4.恥じない私になりたい
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「もしかして俺は遅かったのか。もう誰かの花に? それとも、他に好きな奴が……やはりもっと根回しをしておくべきだった? しかし、成功するために俺も余裕がなく……それは言い訳なのだろうか」
ラシードはザハラの言葉にショックを受けたようだった。早口で何事かをブツブツと呟いている。すっかり俯いてしまったので、中身は聞き取りづらかったが。
(私が泣くたびに、こんな風にラシードは慌てていたっけ)
場違いではあるが、なんだか昔を思い出してザハラは和んでしまった。
今や誰もが一目置くであろう若き成功者だが、こんな風にしていると幼少期の面影がある。むしろ、昔のままのようにさえ見えて、ちょっと嬉しい。
とはいえ、不穏な言葉もあった。ザハラに嫌われた、だのなんだの。その辺りは早めに訂正しておかねばならない。
(……嫌いになれていれば、よっぽど楽だったかも)
心の中で一つ溜め息を吐いてから、努めて落ち着いた声を出す。
「あのね? ラシードが嫌いだとかは絶対ないからね」
ブツブツと一人の世界に入り込んでいたラシードが顔を上げた。
「じゃあ、もう他に相手がいるとか……」
「ないない。私が花になれるはずがないってば」
あなたのところの門番に門前払いされるくらいなのよ、というのはイヤミになるだろうから飲み込んだ。
「だが……その、どうするんだ、これから」
「えぇと、研究をしたくって。ラシードは私が飼ってたマンドルのナプを覚えてる? あの子が進化したの」
ナプの話をかいつまんで話すと、ラシードはようやく落ち着いたようだった。
「なるほど。昔から「砂漠に草が生えたらいいのに」って言ってたもんな。なんとか外に出ようと画策したりして」
「それはかなり小さい頃の話でしょう!?」
「確かに学校に通ってからは勉強に没頭してたな。外に出て遊ぶ俺達を羨むより、そっちの方が建設的だーって」
昔話に花が咲く。幼い頃の失敗談をあげられるのは恥ずかしいけれど、それでも自然と笑みがこぼれた。
そんな中、ラシードが急に真面目な顔になる。
「ナプの進化も、ザハラの熱意もわかった。でも、あえて言わせてもらうが、旦那の後ろ盾がない女性が研究をするのは厳しいと思う」
「……うん」
耳の痛い話だ。
けれど、それがこの国の現実。
「でも、私、頑張ってみたいの。ラシードがこの国だけじゃなく、異国でもたくさん頑張ったみたいに」
ラシードの苦労はザハラにはわからない。それでも、成功の裏にはたくさんの努力と失敗があったのだろうと、朧気ながらも理解できた。
そんな彼の隣に胸を張って立てたらどれほど嬉しいだろうか。そこまでは口に出さないけれど、決意をこめた瞳で見つめればラシードは諦めたように溜め息を吐いた。
「……それを引き合いに出すのは卑怯だろ」
「え?」
「まぁなんにせよ、そう決めたのならザハラは曲げないだろ。ホント、昔から頑固だよな」
「そう、かな?」
「そうだよ。『まだ』囲われなくない、という意味なら了承する。というか、あんだけキッパリ断られちゃな」
「ご、ごめんね?」
「いや、手違いとはいえ、先に酷いことをしたのはこっちだしな。これでお相子ってことで」
そうなのだろうか、とは思うもののそれでラシードが納得してくれるのであればザハラに異論はない。
「でも、現実的にどうするつもりなんだ? 前例がないからかなり厳しいと思うぞ。この国の『普通』に当てはめるのなら、さっさと囲われて、旦那の許しをもらって研究するほうが合理的だ」
「わ、わかってる」
ラシードの指摘は正しい。
そうすれば資金問題も名義問題も一旦は解決する。
「でもね、そうなると研究の名義は旦那様のもの。そして、旦那様の考えひとつで研究はいつだって畳まれてしまう」
「確かにな。つまり、ザハラは自分主体で研究をしたいってことか」
言われて、ザハラは頷いた。旦那様となる人の機嫌次第で研究を奪われる。それだけならまだしも、大切なナプの命も預けなければならないのは受け入れ難かった。
「わかった。とりあえず今日はここまでにしようか。あ、でも折角だからここでお茶していこう。積もる話もあるし」
「えっ? で、でも……」
ザハラはラシードの花にはならない、と宣言したばかりである。なのにお茶をするのはアリなのだろうか、という気持ちがわく。
基本的に、この国で支払いをするのは男性だ。女性に財布を開かせるのは恥という風潮が主流である。
「これは、幼馴染みを呼び出したのに手違いで追い返した詫びということで」
そう言うと、ラシードはさっさと店員を呼び出して注文してしまう。流されるままになってしまったザハラだが、話はとても弾んだ。
特に彼の語る外国の話はとても魅力的で、手元にメモがないことをこっそり悔やんだくらいだ。
「俺は外の国を見てきたせいもあるけど、ザハラの夢だから応援したいってのが正直なところだ。でも、やっぱり相手が国の制度だから、辛いこともあると思う。だから、そんな時は頼ってほしい」
別れ際、ラシードはそんなことを言ってくれた。
嬉しさと同時に、萎れたはずの恋心がまた小さな芽を出しそうな気配を感じる。それから目をそらして、ザハラは笑顔でお礼を言ってその場を辞した。
(まだ、並べないもの……)
話の端々から、ラシードのすごさを感じた。
この国とは全く違う文化や風習に触れながら、商人として成功してきたラシード。その隣に並んで、そして立っているには自分は相応しくないと感じるのだ。
気合いをいれて、背筋を伸ばす。
(ナプにもラシードにも、恥じない私になりたい)
他の女性がどうとかは関係ない。ザハラが、自分一人で咲ける花になりたいのだ。例えその花がどんなに小さくて、地味な色合いだったとしても。
小さな決意を持ったまま家に帰る。
「ンンー!」
すると、ザハラの帰宅を待ち構えていたらしいナプが出迎えてくれた。おかえり、とばかりにまたまた奇妙なダンスを披露してくれる。
「ふふ、ただいま。ナプ」
そのままナプの様子を観察する。
頭の双葉も艶がよく、水分不足は感じない。イレギュラーで生やしてしまった草達はちょっぴりくたびれているが、これはもう仕方がなかった。
「私とナプの分のお水確保でギリギリだからなぁ……せっかく生えてくれたのに」
この砂漠の国では水はとても高価だ。
「やっぱり資金だよね。最低限、私とナプが渇かないくらいの稼ぎがないと研究どころじゃないもの。ラシードにはああ言ったけど、前途は多難だなぁ……」
決意してピンと伸ばしたはずの背筋が、まるで水不足の植物のようにくにゃりとなりかける。
「ンー!」
だが、そんなザハラを激励するように、ナプがまた踊り出した。
「励ましてくれてる? ありがと。頑張るね」
(そうだよね。私は一人じゃない。頼れる相棒がいるんだから。資金と名義、どっちも手に入れられるように頑張らなきゃね)
自分の頬をペチリと叩いて、ザハラは気合いを入れるのだった。
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