25.ザハラとナプの休日
床に草が生えたことにすっかり慣れてしまった自室にて。
たった今目覚めたザハラは寝過ぎてしまったせいか、ちょっとボーっとしていた。
「うーん……ちょっと寝すぎた、かも」
ここ数日、早朝からラシードの家に行って見送りを済ませたあとは午前中一杯内装を手がけ、午後からは魔物使いギルドに依頼を出してくれたマダムの自宅に伺うというルーティンだった。
マダム達の依頼は「ナプの植物魔法を見たい」という魔物使いギルド向きのものもあったが、「憧れのヤスミーナ様のお話を聞きたい」などという明らかにお喋りメインなものも多かった。そういう場合は大概話が長くなる。依頼を全てこなして帰路に着く頃には日がとっぷりと暮れており、護衛をしてくれた人からも「ぜひ夕食を」と勧められることが常になっていた。結果的に、自宅にいる時間は、ほぼなかったと言っていい。
そのぶん食費は浮いたけれど、やはり慣れた自室が一番くつろげる。
(帰って寝るだけの生活だったから、流石に荒れてきちゃってるなぁ。今日はちょっとお掃除もしないとね)
そんなことを考えていると、日光浴をしていたらしいナプがトテトテとこちらに歩いてきた。
「ンー!」
「おはよう、ナプ」
「ンー! ンー!」
「連日お疲れ様、いつもありがとうね。今日は一日お休みだから、のんびり過ごしていいよ」
今日は、久々の完全休養日である。
本当はラシードの家の総仕上げをしたかったのだが、最近のスケジュールを聞いたラシードに止められてしまった。
『仕事を頼んだ俺が言うのもなんだけど、連日働き過ぎだ。大分整ってきたから一旦休んでくれ』
声がかなり心配そうだったので、お言葉に甘えて今日は休養日とした。マダム達の依頼も一段落ついたので、ちょうど良い。
ちょっぴり疲れを感じていたのも事実だったので、家でのんびりする予定だ。
「今日は家でのんびり、ナプの研究ね!」
多少雑事はこなさなければならないが、それでもやっとやりたいことに着手できるとあって声が自然と弾む。
自作の研究ノートを手に取り、メモ帳を机の上に並べる。メモの中身はマダム達の家でのナプの活躍を記したものだ。
『ナプの植物魔法は、1日に1回だけ使用できるらしい』
『使用後、ナプが萎れることもあるから、先に桶一杯分のお水を確保』
『萎れる理由は、庭の規模? 植物の具合?』
など、その時々で思い付いたものの走り書きである。それらをきちんと整理して研究ノートに清書していく。
それから、魔物使いギルドが他国から取り寄せてくれた情報も。
「マンドランって沼地にも生息しているのね。泥水でも平気なのかしら? ……肝心の植物魔法の使用回数のことは言及されてないわ。ナプはまだ進化して日が浅いから、伸び代があるってことなのかも」
マダム達の中には、植物魔法をアンコールする人もいたのだが、ナプがとても嫌そうな雰囲気を出したので、断ることにしていた。幸いにも、無理強いをするような人はいなかったので助かった。
てっきり魔法には使用回数に制限があるものだと思っていたが、少なくともギルドの資料からはそう読み取れない。ただ、ナプはまだ一回しか使えないというのは確定である。
(今後、依頼を受ける際には、最初に説明しておかなければいけないわね)
明日ラシードの家に行った時に、マダム達へお礼の手紙を出す予定だ。その手紙の中に今後の利用に際しての注意点として書き加えておこう。
色々と書き込んでから、一度ぐるりと首を回し、ついでに肩もぐるぐると回す。やはり凝り固まっていたようで、ちょっとスッキリした。もう一度首を回そうとしたところで、床の草に目が留まった。
「そういえば、ナプって土じゃないところでも植物生やせる、のよね?」
「ンー?」
先程まで謎ダンスを踊っていたナプが、ザハラの呟きで近くにくる。
「これ、この草って、ナプが生やしてくれたでしょう?」
「ンー!」
元気一杯の返事だ。ここ数日のマダム達との交流で、肯定する時は片手をピンと伸ばす。否定する時は大きく首を横に振る。などなど、ボディランゲージがハッキリしてきた。わかりやすくて可愛いし、マダム達にも好評だったので悪くはない傾向だと思う。
いや今はナプの可愛さの話ではなく。
ナプには本来植物が根付くような場所ではないところでも植物を育てる力があるようだ。だが、時間がなくて再確認できていない。
「この子達、ナプがそばにいるからか、元気になったよね」
一度は萎れかかった草達だが、ナプの謎ダンスのお陰か今はもうモリモリに伸びている。ただ、あまりに伸びすぎると部屋に悪影響がでそうなので、少しずつ植え替えを試みたいところだ。せっかく芽吹いた命なのだから、ぜひとも元気に育ってほしい。
「ナプが生やす植物の研究も、もう少ししたらできるはず」
こちらの研究は、土地を買ってから本格的に始めるつもりである。
幸いにも、マダム達が報酬を弾んでくれたおかげで、思っていたより早く資金は貯まりそうだ。
猫の額ほどの土地で構わない。荒地でもかまわない。むしろ、荒れている方がナプの実力が試せるかもしれない。
「頑張って魔法を使ってくれているナプにも、ご褒美あげたいんだけどなぁ」
そう口に出しながら、ナプに視線を向ける。
しかし「何のこと?」とばかりに首と言わず体ごと傾げてきた。
「最近、いっぱい頑張ってくれてるでしょう? 何か欲しいものはない?」
「ン、ンー! ン、ン、ンー!」
返ってきたのは、元気な声と謎ダンスだった。
「……もしかしてこの謎ダンスって、毎回何かを伝えてくれてるの?」
そう尋ねると、ナプは思い切り首を横に振った。どうやら、そういうわけではないらしい。
ナプは、手がかからなさすぎて、なんだか申し訳ない気分になる。
水はナプのお陰でたくさん用意できるようにはなったけれど、毎回水に浸かっていたら、さすがにふやけてしまうかもしれない。
どうしたものかと考えていると、突然ナプが、その場で回り始めた。
「うわ、すごい……!」
回転の勢いはとても速く、片足を軸に、もう一方の足と手で器用に勢いをつけて回っている。ただ、あまりにも高速なので、見ているほうが心配になってきた。
「ナプ、そのへんにしておいたほうが――」
そう声をかけた途端、ナプはペチョンと尻もちをついた。
「もう、どうしたの、突然……!」
慌てて近寄る。ナプが回っていた場所に目を向けると、小さな穴が開いていた。
「あら……もしかして、ここに穴を開けようと思ってたの?」
「ンー……」
問いかけると、ナプはコクンとうなずいた。出来なかったのが悔しいのか、心なしか頭の葉っぱもショゲ気味だ。
「でも、ここ一応、私のおうちだから……そこそこ頑丈だし、穴を開けるのは難しいと思うわ。砂とかならできると思うけど……」
しかし、穴を開けてどうしたいというのだろうか。
「まだ私は、自由に使っていい土地を持ってないの。ごめんね、ナプ。でも、もう少ししたら土地を買えると思うから。今やろうとしていたこと、見せてくれる?」
「ンー!」
ナプの元気な良い子のお返事に自然と笑みが零れる。
できるだけ早く土地を手に入れよう。そして、ナプに新技を思う存分披露してもらおう。
久々の休養日は良い一日になりそうだ。
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