20.触らぬドラゴンに祟りなし、とはいかないようで
「やぁ、カリム殿。まさかこんなところでお会いするとはね」
「おやおや、誰かと思えばラシード殿ではないか。商いの道を志して旅に出たとは聞いたが、もう出戻ってきたのかい?」
自宅を出た途端聞こえてきた、耳馴染みのある声と最近聞いた憶えのある声。
ザハラは思わず足を止めた。
「出戻ったとは人聞きの悪い。それなりの成功を収めてきたつもりだがね。それよりカリム殿、一体何用かな?」
「何用? 今のところ君に用はないな。せめて、もう少し質の高い品を扱ってもらえれば取引の話もできるかもしれないが」
バチバチ、と火花が見える気がする。あと、背後にドラゴンが見える気もする。金色のと赤いのと。先程までマンドラゴンのことを考えていたせいだろうか。
触らぬドラゴンに祟りなし。一旦戻って裏口から出直そうと、そっとナプの手を引いたところ。
「ンー? ンンー!」
「ん? ザハラじゃないか!」
「ザハラさん、会えて良かった!」
何故戻るのかとナプが訝しげな声を上げたので、ドラゴン達に気づかれてしまった。
「あ、お前! やっぱりザハラ狙いか。学生時代からチョロチョロしやがって!」
「品のない言い方は止めてくれないか。僕はザハラさんとお近づきになりたかっただけだよ」
「言葉を飾ったところで中身は変わらんだろ。お前が扱ってる商品と一緒だな」
「失敬な! うちは中身も一級品だ!」
「うちだって十分質が高い!」
全くもってナプは悪くない。楽しみにしていただろうお出かけなのに、いきなり回れ右されては抗議の声も出ようというものだ。
その上、この展開。わけがわからないので踊っちゃえ、とばかりにズンドコ踊り始めたのも無理はないだろう。
(いつもより多く回ってます、って感じかな。うふふ、可愛い……)
それを眺めるザハラも、完全に現実逃避モードに入っていた。ドラゴン同士の争いを、新米魔物使いがどうこうできるわけがない。というか、何故ドラゴン襲来の憂き目に遭っているのだろうか。
「……ッ、お前、意外と粘るじゃないか。ただのボンボンだと思ってたが」
「ふ……君こそ。さすが成り上がっただけはあるな。良い根性をしている」
永遠に続くかと思われたドラゴン同士の戦いは、しかし唐突に終わりを告げた。まるで青春物語の殴り合ったあとのように、互いを称え始めたのである。炎天下での口喧嘩は、それに匹敵するほど壮絶だった――のかもしれない。ちなみに、ザハラは家を出る時に日傘をしっかり差している。
「すまなかった、ザハラ。暑かっただろう。今すぐ馬車を回してくる」
「それならこの近くに僕の行きつけの店があるから、そこへ行こう」
「……お前、ついてくる気か?」
「当たり前だ。僕はザハラさんに用があるんだ。君こそ遠慮したらどうだい」
「俺の馬車で何故遠慮する必要がある」
炎天下の口喧嘩には、残念ながら物語のような固い友情が結ばれる効能はないらしい。
そんなこんなでカリムの行きつけだという店へ。
一見するとこぢんまりとした個人の屋敷だが、中はさすがと言うかやはりと言うか完全個室になっていた。贅沢だとは思うが、ナプを連れて入っても奇異の視線を浴びずに済むのは有難い。
そのナプは、個室と言うより広間のような室内を興味津々で探検している。一応、「見るだけよ、触っちゃダメよ」と注意はしたが、果たして理解できているのだろうか。
「あのぉ……私、ナプと一緒に魔物使いギルドに行く予定だったんですが……」
謎ダンスで動き回るナプを横目で見ながら、ザハラが口火を切った。
依頼が来ているだろうし、マンドル種の調査書も届いているかもしれない。そうでなくても研究のために学ぶべきことが魔物使いギルドには山ほどある。
「それはすまなかった。ただ、こうでもしないと君が捕まらなかったのでね」
カリムは全く悪びれた様子はないものの、ちゃんと謝ってくれた。立場のある男性が、女性に謝罪するのは珍しいことだ。それもザハラのような「花」でもない者に。思わず目を見張ってしまう。
「魔物使いギルドに行くなら俺が送る。だが、その前にコイツの話を聞いておかないと今後も付きまとわれると判断したから、ここへ来ることを容認した」
そこへラシードが二人のやり取りをぶった切るように横槍を入れてきた。
「ラシード、そんな言い方……」
ラシードとカリムはザハラの兄を含めて学校の同期らしい。そういう気安さがあるのはわかるが、だとしても少々言葉が過ぎているのではないだろうか。
「付きまとうなどと人聞きの悪い。男の嫉妬は醜いぞ」
「やかましい。さっさと用件を言え。まぁ、わかりきってはいるがな」
「そもそも、だ。何故君のいる前で言わねばならないのか、理解に苦しむんだが」
ハラハラしながら見守っていたが、カリムの方も結構辛辣なことを言っているような気がする。もしかすると、気が置けない友人同士の会話はこういうものなのかもしれない。ちょっぴり羨ましくなったザハラだった。
「見合いの席に警備員が駆けつけるような男と二人きりにしておけるワケがないだろう」
「そ、それは……」
なおも手を緩めないラシードに、カリムは痛いところを突かれたように言葉に詰まった。
「警備員さんじゃないよ、ラシード。付き添いをお願いした方が気を回してお店の人を呼んでくれただけなの。それも、私が生意気なことを言っちゃったから……」
少々暢気なことを考えていたザハラだったが、自分が関わる話になれば黙っているわけにはいかない。
それにしても、見合いの席でのことをラシードが知っていたとは。「商人にとって情報は千金の価がある」とはよく聞く言葉だが、何もこんな情報まで集めなくても、とちょっと思ってしまった。
「それでも、だ。俺はザハラとカリム殿が二人きりというのは認められん」
「はぁ、わかったよ。僕にも落ち度がある。では、単刀直入に言わせてもらおう。ザハラさん、僕の花になってほしい」
「えぇと、それは……」
先日お断りしたはずでは、と喉元まで出かかった。だが、よく考えるとザハラからキッパリとお断りはしていない気がする。
遠回しにエルメリンダと縁のある人との関係を匂わせて、相手に察してもらおうという作戦だった。結果的に何人かは怒らせてしまったものの、それでも一番角が立たない方法だろうと思ったのだ。
(逆に言えば、決定的な言葉を口にしていないから、まだ可能性はあるって風にもとれてしまうのね)
とは言えあくまでも可能性の話であって、カリムもザハラが断りの意思を見せていたことは承知していたはずだ。にもかかわらず、再度そんなことを言って来る理由がわからない。
エルメリンダの意味深な笑みはこのことを示唆していたのだろうか。
【お願い】
此処まで読んでいただけた記念に下の方にある☆☆☆☆☆から評価を入れていただけると嬉しいです!
イマイチだったな、という場合でも☆一つだけでも入れていただけると参考になります
ブックマークも評価も作者のモチベに繋がりますので、是非よろしくおねがいいたします
書籍化作品もありますので↓のリンクからどうぞ