26.休暇を終えて
すっかり通い慣れたラシードの屋敷にて。
ザハラは、自分が選んだテーブルに着いて朝食を頂いていた。対面には当然ながら屋敷の主であるラシードが座っている。
(発注したものが届き始めてて良かった。これでお客様を屋敷の中に通しても大丈夫、なはず)
ザハラの仕事は調度品を選んで手配するところまで。最終的に使うか使わないかはラシードの判断だ。今こうして使っているということは、ラシードの好みに合致していたらしい。大きく外さなかったようで一安心だ。
ちなみにナプは、朝食代わりに水を貰っている。朝から贅沢に桶一杯の水に浸かっており元気満タンな様子だ。毎度ここまで用意してくれているラシードに報いることができているのか、ちょっと心配である。
「昨日は休めたか? ザハラのことだから研究ばっかりしてそうだけど」
笑いを含んだラシードの問いかけに、ちょっと唇を尖らせてしまう。その通りなだけに反論の余地はないのだけれど。
「研究以外のこともしたわ」
「ン、ンー!」
ザハラの言葉にかぶせるように、ナプも元気よくお返事する。どうやらザハラ達が食べ終わるより早く給水が完了したようだ。今日も水が貰えてツヤツヤになっていて可愛い。
「いいじゃないか、研究。生きがいなんだろ?」
「……うん!」
ラシードはやはり優しい。けれど、だからこそ彼の花になるのは嫌だと強く思う。彼が他の花にも同じように接していると考えるだけで胸が苦しくなってしまう。
かといってヤスミーナの様にたった一つの花に堂々となれるかといえば、それも無理だろう。彼の隣に胸を張って立つ自信がないのだ。
(もし、ラシードが『一人だけだ』と言ってくれたとしても、私はきっとヤスミーナさんみたいにはできない)
いつか、この研究を続けて砂漠を緑化できれば、その時は自信というものが持てるようになるのだろうか。現段階では全く予想も出来ない未来だ。
それでも、少しずつ前に進んでいるような気はする。謝罪行脚をやり遂げたことで母も研究に理解を示してくれるようになったし、支援してくれる人も増えた。ナプがいてくれて、運が味方してくれたお陰だ。
このささやかな前進に甘えてはいけない。皆の好意や恵まれた幸運を無にしないためにも、気を引き締めなければ。自分のやろうとしていることは、この国ではまだまだ認められないものなのだから。
「どうした?」
ザハラが心の中で決意を新たにしていると、対面から訝しげな声がかかった。食事の手が止まっていたので心配されたのかもしれない。
「あ、ええと……、気をつけなきゃなって思って」
「? あぁ、そうか。今日の依頼相手は確かに気を付けた方がいいかもな。初対面で突っかかられたんだろう?」
「あ、あれ? 話したっけ?」
先日母に呼び出されたお茶会の席で、自立の夢を語ったザハラに苦言を呈してきた人物が本日の依頼主である。名をツボーネと言うそうだ。
ヤスミーナやルビーア達がいち早く支持すると表明してくれたため、口を噤んだけれど、最後まで不服そうな人物だったことを覚えている。そんな彼女から依頼が来るとは思っていなかった。
「ナージャさんは俺の上客だからな。異国の美容法が知りたいってよく呼ばれる」
「母様、そういうの好きそう」
話を聞いてあれこれと肌に塗りこむ母が容易に想像できてちょっと笑ってしまう。母は古今東西の美容方法を集めるのを趣味としているのだ。今も若さと美しさを保っているのは、そのお陰かもしれない。
「めちゃくちゃ好きみたいだな。こっちに戻ってくるなり声をかけてもらってさ、すごく有難いよ。で、雑談の流れで、そのツボーネさんの話もチラッと聞いたんだ」
実際のところ、ラシードはナージャだけではなく、ヤスミーナや他の支援者達の元へも足繁く通っていたりする。情報収集と陰ながらのサポートが目的だ。しかし、ラシードが本人にそれを伝えるワケがなく。
皆がニヤニヤと二人の行く先を見守っているということを、ザハラだけが知らない。
「全員が応援してくれる夢なんてないと思うもの、仕方ないわ」
「それはわかる。それぞれ立場も違えば考え方も違う。当然なんだがな」
ラシードが深く頷く。彼もまた、大変な道を自分から歩んでいった人だ。恐らく「親の跡を継げば将来安泰だったろうに」などという言葉はたらふく聞いてきたのだろう。実感の籠もった同意の言葉だ。
「だからこそ、だ。ツボーネさんが何故わざわざ依頼を出したかがちょっと、な」
「気にしすぎよ。気に食わなくても興味はある、とか。そういうことは普通にあるでしょう?」
「だといいんだがな。一応、保険としてサームはちゃんと連れて行けよ。サームには離れないように言っておくが、ザハラもきちんと警戒はすること」
サームはラシードが付けてくれた使用人だ。一見軍人のような強面と厳つい体格をしているが、内装の発注や朝晩の送迎、更には依頼時の護衛までと実に細やかな手助けをしてくれている。
そんな彼が傍にいてくれるだけで、十分な対策になると思うのだが。
「大丈夫だと思うけど……」
「ザハラ。今のお前はナプの保護者でもあるんだろう? だったら、もう少し警戒心を持つべきだ。いくらギルドの許可証を付けていても、ナプが魔物であることには変わりがない。そういう目で見る人間はまだまだ多いはずだ」
「ンー?」
呼んだ? とでも言いたげに、部屋を歩き回っていたナプが近寄ってくる。この可愛いナプに何かあったらと思うと、急に危機感が募ってきた。
「そう、そうよね。でも、あからさまに警戒するのは失礼だし……」
悪意があると決まったわけではない依頼主に対して、最初から警戒心を露わに接するのは気が引けるし、何より斡旋してくれた形になっている魔物使いギルドに迷惑がかかる可能性がある。それは絶対に避けたい。
ザハラの考えを察したのか、ラシードは緩く首を振った。
「あからさまに警戒しなくてもいい。ただ、何かあるかもしれないっていうのは頭の隅に置いておくんだ」
「すぐに対処できるようにってこと?」
「そうだな。あとは何か仕込んでおければ多少は安心だが……。例えば今一番ザハラがされたら困ることはなんだ?」
「一番? なんだろう……」
真っ先に考えられるのは、ナプの誘拐だ。しかし、一度使役された魔物は使役主以外の言うことを聞かない。何のメリットもない上、犯罪行為である。いくらナプが可愛いからといって、そこまでするとは思えない。
他は、ツボーネが臍を曲げて二度と依頼を出さない、と言ってくることだろうか。だとしても、さほど問題にはならないはずだ。マダム達から定期的に依頼を出してもらえることになっているので。
「考えてみたけど、ツボーネさんに何かをされて困ることが思い浮かばないわ」
「ならいいんだけどな」
「ンーンー!」
横でコクコクとナプも頷いている。詳しいことはわかってないと思うけれど、可愛いからヨシ。
ナプの可愛い仕草にニコニコと微笑んでいるザハラを見て、ラシードはこっそり溜め息をついた。
(俺がついて行ければいいんだが、暫くは仕事が詰まってるしな。仕方ない、一応連絡しておくか)
そんなラシードの様子には全く気付かず、色んな事に警戒心が薄いザハラだった。
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