルルへ接近する。
「すまない、気になってしまって。その珍妙な生き物はなんなのだろう? 神の使い?」
「!? ボクが見えるの!?」
驚いたルルは翻ってアザリの髪の内側に隠れた。
それは本来あり得ないはずのことだ。
精霊であり、神の使いであり、アザリのお目付け役であるルルは、その姿が意図せず人間の目に触れてしまうことはないとされている。
だからこそ、地下シェルターでも堂々とルルは表に出てアザリと会話していたわけだが……。
「フフ、女神様と運命の赤い糸で結ばれたあたりから」
「きしょい言い方すんな」
白状するジオードに呆れた顔のアザリが指摘する。
ショックを受けて凍りつくルルを見て、ジオードは申し訳なさそうに頬を掻いた。
「言わないほうがよかったかな?」
「いや、アタシらも分かんねーことばかりだから、それは別にいい」
この男が特別なのか、信仰の結びつきが精霊の視覚化に繋がるのか?
後者は話に聞いたこともないが、前者と決め打つことも簡単にはできない。
考え込む仕草を取ったまま黙るアザリを見かねて、ジオードは場を繋ぐように勝手な感想を述べた。
「でも、いいね。そばに自分だけの話し相手がいるというのは」
「ぁん?」
「一人だと、どうしても独り言が多くなってしまうから……」
どこか儚げな微笑だ。その顔が癪に触るアザリは、考え事を辞め、急遽話題を変えるようにジオードに迫る。
「やいジオード! テメェ、結局どういう目的で外歩いてた?」
「ん? あぁ、乗り物の部品が壊れてしまったので、代わりになるものがどこかにないかと探していてね」
どうりで身軽な装備なのかと理解する。
急を要した内容ではないと判断したアザリは、頷いてから今後の方針を立てた。
「よし分かった。じゃあそれは後でどうにかしてやるから、まずはアタシに協力しろ」
「何をするんだい?」
「飯に困ってる奴らのために飯を取りに行くんだよ。一刻も早くな」
「ああ、そういうことであれば協力しよう」
胡散臭くて好きにはなれない男だが、使い方が分かればどうして従順なものだ。
思った通りに事が進み始めると、すぐに得意げな笑みを浮かべるアザリ。
一行は魔物の捜索を再開させるなか、その間にジオードには、この世界の経緯を軽く尋ねてみる。
「――終末が訪れたのは、今から約十八年前。俺が生まれて間もない晩のことだったらしい。突然、この世界から神の気配が消えたんだ」
「勝手なもんだな」
アザリが適当な相槌を打つと、ジオードは神妙に頷いた。
「本当にね。それ以来、一切の天候はなくなり、作物は育たなくなり、少ない生き物から順に死滅し出した……」
二人が歩く荒野では、文明の痕跡は洗い流されたようにまるきり消えていた。
それでも染み付いた汚れのように、微かに人工物のような破片は辺りに見受けられる。それがこの土地にはかつて、何があったのかをアザリに想わせる。
農具のような鉄片に、水車の残骸。割れた看板の跡。
……今ではこのような更地だが、かつては豊かな水源近くの農地だったのかもしれない。
「地上はものすごい速度で様変わりしたよ。魔物のせいだね。その頃、人間はすでに地下に避難所を作って過ごしていたが、誰も現状を変えようとはしなかった。今はいない神への祈りをただ捧げるばかり」
アザリの脳裏には、この星の産みの親が浮かんだ。
とても偏屈で、冷酷な老人だ。
独創性を求めていくつも星を量産し、簡単に投げ出していくようなクズ。本来、創り出した星とはとても大切で尊いものであるはずなのにだ。
アザリは思う。こればかりは父王の主宰する品評会が生んだ闇だと言っていい。
もっとも気に入らない創造神の一人だ。
「俺はね、我慢ならなかった。俺の他にも数少ないが神亡き時代に産まれた子はいて、そして責任のない大人がまた産み落とす。この先を生きるのは俺たちなのに、みなこの終末に抗おうとはせず、心のどこかでその訪れを受け入れている!」
地下シェルターでも痩せ細った少年がいたな、とアザリはジオードの言葉に連想した。この世界の人々は、神によってもたらされた繁栄が神によって奪われたため、迫る終末への実感が当事者の割に随分と薄いのだろう。
――いつかは再び神が帰ってきてくれると。
そう信じているから、ただ待つだけになる。
無理だ。あの老神はこの星の行方など気にも留めていないだろう。
そんな創造主の実態さえも知らず、今なお敬虔な人々をアザリは憐れにも思った。
「アタシが来なけりゃどうなってたんだがな」
「……女神様には、期待してる」
ジオードは、そうして話を締めくくった。
アザリは足を止め、前方の景色にクッと喉を鳴らす。
「おう、感謝しとけ。アタシはどこぞのクソ野郎と違って、簡単にはテメェらを見棄てねーからな」
そう言いながら、アザリはジオードに合図を出した。
前方からは、バリッ、ボリッ、と土壁を噛み砕く異音が鳴り響く。
見据えるアザリの視線の先には――、風化しかけている建造物を屍肉を漁るように食い散らす、爬虫類型の魔物〈グリマシャオラ〉が複数匹蠢いていた。




