3.入りません!
(なんでこんなことになってるの……)
ザハラは遠い目をしながら、心の中で呟く。
「ここじゃゆっくり話せないから」
そう言って、ラシードは再会するなりザハラの手を取って歩き始めた。伝わる手のひらの熱に気を取られているうちに、連れてこられたのがこの店だった。
食事処と言えば屋台や食堂しか入ったことのないザハラにしてみれば、個室仕様の店というだけで緊張する。目の前の磨き抜かれた卓の光沢感に、今にも気が遠くなりそうだ。他にも壺やらタペストリーやら――いや、止めよう。本当に気絶する。
しかも、本日のザハラの格好は完全に手抜き。昨日はラシードに会えると思って、あれでも精一杯めかし込んでいたのだ。今日はもう役所行きが最優先で、その辺にあった普段着をパパッと身につけ、おまけに大きな丸いメガネまでかけている。
(だって書類とか見えなかったら困るし……)
心の中でそう言い訳しつつ、ラシードの方をちらりと見る。
(……確かにこれじゃあ門前払いも当然よね)
野暮ったさ全開のザハラと違い、ラシードは目を引く美青年に成長していた。元々顔立ちは綺麗系だと思っていたが、そこに精悍な男らしさが加わっている。
このビジュアルで、さらにはこの若さで一等地にあれだけの屋敷を構えられるほどの成功者である。モテない方がおかしい。
制度の通称として「五花制度」と呼ばれているが、別に妻は五人である必要はない。五人でも十人でも、それこそハーレムを建てて何人でも、己の財が許す範囲で自由に娶ることができる。
(一応妻は平等に扱うこと、ってなってるらしいけど……)
物心ついた頃には、父が母の元を訪れることは滅多になくなっていた。同じようにザハラも父と接する機会はほとんどなかった。兄だけは辛うじて、第一夫人の息子、一番最初に生まれた子供として目をかけられていた気がするが、その程度。そんな家庭環境だったからか、どうしても五花制度には違和感を覚えていた。
「ごめん、こんなとこまで連れ出して」
「私は別にいいけど、後でラシードが笑われちゃうんじゃない? こんな芋っぽいの連れてきちゃって」
無意識に出たのは自分を下げる言葉。
それに気付いてハッとする。
(私、今までもこうやって自分のこと卑下してきたんだわ。自分の足で立ちたいって人間がこんなんじゃダメだよね。少しずつ変えていかないと……)
そんな内省をしていると、ラシードが慌てた声を出した。
「そんなことない! というか、言いたい奴には言わせておけばいい。……すまなかった、お前がそんな風に自虐するくらいあの門番は酷いことを言ったのだろう?」
「え? ううん、そこまでではないわよ」
門番の態度は、確かに褒められたものではないかもしれない。ザハラが少し傷ついたのは事実だ。
「門番の方はラシードを思って手間を減らそうとしただけでしょう? だから怒らないであげてね」
「……お前がそう言うなら。けど、やはり人の見た目で門前払いをするのは職務上問題だ。異国の価値観だと、金持ちほど質素だったりもするのだから」
「そうなの? ところ変わると色々と変わるのね」
この国では金持ちは金持ちらしく振舞うのが当たり前だ。広い世界を見てきたラシードの言葉に的好奇心が刺激された。もっと外の世界の話を聞きたいところだが、真面目な表情を見せるラシードに気圧されて質問を飲み込む。
「ザハラ、本当にすまなかった。呼びだしたにも拘らず、あんな仕打ちを受けさせてしまって……」
「気にしないで。地味なのは事実だから」
自分を卑下しないように、とは思うけれども地味なのは変えようのない事実だ。少なくとも、今こうやってラシードと対面して心底思う。隣に並び立つには全く花が足りない。まるで名画と子供の落書きを並べて置いている感じだ。
だが、ザハラの言葉にラシードは勢いよく首を横に振る。
「そんなことはない。お前は昔から芯があって、その、可愛かった、と思う」
(今更そんなこと言うなんてズルいわ)
顔に熱が集まる。頑張って諦めようと、前を向こうとしているのにそれは酷い。でも、やっぱり嬉しい。心の中がグチャグチャだ。
「その、だから、だな。改めて言わせて欲しい。俺に嫁いでくれないか。俺はお前を囲いたい」
ラシードが真っ直ぐに見つめてくる。キレイに手入れされた髪の隙間から覗く耳たぶが赤い。それで、彼が本気だと、そして彼もまた照れているのだということがわかってしまった。
なのに、ザハラの心は何故か重くなっていく。
ナプが進化する前だったら、この言葉にザハラはときめいたかもしれない。ラシードに囲われてしまえば、身分が保証されるから。
けれど夢を見てしまったのだ。
進化し、マンドランとなったナプ。新しい能力を得、自らの足で立つようになったその姿に、ザハラは夢を見た。ナプと共に砂漠を緑に変える夢を。
くるくると不思議な踊りをするナプを思い浮かべると、口から自然と言葉が出ていった。
「私、ハーレムには入りません」
「え? いやハーレムは——」
「囲い者にもなりません」
ラシードは一瞬何を言われたかわからないようなポカンとした表情を浮かべたが、すぐに言葉を継いでくる。しかし、ザハラはそれを待たずに再び言い切った。
(い、言っちゃった……!)
ザハラの心臓は、今ものすごいスピードで踊っている。まさか自分がこんなことを言い出すなんて思ってもいなかったからだ。
だが、ザハラの胸は、言ってしまったというわずかな後悔よりも、達成感に満ちていた。
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