21.カリムの申し出と強欲なザハラ
「断る」
ザハラが色々と考えを巡らせてまごまごしているあいだに、キッパリと返事をしたのは隣に座るラシードだった。
「何故君に言われなければならないんだ」
当然ながらカリムは不服そうな表情を隠しもしない。だが、ラシードは涼しい顔だ。
「保護者代行だからだ」
「何が保護者代行だ。ただの幼馴染だろう」
「彼女の母上直々に、よしなにと頼まれている」
嘘ではない。子供の頃の話だが。兄やラシードの後を追って遊びに行きたがるザハラを心配して、母がくれぐれも危ないことのないようにと頼んだのだ。
当時のことなど知る由もないカリムは、そう言われてしまえば不承不承でも引くしかないだろう。その沈黙を突いてラシードが話を続ける。
「そもそも、だ。一度断られたにも拘らず何故ザハラに執着する」
それはザハラも感じていた疑問だ。カリムほどの人物が、可能性の話を盾にとって再度申し込んでくる真意はどこにあるのか。
「それは勿論、僕がザハラさんに惹かれているからだね。学生時代から気になっていたけれど、実際に話してみてやはり聡明な女性は素敵だなと思ったんだ」
ニコリと笑顔で言い切られて、どんな反応をしていいかわからずザハラは困惑する。褒め言葉を素直に受け取れるよう鋭意努力中だが、今回は少しばかり難しかった。
「しゃあしゃあと」
隣のラシードの様子を盗み見れば、苦虫を噛み潰したような表情をしていた。
「あ、あの……そう言って頂けるのはとても嬉しいのですが、先日も申し上げた通り、私は研究がしたいので……」
「うん、それは構わないよって僕も言ったと思うんだけどな。万が一君の研究が僕の仕事に差し障るようなことがあったとしても、最大限の譲歩をすると約束もしたはずだ」
本当に有難すぎる申し出だ。どうしてカリムはここまでのことを言ってくれるのだろう。
(まさか私なんかをそこまで好きになった、なんてことはないだろうし……)
卑屈な考えかもしれないが、やはりカリムのような男性が、条件の悪い自分を敢えて望むとは思えなかった。
何せカリムはラシードとはまた違った系統の美青年だ。家柄は言うまでもなく、気さくで話も上手い。花などそれこそ選び放題だろう。
そんな人物が自分を好き、と自惚れられるほどザハラは強心臓ではない。
「……そういえば昔、派手好きで贅沢三昧の女は大嫌いだ、とか言ってたよな」
「いきなり何を……!」
「確かにお前のところは、先代の花が揃って豪奢な方々ばかりだったからな」
「それは……」
ラシードの指摘に、カリムの落ち着き払っていた表情に罅が入った。
男同士、学生時代にはそんなプライベートな話をしたこともあるのだろう。どんな人の花になるのが良いか、などと女の子同士で言い合っていたように。
カリムの家のことは、見合いの釣書で多少は知っている。代々続く名門の商家で、国でも有数の富豪。カリムの父である先代は「五花」どころでない数の花を囲っていたらしい。それこそハーレムのように。
この国では妻も財産の一部なので、釣書にも堂々と載せる項目である。先代の花達はさぞかし華やかに妍を競い合ったのだろうと、ザハラにも予想できた。
「なるほど、ザハラは可愛いけど一見地味だからな。研究に入れ込んでるし、贅沢はしないと考えたわけだ。その研究だってたかが女のやることだ、大した金はかからないだろうと踏んだんだな」
「勿論、それだけではない――」
「ザハラを舐めるなよ」
皮肉げに言われて反論を試みようとしたカリムを、ラシードはピシャリと撥ね付ける。
「女性が自分の足だけで立とうとすることが、この国ではどれだけ難しいか。お前は少しでも考えようとしてみたか? ザハラはその分厚い壁に挑もうとしてるんだ。とっくに腹は据わってるさ」
「そんなもの、考えるまでもないだろう。僕の花になれば希望が叶うんだ。その分厚い壁とやらに挑む必要もない」
ラシードの言にカリムは傲然と胸を張った。その自信に溢れた姿は、確かに魅力的だろう。
だが。
「カリム様のお申し出、本当に有難いと思います」
ほんの少し前の自分なら、多分飛びついていただろう。そんな思いを込めて、深々と頭を下げる。
そして、ザハラは真っ直ぐに顔を上げた。丸まってしまいそうな背中を必死に伸ばし、懸命に口角を上げて。
「でも私、研究は自分の力でやっていきたいんです」
「ど、どうしてそんなわざわざ苦労するような真似を……」
カリムは本気で理解できないといった風に目を見開いた。
「それは、私が強欲だからです」
「君が、強欲……」
「はい。研究に関する全てを誰の手にも渡したくない。旦那様になる人には私以外を見て欲しくない。ワガママで欲張りな女です。ですから、カリム様の花にはなれません。お断りいたします」
カリムは見合いの席での断る方便と受け取ったのかもしれないが、ザハラにとっては紛れもない本音だ。それをもう一度繰り返して、今度こそハッキリと断りを口にした。
我ながら欲深いと思う。けれど、気付いてしまった以上、自分の心に嘘はつけない。
「話は終わったな。ザハラ、行こう」
「うん。ナプ、おいで」
「ンー!」
ラシードの声に、ナプを呼ぶ。部屋中を踊り回っていたはずのナプは、いつの間にかすぐ傍まで戻っていた。
その手をしっかりと握って。
「失礼します」
どこか呆然とした様子のカリムにいとまを告げて、部屋を出る。
カリムからの応えはなかった。
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