8.マンドルにできるお仕事は?
「マンドルか……」
そう呟いたおじさんの口調は、それまでと打って変わって歯切れが悪かった。
「マンドルだと別に使役しなくても……いやでも、マンドルだって一応魔物ではあるからなぁ。……しかしあいつ攻撃力なんて皆無だよな」
一人思い悩むおじさんに恐る恐る声をかける。
「マンドルだと魔物使いギルドには登録できないのでしょうか?」
「いやぁそういうわけじゃ……いやでもなぁ。まずお嬢さんはマンドルっていう魔物のことをどのくらい知っているんだ?」
煮えきらない返答のおじさんは、逆にザハラに問いかけてきた。
だが、改めて問われると難しい。ナプ固有の特徴なのか、それともマンドル全体の特徴かという部分はまだ解明できていない。
ザハラは少し迷ってから、当たり障りのない部分を答える。
「種の魔物で、ほとんど動けなくて……あと少しだけ保水能力があります!」
「保水? その辺りは俺は知らなかったが、まぁそんな感じか。何しろその辺に転がってるだけだからなぁ。駆け出しの冒険者でも相手にしない最弱の魔物と言ってもいいだろう。……そんな魔物で魔物使いギルドに登録できるか、と問われてしまうとちょっと微妙なところなんだよな」
「使役している魔物によっては魔物使いギルドに登録できないってことですか?」
「登録自体はできる。だが、登録だけになる可能性があるな。お嬢さんは仕事を求めてきたわけだろう?」
「そうです!」
ザハラは勢いよく頷く。まずは飲み水。さらには研究資金。働いて稼がなければ。
「だよなぁ。けど、お嬢さん。マンドルにできる仕事があると思うかい? ウチはラクダや馬では運べない重量の荷運びや、鳥型魔物での伝達なんかがメインの仕事なんだが」
「あ……」
個人的にマンドルはとても可愛いと思う。だが、可愛いだけでは仕事はできない。
「とはいえ、魔物であることには変わりないし……あ、そういや進化したんだったか。マンドルの進化ってーと……? マンドラン、だったか?」
「はい! 手足が生えて意思表示が明確になってます! 他にも色々と能力がありそうで、研究中です」
意気込んで答えたものの、そこでふと違和感を覚えた。
魔物使いギルドにもマンドルの進化はあまり知られていないのだろうか。
そんな疑問が表情に出ていたようで、おじさんは困ったように頭を掻く。
「あ~……魔物にも人気不人気があってなぁ。強くて使役しやすい魔物が人気になるし、その逆はどうしてもな。研究も後回しになっちまうんだ。マンドルは最弱の代名詞みたいなもんだから研究する奴が全然いないのさ」
「なるほど……」
世知辛い話だが、現実的に考えれば致し方ないことだろう。どうせ使役し、世話をするなら強くて役に立つ魔物の方が良いのは当然だし、人気のある魔物に研究が集中するのも頷ける。
(私がちゃんと研究できていれば……でも、まだダメって決まったわけじゃないよね。ナプは種も水もないところから草を生やしてくれたもの)
まだ知られていないマンドルの特性。それが解明できればこの国にも緑が溢れる、かもしれない。
気を取り直したザハラだが、おじさんは困った表情のままだ。
「えーと、マンドランに進化してもダメ、ですか?」
「ダメっつーか、このギルド支部にマンドランの情報が届いていないんだ。ってことは、この国で有用性が認められてないってことになる。そもそも、こんな砂漠に種が転がってること自体おかしいだろ」
「それは、確かに」
日常の風景過ぎてスルーしていたが、マンドル以外の種が砂の上に転がっているなどということはない。マンドルだけが、砂漠でも元気にコロコロしているのだ。
「有用な魔物なら、生息してない地域にも名前は届く。……マンドルの場合はその真逆だな」
「つまりギルドに登録したとしても、マンドランにできる仕事は今のところない、ってことですね。うーん。種から根が生えて、手足のように動かせはするんですが、荷運びができるかというと……」
「だろう? 特にこの国での魔物使いギルドの利用用途は圧倒的に荷運びが多い。兼業でラクダの貸し出しもするくらいだ。ってなると、仕事を紹介できないのに所属を勧めるのはなぁ、とこっちとしては思っちまう」
おじさんの言葉に、ザハラの表情も曇ってしまう。魔物使いギルドには働き口、そしてそこで得られる報酬を求めてきたのだ。だが、進化したナプにも働き口がないらしい。
(私がもっとちゃんと研究できてれば違ったのかな……)
ザハラが目に見えて凹んだのがわかったのだろう。おじさんは慌てて登録の方法を説明しはじめた。
「と、とりあえず登録しておけば今後何かの役に立つかもしれんしな」
「ちなみに、ギルドをクビになったりとかはあるんですか?」
せっかく登録しても、役に立たなさ過ぎてクビ、ということはあるかもしれない。恐る恐る尋ねてみる。
「ギルド除名ってのは確かに制度としてはあるが、それは違法なことを働いた場合とかだな。依頼を受けてないからといって除名はない。そもそも魔物使いギルドには「人に使役されている魔物の把握」っていう側面もある」
「わかりました。とりあえず登録させてもらいます。貢献できるかはちょっと……難しいところですが」
今後ナプの研究を進めていけば、できる仕事が見つかるかもしれない。そんな希望を胸に抱いていると、おじさんからカードのようなものとタグを手渡された。
「これが魔物使いギルド員の証と、魔物タグだ。そのタグを飼っているマンドルにつけていれば、魔物使いギルドに登録してるって証明になる。連れ歩いてもいいぞ、とギルドが認めたって証だな。一度それを付けてここまで連れてきてほしい。使役魔法がきちんとかかっているか確認しないとだからな」
「わかりました! 今すぐにでも!」
働き口は今すぐには無理でも、登録すればナプと一緒に外へ出ることができる。ザハラは勇んで立ち上がった。
「失礼。マンドルを使役している、と聞こえたのだが」
そこへ、穏やかな声がふってきた。
声の主は品の良い初老の紳士。服の仕立てやさりげない装飾品から、かなりの富裕層であることがうかがえた。
「え? はい。今は進化してマンドランになっています」
「いらっしゃいませ! よくお越し下さいました!」
ザハラは思わず素で答えてしまったが、おじさんの方は慌てた様子で立ち上がった。
(おじさん、なんだか緊張してるみたい。ギルドの幹部とかかしら)
ザハラが二人の様子を眺めていると、唐突に話の矛先がこちらに向けられた。
「堅苦しい挨拶は抜きだ。それよりお嬢さん、進化もしているのかね。であれば、ちょっと頼みたいことがあるんだが、いいだろうか。もちろん、魔物使いギルドを通した正式な依頼とさせてもらうよ」
願ってもない突然の依頼に、ザハラは一も二もなく頷いたのだった。
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