35.ハーレムには入りません!
これにて完結です!
砂漠の国、カマルヤは今日も快晴。
ギラギラの太陽があちこちを照らしつける中、ザハラとラシードは役所までの道を馬車に揺られていた。
「ねえ、ここまでする必要あった?」
「ある。ものすごくある」
ザハラの問いに即答したのは勿論ラシードだ。
今、ザハラは全身をラシードが選んだ衣装に包まれていた。それこそ頭のてっぺんの髪飾りから爪先のネイルカラーまで。
そう聞くと婚礼衣装かと思われるかもしれないが、違う。
『役所に、新事業の責任者として一緒に行くんだから、スポンサーの俺が責任者に相応しい衣装を用意するのは当然だろう?』
と、言い切られて用意されたのは、政に携わる人達の衣装を参考にしたもの。柔らかな青地の布に銀糸や宝石が控えめに装飾されている。役所や正式な場所に出る時に着てほしい、と言われて渡された。
髪飾りは普段使いも出来る魔道具を兼ねており、一度だけ身を守る効果があるのだとか。冒険者も使うアミュレットだという。爪の先には同じく冒険者の間で流行っている、爪を保護するための塗料が塗られている。母達が好んでつけているきらびやかなものではなくてちょっと安心した。
(ルビーアさん達に選んでもらった服も素敵だったけど、ラシードのプレゼントはなんというか……そこまで浮いていない気がするから着やすいかも。仕事用だからかな?)
この他にも、普段の研究用にと動きやすい研究着もプレゼントされてしまった。こちらは通気性もよく、汚れがついても落ちやすい素材で作られており、動きやすさも抜群。あまりの着心地の良さに使うのが恐れ多くなってしまったのは秘密である。
「ンーンー!」
ザハラの横で行儀よくお座りしていたナプの背には新しいリュックがあった。これも、ラシードからのプレゼントである。
色は、今ザハラが着ている服とお揃いの青。サイズもナプにピッタリで、可愛さが増している気がする。ナプもかなり気に入ったようで、いつでもどこでも背負いたがるようになった。中には緊急用の水を出す魔道具と、携帯用の桶が一つずつ。植物魔法を使いすぎてシワシワになってしまった時用だ。
ご機嫌のナプを伴って役所前に到着する。すると、すぐに聞き覚えのある声がかかった。
「全く、独占欲丸出しの男はモテないよ」
ルビーアだ。その後ろには母、ナージャの姿もあった。今回は支援者のマダム達の代表としてルビーアが、親族として母が来てくれた形である。
「男性が贈った衣装で、親族や仲間に見守られて役所へ向かう――言葉だけを聞けば婚礼のようなものなのに……もう」
母はものすごく残念そうにそう呟く。
そんな母にラシードは苦笑しながら声をかけた。
「もしかしたら、婚礼よりも価値のあることになるかもしれませんよ、ナージャさん」
「そうかしら。でも、普通の幸せでも良かったと思うの。わざわざ茨の道に行かなくっても……ねぇやっぱり今からでも婚姻の届け出に切り替えない?」
「アンタはまだそんなこと言ってるのかい?」
「だって、心配なんですもの。ザハラってばお勉強はできるけれど抜けてるところがあるし、腹芸も全然できないし……うっかりコロッと騙されたりとかしそうじゃありません?」
呆れた口調のルビーアにも、母は全く動じる様子はない。もしかしたら、何か吹っ切れたのかもしれない。明るくなったのは嬉しいのだが、言葉に容赦がなくなってる。
「母様……」
「まぁまぁ。できるだけ俺がフォローしますから」
「本当? 本当ね!? 言質取ったからね、ラシード。男に二言なんて許さないわよ」
ラシードにも容赦なくグイグイ行く母に、苦笑するしかないザハラだった。
そんな一幕を繰り広げつつも、一行は役所の中へと向かう。
先頭は諸々の書類を携えたラシード。その横に並んでザハラ。ナプとはしっかり手を繋いでいる。母とルビーアは立会人として後ろについてきてくれた。
緑化プロジェクトが正式に承認され次第、二人はザハラの後援会も同時に立ちあげてくれるという。マダム達が旦那様から許可をもぎ取ってきてくれたらしい。ラシードの後押しと『本当にザハラが土地を買えるのであれば』という但し書き付きではあったが。
(書類、本当に不備ないよね? 抜け漏れないよね?)
頭の中で何度も何度もチェックをするが、不安は拭えない。
「どうした? 心配そうな顔をして」
「ラシード……えっと、チェックし忘れとかがないか不安で……」
「何度も確認したし、もし何か足りないものがあっても、また後日揃えればいいだろう」
「でも、ラシードも皆さんも、せっかく足を運んでくれたのに……」
「また足を運ぶくらいどうってことないさ。日程を合わせるのが面倒なくらいかねぇ。それより、また背中が丸まってるよ、ザハラ」
オロオロとしているザハラにルビーアの喝が入る。不安や緊張感から色々と縮こまっていたようだ。
「もしもう一回来ることになったとしても、そのくらいの時間はいくらでも作ってあげるわよ。さ、お行きなさい」
母の言葉に背中を押されて、受付へ向かう。
受付にいたのは、何度もお世話になっている、もはや顔見知りとなった役人だった。彼はザハラの顔を見ると、一瞬驚いたように目を見開いた。そして、安心したような笑顔を向けられた。
「おめでとうございます。とうとう花になられたんですね。どうぞ、こちらで手続きできますので」
今まで何度も手を煩わせてきたザハラが、ついに花になったと思ったのだろう。にこやかに声をかけてきた。それに対し、期待通りでなくて申し訳ない、とは思う。けれど、ザハラは胸を張ってこう答えた。
「いえ、ハーレムには入りません」
「は? あ、いえ、ハーレムまでは――」
「花にもなりません」
何度か口にしてきた言葉だったが、こんなに晴れやかな思いで言ったのは初めてかもしれない。
予想外の言葉だったのだろう。役人は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしてこちらを見てきた。
ラシードと後ろの二人はどうやら苦笑しているようだ。
「ンンー! ンー!」
ナプだけが、ご機嫌でいつもの謎ダンスを踊っている。
「まだ、俺の花にはなってくれないんだ。袖にされていてね。代わりに、こちらの手続きをお願いできるだろうか」
「あっ、は、はい。……ええっ!? えっと……しょ、少々お待ちください。規則を調べてきますので……」
ラシードの声で我に返ったらしい役人だが、今度は渡された書類の内容に目を剥くことになる。
「はい。よろしくおねがいします」
あたふたと別室に向かう背中を、ザハラは軽く頭を下げて見送った。
のちに、砂漠の国カマルヤの五花制度はその有り様を大きく変えることとなる。
男性は思いを込めた五種類の花を集めて花束にし、たった一人の女性に受け取ってもらうのが一人前の証。
そして、女性はそんな花束を捧げられてこそ一人前。
制度を変える切っ掛けを作った人物は、この国初の自立した女性だったとか。
これにてザハラの物語は一旦完結となります!
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