32.花達の後押し
母、ナージャ主催のお茶会にて。
役所に行って以来すっかり塞ぎ込んでいたザハラだったが、いきなりやって来た母にあれよあれよという間に連れ出され、何故かテーブルの一角に座っていた。
周囲にはお馴染みのマダム達とくれば、その後の展開は言わずもがなだろう。
正直、自分一人で抱えるのは限界だったので、ついついご厚意に甘えてしまったザハラだった。
「……そんなことになっていたとはね」
ルビーアが手入れの行き届いた指先でパチンと扇子を畳んだ。その仕草からどことなく苛立ちを感じるのはザハラの気のせいではないだろう。
「なるほど、どの旦那様も後援会に良い顔をしないはずだよ」
「後援会?」
初めて耳にする言葉に思わず聞き返すと、ルビーアは少しバツが悪そうな表情をした。代わって答えてくれたのがサフィーヤだ。
「女性の身で自立を目指すザハラさんを応援しようの会って感じかしらぁ~? 言い出しっぺ、じゃなく、発足人? は、ルビーアさんよぉ~」
「そうだったのですか。こんな形になってしまって申し訳ありません」
「いいんだよ。アタシが先走っただけだからね。……それに旦那様達に止められていたから始まってすらいないんだから」
頭を下げたザハラに、ルビーアはバツの悪そうな表情のままそっぽを向いた。
「旦那様方も人が悪い。先にそういった可能性があると一言告げてくれれば良いものを」
「ん~でもぉ~。言われたら言われたで、どうしてどうして? って私達、聞いたんじゃないかしらぁ。行政? 法律? よくわかんないけど、そういうのの問題なわけでしょぉ~? 説明、めんどくさそうよねぇ~」
「それは……確かに」
不満げに呟いたエルメリンダに、サフィーヤが相変わらずの口調で応じる。しかし、言葉の中身は真っ当で、エルメリンダも渋々引き下がった
「ともかく、今後どうするか、だよ。なんかプランはあるのかい?」
ルビーアが話の軌道を修正する。
だが、プランと言われても正直何もないのだ。
「すみません、かなり気落ちしてしまってまだ何も……。やはり、この国で女性が自立するというのは無理なのかもしれません」
自分でも、声に覇気がないのがわかる。進むべき道と信じていた場所が砂嵐に遮られて見えなくなったような、そんな気持ちだ。
「自立のゴールをどこにするか、というのもあるんじゃないか? 少なくとも、ザハラは今、仕事をして、自分とナプ君の食い扶持は稼げている。それだけでも、この国の女性としては進歩だと思うのだが」
「そう言って頂けるのはとても嬉しいです。ですが、今のままではいつまでたっても夢を叶えることはできないんです」
エルメリンダのフォローの言葉は純粋に嬉しい。だが、稼ぐだけでは足りないのだ。土地を得ることができなければ、この先に進むことはできない。
「ねぇ、ザハラ。今からでも遅くないわ、カリム君に声をかけたらどうかしら?」
心の内で焦燥に駆られていたザハラの耳に、母の思ってもみなかった言葉が飛び込んできた。
「カリムさんに……? 何故?」
「だって、彼のあなたへの気持ちは本物よ。ラシードがずいぶん牽制したみたいだけど、へこたれずに私へお手紙くれるくらいだもの。あなたの思い描く夢の通りにはならないかもしれないけど、あなたを大切にしてくれるのは間違いないわ」
「それは……」
「ナージャ……アンタ、まだ諦めてなかったのかい?」
口ごもるザハラに代わってルビーアが呆れた声を上げた。だが、意気込む母はものともしない。
「諦めるも何も、私は娘の幸せを願ってるんです! だってこうしていたって、法律が変わって土地が買えるようになったりはしないでしょ?」
「だったらそこはカリム殿ではなくラシード殿じゃないのか?」
「そ~よねぇ、ザハラってばすっかりラシード君の通い妻ですもんねぇ。既成事実ってヤツぅ~?」
「か!? きッ!?」
刺激の強すぎる言葉に目を白黒させている娘には全くお構いなしで、母は悩ましげな様子で頬に手を当てた。
「それはそうなんですけどねぇ、何しろ一度フラれた相手なもんですからどうしても不安で……」
「何かの間違いじゃないのかい? アタシはあの坊やの熱意に絆されてツボーネのところまで出向いたんだ。男がフッた女にあそこまで献身的になるもんかい。アタシの見立てに狂いはないよ。あの坊やはこの子に心底惚れてるね」
キッパリと言い切るルビーアに、周囲のマダム達も揃って大きく頷いている。
それを見渡したルビーアは、いまだにアワアワしているザハラに向き直ってきた。
「あとはアンタの気持ち次第さね、ザハラ。アンタだってホントはわかってるんだろ? あの坊やの花になりゃ名義問題なんざたちどころに解決だ。大事な研究だって安泰だろうよ。あの坊やがアンタの嫌がるような真似をするはずないからねぇ。それでも花になる気はないって言うのかい?」
真っ直ぐに見据えられて、ザハラも自分の心と向き合う。
初恋は萎れるどころか日々すくすくと育っていた。花になるならラシード以外は考えられない。そして、花になれば問題のほとんどは解決するだろう。ナプのことだってラシードなら悪いようにするとは思えない。ルビーアの言うとおりだ。わかっていた。
それでも。
「私……花にはなりません」
今のままでは胸を張ってラシードの隣に立てない。決意を込めて口を開く。
すると、周りから吐息のような声が漏れた。でも、それは呆れや諦めのものではなく。
「ガンコねぇ。でもカッコイイわぁ~」
「それでこそ私の見込んだザハラだ」
「ただのバカですわ。ホントにもう……」
母だけが頭を抱えていたが、その声に悲壮感はない。
「腹は決まったようだね、ザハラ」
「はい。でも……」
お陰で心の中に澱のように溜まっていた暗い気持ちは消えた。けれど、それだけでは問題は解決しない。
その思いを見透かしたようにルビーアが続ける。
「アタシらにできるのはここまでだ。恥ずかしながら法律だのなんだのはサッパリなんでね」
「そうよねぇ……私達、あなたと違って学校に行ってないもの~。花になる教育はみーっちり受けたけど」
「ギリギリ許されていたのは護身用の武術だな。それでも、私はかなり変わり者扱いされたが」
サフィーヤとエルメリンダも頷く。
「アンタには花として生きる知識じゃなくて、普通の知識がある。それで戦うのがアンタ流なんじゃないかって、アタシは思うけどね」
「普通の知識……」
ルビーアの言葉に何かが閃きそうになった。
「何か思いついたかい?」
「あ、いえ……具体的にはまだ何も。……でも、図書館で調べものはできるなって」
学生の頃に通い続けた、学校に隣接する図書館。知識というなら、あの場所は正に宝庫だろう。
「あぁ~あそこ? 建物は素敵よね~。でも、私は入る資格ないって断られちゃったけど~」
サフィーヤの言う通り、建物の外観はかなり立派だ。ただ、フラッと立ち寄ろうと思うには雰囲気が厳めしすぎる気もするが。少なくともブティックやお茶をするような場所には見えないだろう。
同じことを思ったのか、エルメリンダも呆れた声を出す。
「わざわざ行ったのか……。あそこもまた名義がなければ入れない場所だな。卒業生は入れるのか?」
「はい。私はちょくちょく通っていたので、入れない場所だなんて知りませんでした」
「調べもの、だなんて考えただけで頭痛がしそうだが……それがアンタの特技なんだろうねぇ」
意外、と言っていいのかわからないが、ルビーアはあまりそういったことは得意ではないらしい。本当に嫌そうに顔をしかめている。
「母のお陰です。父の反対を押して学校に入れてくれたんです」
「……学校を卒業しても土地は買えないけどね」
母が悔しそうに呟いた。
「そんな顔しないで、母様。私、できるだけやってみるから」
「ち、違うわよ。私はさっさと諦めて誰かの花になってほしいって……ちょっと、ザハラ!? 皆さんも、なんでそんな風に笑うんですか。もう!」
その場にいた皆がクスクスと笑う。それは、いつかザハラが浴びた嘲るようなものではなく、心が温かくなるような、そんな笑い声だった。
(大丈夫。私にはこんなにも味方がいる)
味方がいる嬉しさを噛み締めながら、ザハラはもう一度熱意を燃やすのだった。
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