24.ラシードの屋敷にて
「彼女がザハラだ。内装は彼女に任せるから、彼女の指示通りに。水は多めに用意しておいてくれ。暫く彼女は此処に通うから、そのつもりで」
ラシードは屋敷に帰ってすぐに、あちこちに指示を飛ばす。その指示を聞いて、屋敷の人達はバタバタと動き始めた。
(うーん、こんなに大きなお屋敷ならもっと人がいた方がいいんじゃ? ……でも、ラシードだしなぁ)
屋敷のサイズ感と人員が釣り合っていない印象を受けるが、それもまたラシードっぽい。ザハラにはとても親切な彼だが、人の好き嫌いがかなり激しいのだ。特に、屋敷という自分の城には、厳選した人しか置きたくないだろうことはわかる。それでいて、回っている様子なのだから、皆優秀な人なのだろう。
そういえば、門を通る時に以前会った門番の人を馬車から見かけた。少しだけ胸は痛んだけれど、深々と頭を下げる姿に安堵もした。ラシードのことだから辞めさせてしまったのではないかと密かに心配していたのだ。
「ラシード様、時間が押しています!」
使用人の一人がラシードを急かす。
「わかった、今行く。じゃあな、ザハラ。サーム、くれぐれもザハラを頼んだぞ」
「承知いたしました」
サームと呼ばれた男性は、ラシードに向かってうやうやしく頭を下げた。身長が高く、精悍な顔つきの男性だ。軍属と言われても信じられるくらい体格が良い。
「あ、えーと……頑張ってきてね。いってらっしゃい」
「ンー! ンー!」
何を言おうか迷ったが、何せラシードには時間がなさそうだ。気が利いた言葉が言えれば良かったのだが、生憎とザハラにはそんな才はなかった。出てきたのはありきたりな言葉である。
元気一杯に両手を振るナプの方がよっぽど可愛げがある気すらしてしまう。
「……あぁ、行ってくる」
ラシードは一拍置いてから、満面の笑みを浮かべて慌ただしく出ていった。
(忙しいのに時間をとらせちゃったなぁ……)
ザハラがひっそりと反省していると、隣に立っていたサームがおもむろに口を開いた。
「ザハラさん、暫く屋敷に滞在なさいますか?」
「へっ!? あ、あの短時間で済ませるように頑張りますので……」
やはりこの忙しそうな時に迷惑だったか、と焦って言葉を紡いだのだが、サームはゆっくりと首を横に振った。
「いえ、逆です。言葉が足りなくて申し訳ない。長く滞在していただければ、と存じまして。できましたら、ラシード様が家を出られる際に、今と同じようにお声掛けいただければ、ラシード様がお喜びになるかと」
「お見送り、ですか? それくらいなら……あ、でも、ラシードって忙しいからいつ家を出るかわからないですよね?」
「そうですね。なのでいっそお泊まり頂いても……」
「そ、それは流石に!」
これでも一応未婚の身。研究先で泊まり込むことは将来的にあるのかもしれないけれど、それとこれとは話が違う。
大慌てで首を振ると、サームは大きく頷いて言葉を繋げた。
「はい、外聞的によろしくありません。では、朝の涼しい内にお迎えにあがってもよろしいでしょうか?」
「えっと……」
かなり落ち着かなさそうだけれど、頑張ればできなくはない。ザハラが起きられなくても、ナプがいる。ナプの朝は早い。ザハラが目覚めた時、既に朝日を浴びて謎ダンスをしているのだから。ナプにお願いすれば、きっと起こしてもらえるだろう。
揺れるザハラに更にサームは追撃してくる。
「朝食はこちらでご用意いたしますし、ラシード様を見送っていただいたあとは、お休みいただけるような部屋もご用意いたします。幸い、部屋はかなり余っておりますしね。他にもご希望のものがございましたら精一杯準備させていただきます」
「そ、そんなにしていただくワケには……」
「いえ。ラシード様があんなにふぬけ……失礼、嬉しそうな笑みを浮かべるのを初めて見ましたので。あなたの存在はラシード様に好影響を与えると予想されます。ひいては業務への好影響も期待できます。従って、あなたに対し便宜を図るのは未来への投資と言えます」
「は、はぁ」
主人が商人だと、このような考え方になるものなのだろうか、とちょっと首をかしげたくなる。だが、ここまで断言されてしまうと、そうなのかな、とも思いそうになった。
「ラシード様からザハラさんが他からもお仕事を請け負っておられるとお伺いしています。まずはそちらから始めましょうか。先程のお話は持ち帰って検討していただければ幸いです。ラシード様から使いの者を用意するよう申し付かっておりますが?」
「あ、はい! 手紙を出したいので、紙とペンを貸してもらえますか?」
「承知いたしました。どうぞこちらへ」
一旦早朝のお迎え問題は置いておき、こちらの仕事の処理をさせてもらえるようだ。大変助かる。
ザハラは丁重な足取りで先に立つサームのあとに、ほっとしながら付いていく。だから、気づかなかった。目の前の背中に他の使用人達のサムズアップが幾つも送られていたことを。
「ン、ンー?」
「どうしたのナプ?」
「ンーンー!」
一瞬不思議そうに体ごと首を傾げていたナプだが、すぐにいつものご機嫌謎ダンスをしはじめた。初めて来る場所が興味深いのかあっちにフラフラこっちにフラフラしている。
その様子を目の端で確認しながら、ザハラは依頼書を読み込み、順番に手紙を書いていった。
「お待たせしちゃって申し訳ありません。早速内装選びにとりかかりますね!」
書き上げた手紙をラシードの家の人に預け、サームに案内されながら屋敷を歩く。
見たところ、内装は最低限。新進気鋭の商人の屋敷としては殺風景すぎた。引っ越したばかりであることを差し引いても、もう少し生活感が欲しいところだろう。
「少なくとも応接間とそこまでの通路はきちんと整えないとまずいですよね。近々ここで商談する予定はありますか?」
「近日中の予定はございません。商談のほとんどは然るべき場所にて行われますので。ですが、今後とも懇意にしたい方をお招きする可能性は大いにございます」
「わかりました。まずはそこから手をつけますね。早めにできるように頑張ります。……あ、あと、お庭も見せてもらっていいですか?」
「勿論です」
「よかった。ナプ、お庭も見せてもらえるよー」
「ンンー!」
案内してもらった庭はかなり立派だが、やはり元気がなさそうに見えた。日照りの影響は深刻なようだ。
「ナプ、ここも元気にできそう?」
「ンー!」
その日、ナプは水を貰いながら庭を担当。ザハラは内装をあちこち決めて回り、合間に返ってきた手紙をさばいた。初日にしてなかなかに忙しい一日を過ごしたのだった。
そして、一旦先送りにされた早朝のお迎え問題はというと。やはりというか当然の成り行きというか、押し切られたザハラが朝イチでラシード宅を訪れることになったのである。
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