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31.名義

 ラシードにアドバイスを貰ってから、自分でも知るための努力を始めた。

 母などからすると「大人しくどなたかの花になっていればあなたが歩き回る必要もないのに」らしいのだが、自分の足で見て回るのも楽しいものだ。

 日焼けを憎んでいると言っても過言ではない母とは、その辺りの価値観はどうにも合わないのは仕方がないだろう。何より、なんだかんだ言いながらも今では自立への道を認めてくれている。有難いし、心強い。


「ン、ンー!」


 馬車から降りたナプがトテトテと歩き出す。あちこち出かけられるのが楽しいらしく、ご機嫌だ。ただ、何度かあらぬ方向に行こうとして慌てたことがあったため、現在はハーネスをつけている。リュックを背負ってもらい、そこに手綱を付ける形だ。


(私にお裁縫の才能があったら良かったんだけど……残念ながら皆無なのよね。既製品の組み合わせだからちょっとサイズ合わなくてゴツいなぁ)


 小柄な冒険者用のリュックに、馬にも使われている手綱。このミスマッチさも可愛いと言えば可愛いが、やはりサイズに合ったものをプレゼントしたい気持ちがある。しかし、現状不必要な出費は控えなければならないので歯がゆいところだ。


「この先が提示された土地のうちの一つですね」


「ありがとうございます、サームさん」


 変わらず護衛としてついてきてくれるサームは、地理に疎いザハラのために案内役も買って出てくれた。お陰で迷うことなく土地の実地検分ができている。

 その上。


「価格は恐らく適正価格か、むしろ安いくらい。希望通りの荒地に砂地。ちょっぴり家から遠いのはネックだけど、当然と言えば当然ですよね」


「立地条件を考慮しますと、二つ目に見学した今にも崩れそうな家付きの土地も候補に入れて良いのではないかと」


 こんな風に相談にも乗ってくれる。商人の側付きを務めているためか、的確なアドバイスが頼りになる。

 それにしても、サームの口から家付きの土地、と言われるとちょっと笑ってしまいそうになった。ザハラの目当ては土地がメインなので、正しい表現ではあるのだが。

 とはいえ、崩れそうでも家は家。土地だけよりは当然値段は張るが、一時的にでも研究室として使えると考えれば確かに良い候補地かもしれない。


(今のペースでお仕事を貰えれば、何か月後にはいけなくもない、かも?)


 単純計算でいけば間違いないはずだ。しかし、依頼を受けてばかりでは研究の方が進まなくなる。それでは本末転倒というものではないだろうか。


「う、うーん。とりあえず、候補は絞れたし、相場の不安もなくなったからヨシとします」


「では、こちらも保留ということでよろしいですね? まだ見学予定地は残っておりますが、このところ連日お出かけになってらっしゃいますし、今日はこれでお戻りになってはいかがでしょうか」


「えっ、でも……」


「体を労るのも仕事のうちと申しますよ」


 移動は全て馬車とはいえ、実際に土地を見るとなれば馬車から降りて徒歩になる。母の「くれぐれも」の言いつけで日傘にヴェールと日焼け対策はしているが、暑さだけはどうしようもない。ナプは燦々と降り注ぐ日光を浴びて元気いっぱいだが、ザハラの方は流石に疲れを実感していた。

 サームを連れ回すのが申し訳なくてできるだけ早く終わらせようと予定を詰めていたのだが、その当人から諭すように言われてしまっては。


「……わかりました。では、帰りに役所にだけ寄ってもらえませんか? どの土地を購入させていただくにせよ、最終的に届けは役所に出すので、その時に備えて何を準備すれば良いのか聞いておきたいんです」


「承知いたしました」


 女性が土地を買うなど滅多にないはずだ。もしかしたら男性と比べると手続きが面倒になる可能性もある。そう考えて役所に向かったザハラの判断は、ある意味正しかったのかもしれない。


「……無理、ですか?」


 前回訪れたのは新しく事業を興すための支援を受けられないか、という相談だった。その時も、こんな風に応えられたような気がする。それなりの時間を待っていたザハラに与えられたのは、無情な返答だった。


「はい。調べてみましたが、女性が土地を買うには名義が必要となります。間違いありません」


「誰かの花となっていれば買える。でも、花でない女性は買えない、ということですか?」


「正確には花となっている女性であれば、ご主人の保証があるから購入できる、という返答になります」


「例外とか……」


「資料をあたってみましたが、適応された例が見当たりませんでした」


 時間をかけて調べてみてくれたんだなぁ、と感謝の気持ちが湧く一方で、告げられた理不尽な内容にどうしても憤りを感じてしまう。


「魔物使いギルド所属の魔物使い、では名義とは認められないってことですか?」


「はい。そういうことになります」


「えぇと……売る側と買う側が同意しても、ですか?」


「売買そのものの問題ではなく、その後土地にかかることになる税金の問題になります。名義のない方が毎年きちんと地税を納められるのか? という部分を重要視しているのです」


「あ……」


 理屈は理解できた。ザハラも今は仕事がある。マダム達が回してくれるお陰で生計が立ち、土地代もなんとか作ることができそうだ。しかし、その状況が来年、再来年と続く保証はない。それでは信頼に足る「名義」とは見なされないということだ。


(今の私だと、まだ足りないんだ……)


 優しい人達と縁があって、支えてもらいながら辛うじて立っているだけ。この国で信頼される名はまだ持てていない。

 もし自分が男性であればどうだっただろうか、と考えてしまう。

 男性は成人と認められれば、支援を求める審査を受けられる。男性の場合、成人と認められる条件は、両親と異なる住所であること。それさえクリアすれば新事業主に手厚いこの国のこと、審査に通って様々な支援を受けられるだろう。つまりサームが家付き土地と称した、今にも崩れそうだった家を土地ごと買い取れば、すぐにも道が開けるのだ。男性だったなら。

 ギュッと手を握りしめる。


「調べていただきありがとうございました」


 言いたいことはたくさんある。しかし、役所で働いている人にぶつけても仕方のないことばかり。言いたい相手はこの国の制度であり、法律なのだから、目の前の彼にぶつけても何も変わらない。それどころか、時間をかけて調べてくれた人なのだから感謝しなくては。

 そう思っていたのだが、感謝の気持ちは彼の次の言葉で消えてしまった。


「次回は花となってご主人と共にきてくださいね。その方が手間が省けますから」


 親切心だったのかもしれないし、時間と労力をかけさせられた相手への意趣返しかもしれない。彼の心情まではザハラにはわからない。

 ただ、その言葉はザハラの心に深く突き刺さった。


「っ失礼します」


 込み上げる気持ちをどうにか抑えつけて、サームに預けたナプの元へ急ぐ。

 現実逃避でも構わない。ナプのへんてこなダンスが見たかった。


【お願い】


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