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アザリの箱庭 〜未熟な創造神は終末世界を復興させて理想の国を創り上げる〜  作者: 環月紅人
地下シェルター・信徒獲得 編

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第一話 神々の聖なる都から


 はじまりにあった光は、とうに絶えかけていた。

 空は灰をすり潰したように濁り、風はどの歌を運ぶこともなく、ただ塵と砂だけが流されていく。

 あぁ、神に見放された星というものはかくも緩やかに息絶えてゆくものなのか。

 かつては幾万の祈りで満ちていたこの土地も、今や言葉一つ落ちぬ墓場のようだった。

 灰色の空を見上げれば。


 ――虚空を切り裂いて、ひとすじの炎が落ちた。


 ぼたり、と地上に降り立ったそれは、次第に見目麗しい女のかたちをとる。瞳と髪には焔が宿り、纏う衣は白く、身につける金装飾には四芒星の意匠があった。

 彼女はアザリという名の若い神だった。


「……ちっ、これが棄てられた星の中身かよ」


 ざらついた砂を指先で弄びながら、アザリは不愉快そうに吐き捨てる。信仰の対象を失った星は、急速にその力を衰えさせており、すでに生物が生きるに適した環境とは言えなくなってきているようだ。

 それでも。


「選り好みしてる暇ねーか……」


 クッ、と喉を鳴らしたアザリは征服者のような笑みをたたえた。

 その後、生存者が身を寄せ合う地下シェルターの入り口を見つけ出したアザリは、鋼鉄の扉を軽くこじ開けて宣う。


「――ったく、どいつもこいつもしけたツラしてんなァ! これからテメェらが崇めることになる、創造神アザリ様の降臨だってのによ!」


 怯えた目を向ける生存者たちの間には、大きなどよめきが生まれていた。



 数日前。


「チッ! なんでアタシには創れねーんだよ!?」


 神々の住む聖なる都の宮殿では、怒りに身を任せたアザリが大理石の机を吹き飛ばす光景が見られた。

 散乱する書物に、割れた星の模型。荒々しく肩で息をするアザリは、他の神々と違って、空に浮かぶ星々から糸のように垂れる祈りの声をその身に与ることができない。

 なぜならばこの大いなる天体に、まだ一度たりと自らの創り出した星を昇らせたことがないからだ。


「ネェ〜もう諦めたほうがいいんじゃない〜?」

「水を差したいならどっかへ行っちまえルル! アタシには時間がねーってのに……!」


 頭を掻きむしるアザリに諦めを促すのは、浮遊するオコジョのルルだ。彼は父王がその娘のアザリによこしたお目付け役の精霊であり、アザリとは今日に至るまでに友のような関係を構築している。

 しかし、今回は意見が対立していた。


「父様に言われた言葉、忘れたわけじゃねーよなルル」

「もちろんだよぉ」


 くしくしと顔を掻きながら、ルルは偉大なる父王の言葉を思い返した。


〝――四百年後の品評会だが、今のままではお前の出席は到底間に合わぬ。此度の参加は諦めろ――〟


 アザリに向けられたその言葉は、事実上の欠格判定だった。

 神々にとって星を創造し、育てることは存在意義そのものである。

 父王の語る品評会とは、この都に住まう神々が自らの星の出来を披露し、その美と調和、内包する人類の繁栄度や文明力、その独自性を評価して讃え合う祭典のこと。


 それなのに、アザリは未だに自身を神と崇めてくれる文明の星を創れていなかった。


 星の創造は、どれだけ若い神でもできて当然のことだ。それがよりにもよって、最高神の実の娘が次の品評会では都で唯一の〝観客〟になる?


「そんなの、認められるわけねーだろうが」

「だからってもう他に手はないよ〜?」


 生意気なルルを睨みつけたアザリは、部屋の惨状をそのままにして宮殿を発つことにした。

 その突然の行動に、ルルは「今度はなんなの〜」とあくびを堪えながら後を追う。

 行き着いたのは、薄汚い路地裏のダストボックスの前だ。


「げ。それだけはやめておいたほうがいいんじゃない? だってばっちぃよ〜! ボク嫌だよ〜!」

「ヘッ、他に手はねーんだろ……?」


 アザリは底の深いダストボックスに頭から潜り込む。

 以前から、この建物の主は〝ゴミ〟が多いと評判だった。古株の創造神が住んでおり、品評会で好成績を残すためにいくつもの星を無駄にしていると。


「怒られても知らないよ〜!?」

「あんなヒョロジジィに何ができる。第一、棄てた星になんざ興味はねーよっと」


 騒ぐルルを押し除けて、アザリはようやく目ぼしいゴミを掴み取る。もちろん創造主との接続は切れており、やはり遺棄されてしまった〝星〟だ。


「ほら! これを見てくれよルル。光に透かすとまだ綺麗だ。捨てたもんじゃねぇ」

「ぜんぜん神様っぽくなぁ〜い……」


 水晶玉のような容れ物の、中央に広がるインクの染みのような宇宙。その中心に浮かぶ惑星こそが、信仰の対象に裏切られ、急速に終末へと向かう星。


「ヨシ、決めた。これは今からアタシのもんだ」

「本気なの〜!?」


 アザリは星を持ち帰ると、すぐに自室で乗っ取るための準備を始めた。星を創造する能力が欠如しているだけで、父王の娘としての格や力はある。

 今から行うのは、〈蕃神(ばんしん)〉となる禁術――。


「ねぇ、本当の本当にやる気? 失敗したら、星から出られないよ? 死にかけの星の終末に巻き込まれて、アザリも死んでしまうよ?」

「でも、アタシが人間たちの信仰を勝ち取って、この星の新たな神と認められれば帰ってこられる。そうだろ?」

「うわぁ〜ん! アザリには絶対無理だよ〜!」

「失礼なやつだなお前は! 泣くんじゃねえルル! アタシの願いが何か、お前はよく知ってるはずだぜ?」


 泣きそうな顔をごしごしと洗って、落ち込むルルは、一度アザリの悲願を思い返す。

 彼女は昔から、父王に認められるのが夢だった。娘でありながら、星を創造できない自分。不甲斐ない自分。他の神々のようにはなれない自分。


 アザリは恥ずかしがって一度も教えてくれないが、もしもこの手で星を育てることができたなら、どうしても作りたい理想の場所があると笑っていた。


「アタシは、父様に認められる立派な〝神〟になりてーんだ」

「ぅぅ〜! 分かってるけどぉ……!」


 ルルはひとり苦心する。

 アザリはそう切望していても、父王の本心はきっとそれを求めていない……。

 だからこそルルも、何度も諦めを促してきたのだが。


 アザリの揺るがない決意を見て、やがてルルは観念したように腹を括った。

 アザリにピタッとしがみつく。


「ならボクも行くよぉ!!」

「うおっ、無理すんじゃねールル!」

「アザリが心配なんだぁ!!」


 そうしてもたもたしている間に禁術の用意は進み、アザリとルルは吸い込まれるように星の中へ消える。

 それまで騒がしかったアザリの自室には、こてん、と一つの星が転がることになった。



 かくして、先の場面に戻り――。


「ほぉら、アザリなら絶対やらかすと思った。もうここにいる人たち誰も口きいてくれないよ。アザリのこと、頭のおかしな子だと思ってるから」

「なんなんだよどいつもこいつも! 辛気臭いツラばっか並べやがって!」


 地下シェルターの真ん中でアザリは地団駄を踏む。生存者たちは薄汚れた衣を纏い、陰気な場所から遠巻きにアザリを見守るばかりだ。

 シェルター内を照らすガスランプの灯は、アザリに呼応するよう大きく揺らめいていた。


「まず信仰を得る前に信頼を得ないと。今のアザリはただの怖い不審者だよ」

「ハァ!? 怖かねーだろ! アタシは美人だぞ!」

「顔が良ければなんでもいいわけじゃないよ」


 ルルは呆れたように首を振る。冷静になれないアザリのために、彼は周囲を見渡すと、物陰に潜む少年の怯えた眼差しに目をつけた。


「ほら見てアザリ、あの子痩せ細ってるでしょ? ここにいる人はみんな食べ物が足りていないの。だからアザリが食べ物を創り出してあげたらいい」

「……なるほど」


 神々には【創造力】という力がある。裕福な都では星を創造する以外で振るわれることが滅多にないが、その力は生物を創ることも、雨を降らすことも、なんだって意のままだ。


 一理あると考えたアザリは、ルルの助言に従ってみることにした。両手を前に突き出し、神の権能によってもたらされるは、見るも華やかな料理の数々――……。


「で、出ねぇ……」

「ええっ!? じゃあどうするの〜!?」


 どれだけ念じてみても、その力が料理を創造することはなかった。かざした手のひらからは、ぷすっとガス欠のように、形にならない魔力が垂れ流される。

 ルルはアザリの力の喪失に顔を青ざめたが、アザリは慌てることなく検証を繰り返す。

 都で星の創造を試した時とはまた違う感覚だ。


 次第に、アザリはその原因を理解した。


「あー、マナが足りてねぇんだこの土地……。アタシが本来使える力にも、妙な制限が掛かっていやがる」


 不愉快そうに手を振り払った。

 神の力を反映させる、テクスチャの有無、と言ったところだろうか。


 星と神は、密接な相互関係だ。

 神は人々の信仰を得ることで制限がなくなり、【創造力】で星を豊かにすることができる。豊かな星は人々を繁栄させ、より神の力を行き渡らせやすい土壌(マナ)を作る。


 神が欠けている星は、いわば機能不全状態そのもの。

 これを改善させるには、やはり人々の信仰を一刻も早く勝ち取り、アザリがこの星の新たな神として根ざしていくしかなく……。


「だぁー! めんどくせェ! 飯を用意すればいいんだろ用意すれば! やい人間ども!!」


 考えることを放棄したアザリは、突然、物陰に潜んでいた少年を指差して声高らかに告げた。


「今からアタシが食糧を調達してきてやる! そしてそれをお前らに食わせる! 感謝する準備をして、待ってろッ!」

「あちゃー……」


 ずかずかと大股で歩くアザリは、ひしゃげた入り口の戸を硬く閉め直して外に出た。目も当てられないと顔を覆うルルは、後を追いながらアザリに問う。


「どうする気なの〜?」

「星の終末が始まってんなら、自浄機構の〈魔物〉が自然発生してるはずだ。奴らを狩って、食う」

「もう無茶苦茶だよぉ〜〜」


 人が地下に移り住むようになったのと対照的に、この地上には、既存文明を掃除する役割を持つ魑魅魍魎が跋扈している。

 その中にも食べられる個体はいるはずだ。

 泣き言ばかりを言うルルを連れ、荒野を邁進するアザリ。

 やがて彼女は、奇妙な存在と出くわした。


「わっ、綺麗なお姉さんだ。結婚したい」

「ハァ? なんだこいつ」

「生存者なんじゃない?」


 それは終末世界を一人旅する青年のようだった。

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