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22.カマルヤの治安

 ガタゴトと揺れる馬車の中、ザハラはひっそりと溜め息を吐いた。


「どうした? 疲れたか?」


「ううん、大丈夫」


 正面に座るラシードに聞こえてしまったようで、心配そうに覗き込まれた。これ以上気を遣わせたくなくて、慌てて首を振る。

 実際、疲れているわけではない。カリムの行きつけの店へも馬車で、そして魔物使いギルドにもこのまま送ってもらえるのだ。日頃、炎天下に日傘を差してテクテク歩いていることを考えれば、楽ちんなことこの上ない。

 好意を向けてくれた人に好意を返せなかった。そのことが多分、心に重いのだ。

 カリムにはカリムの事情があったにせよ、多少なりとも好意がなければ破格と言えるような申し出はしてこなかっただろう。普段から好意を向けられることが少ないだけに、どうしても申し訳なさが拭えないでいた。


「ザハラは変わったな」


「え……?」


 そんなザハラの胸中を知ってか知らずか、ラシードは唐突にそんなことを言い出した。


「変わったと言えばナプにもビックリした。ああ、ナプの場合は進化だっけ」


 確かに種の形のナプしか知らなかったラシードからすれば、全く別人、いや別魔物に見えるかもしれない。手も足も生えて、おまけに妙な踊りまでするようになったのだから。


「ンーンー!」


「あ、ダメよナプ。馬車の中で踊っちゃ」


「楽しそうで良いじゃないか」


 褒められたと思ったのか早速謎ダンスを披露するナプを、ラシードは優しいまなざしで見守る。


「うん。ザハラが変わったのはナプのお陰もあるんだろうな」


「私、変わった……?」


「ああ。強くなった。たくましくなった、と言うべきか」


「……それって褒めてる?」


「勿論。自分の力で砂漠を緑にするんだろ? そりゃあ強くてたくましくならないと」


 女にとってはあまり嬉しくない形容詞を並べられて思わず尋ねると、嬉しすぎる応えが返ってきた。

 ザハラの望みを、ラシードは理解してくれている。そして、その上で認めてくれているのだ。


「ラシード……」


「にしてもザハラ、お前ちょっと警戒心がなさすぎるぞ」


 ザハラが密かに感動していると、ラシードは突然話の方向性を変えてきた。


「警戒心?」


「役所で会った時も思ったが、今日も一人で出かけようとしてただろう。あっちこっち一人でふらふらするなんて、誘拐してくださいって言ってるようなもんだぞ。……まさか、自分が誘拐されるはずがないって、本気で思ってるんじゃないだろうな?」


「……えぇと?」


 滔々と言われてもあまりピンと来ない。子供の頃はそう言い含められもしたが、身長が伸びた今は、誘拐しようとしてもかさばると思うのだが。

 そんな思いが表情に出ていたのだろう。ラシードは深く溜め息を吐いてから続けた。


「この国の治安は、さしていいモンじゃない。財産目当ての誘拐だって珍しくないんだ。女性は家からほとんど出ないから、お前が知らないのも無理はないけど……」


「で、でも、私だって身長伸びたし、誘拐するには面倒じゃ……?」


「誘拐する方がそんなこと考えるかよ。適当な子供がいなかったら油断していて非力そうな若い女に行くに決まってるだろう。しかもザハラは見た目が良いところのお嬢さんだから身代金を要求して良し、売り飛ばして良し、だ」


「そ、そうなの!? じゃあ、今まで無事だったのは……」


 卒業以降はほとんど家から出ていない。用事があれば母が迎えを寄越してくれた。


「大通りしか歩いてないとはいえ、むちゃくちゃラッキーだったってことだろうな」


「そうなんだ……。でも、これからも依頼を受ける予定だし、どうしよう……。ナプと一緒に歩いていれば少しはマシ、かな?」


 通常の魔物であれば、ボディガードとしては優秀なのだと思う。しかしナプがボディガードになるかというと……。


「ンー?」


「うん、ナプは今日も可愛いよ」


 見つめられて不思議そうに小首を傾げる、というか、体ごと傾けるナプ。

 そう、とても可愛いのだ。正直言って自分が誘拐されるよりも、ナプが可愛くて誘拐されるんじゃないかと心配になるくらいに。


「ナプと連れ立って歩いてもシカカモがネギ背負ってるようなモノだろう」


 シカカモというのは鹿に似た魔物で、ネギとセットで食べると美味らしい。オイシイ獲物である、ということだ。


「うぅ……確かに、ナプは強そうには見えないよね」


「実際、戦闘能力はないんだろ?」


「わからないの。戦ったことがないから……。でも、強くはないって聞いてる」


 マルワーンから『強くはないが厄介』と評価されていた。傍にいる植物系魔物が活性化するから、というのが理由だそうだ。そこから考えると、やはりナプ単体が戦うのは無理があるだろう。それに、戦ってほしくなどない。


「だろうな。じゃあやっぱり自衛手段は整えないと。手っ取り早いのは護衛を雇うことだ」


「雇うって言われても、私、自分を食べさせるだけで精一杯なんだけど……」


 ザハラがしょんぼりとつぶやくと、ラシードは静かに頷いた。


「まあ、提案しといてなんだが、俺もそうだろうなとは思った。だから……取引をしないか?」


「取引?」


 よく知っていると思っていたラシードの顔が、デキる商人の顔になっていた。そんな場合じゃないのはわかっているけれど、寂しさやら憧れやら複雑な感情が湧き上がる。それらを表に出さないようにして聞き返した。


「俺は戻ってきてすぐ家を買ったんだが、実はほとんど手をつけていなくてな。というか、仕事が落ち着かなくて、家のことに構ってる余裕がない。……ぶっちゃけ、家なんて帰って寝られればそれでいいんだけど」


「……ラシードってそういうトコあるよね」


 この辺りは昔から変わっていないようだ。思わず笑みが漏れる。


「だから頼みたい。家の中をある程度、豪華に……客が来ても呆れられないように整えてくれないか?」


「それくらいなら無償でもやるけど。私でいいの?」


「ザハラだから頼んでるんだ。あと話を聞いてて思ったんだが、ナプに頼んで新居に緑を増やしてもらえればもっといいな。必要なものがあれば、そちらも俺が準備する。家にいるやつに何でも言いつけてくれて構わない」


「ンー! ンンー!」


 名前を呼ばれたナプは、短い腕を目一杯上に伸ばしてアピールしてきた。


「ナプもやる気満々っぽいな。で、ザハラは? きちんと家を整えてもらう。その対価に、俺はお前に護衛を貸し出す。悪くない取引だとは思うが」


「……でも、なんだか私ばかり得してない? 大丈夫? 損しない?」


「外部に頼んで気に入らなくて結局他をあたる、を繰り返すよりもザハラに頼む方が確実だと判断した。俺の好み、外したりしないだろ?」


「まあ、昔からの付き合いだから、好き嫌いはそれなりに知ってるとは思うけど……プレッシャーも感じちゃうな」


 それでも、ラシードの申し出は有難い。今の自分にとって必要なのは、安全に移動できる手段だ。


「それじゃ取引、成立だな」


「あ、でも待って。着手するのはある程度マダム達からの依頼が落ち着いてからでもいいかな? 謝罪行脚の間は皆さんに待ってもらってたから」


「ん~……」


 すると、ラシードは少し考え込む素振りを見せた。


(ど、どうしよう。でも、先に依頼されたのはあちらだから順番は守りたいし……)


 オロオロしていると、考えがまとまったらしいラシードが口を開いた。


「依頼の順番的にはあちらが優先なのは理解できる。仕事は信用が大事だしな。ただ、俺の方もできれば早めに着手してもらいたい。そこで、だ。追加分を払う」


「えっ……?」


「恐らくだが、マダム達の依頼は午後からになることが多い、と予想できる。マダム達の朝は大抵遅いからな。だから、その前後の時間でお願いしたい。対価は家までの送り迎えと、食事でどうだ?」


「それならまぁ……できる、かな?」


「疲れたらシエスタしててもいいしな」


「しないわよ。……たぶん」


 こうして、ザハラは朝晩はラシードの家の中を整える仕事、昼間はマダム達の依頼を受けることが決定した。

 馬車の中、こっそりラシードがガッツポーズしていたことを、ザハラは知らない。

【お願い】


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