19.謝罪行脚終了
あれからもザハラは謝罪行脚に励み続け、ようやく終了の日を迎えた。
トラブルらしいトラブルもなく済んでほっと胸を撫で下ろしたが、それもこれも付き添いを買って出てくれたエルメリンダの協力あってのこと。本来なら謝礼を支払うべき案件だが、それは最初から彼女に断られていた。曰く「これが私にできる最良の支援だからな」だそう。
微妙な言い回しが気にはなったが、自分のような若輩が踏み込むのは憚られた。それに、どんな事情があろうとも受けた御恩は変わるものではない。
「本当に助かりました、ありがとうございました」
最後の一人への謝罪が終わった後、しっかりと頭を下げて礼を言う。すると、エルメリンダは意外なことを言い出した。
「私なりの支援だと言っただろう。気にしなくていい。それよりも、君は先日会ったカリムという青年をどう思う?」
「えっ、カリムさんですか……?」
失礼のないようにと見合い相手の釣書は全て目を通していたので勿論覚えているが、それ以上に印象に残る相手だった。
「あの場はああ言ったが、君が望むならもう一度つなぎをつけることは可能だ」
「で、でも……」
確かに、他の見合い相手とカリムは明確に違った。
すぐに退席しなかったこともそうだし、自分の記憶にはなかったが同窓ということもあって楽しく話すことができた。まともに会話が成立しなかった方々とは大違いである。
けれど、あんな風に生意気なことを言ってしまったあとでは、申し訳なくて合わせる顔がない。そのあたりは場を取りなしてくれたエルメリンダも理解してくれていると思っていたのだが。
そんな思いが顔に出てしまったのか、エルメリンダは小さく吹き出した。
「そんな情けない顔をするな。無理強いするつもりはない。ただな、本来であればこの見合いは成立しなかったはずなんだ。いかにナージャ――君の母上が手あたり次第に奔走したとしても、父上の名が表に出ていない以上正式なものとは見なされない。彼ほどの家柄であればなおさらだろう。しかも、当の娘が乗り気でないことくらい幾らでも耳に入ったはずだ。にもかかわらず見合いは成立し、当人が現れた。これは余程カリム殿が君に執心だと私なりに判断したわけだ」
「執心なんて……」
「プライドを傷つけられたというだけで、あんな風に食い下がったりはしない。私や店の人間という人目もあったしな。まず間違いないところだろう。そして、彼のような人間と繋がりを持つことは、君にとっても悪い話ではないと思う。どうだろうか」
エルメリンダはまるでザハラの考えを読んだように先を続けてきた。普段、決して饒舌ではない彼女がここまで話してくれたことに胸が温かくなる。
「そこまで考えていただいて、とっても有難いです。でも、それってやっぱり花、なんですよね」
執心という言葉はピンとこないが、ただの興味にしろ物珍しさにしろ、カリムが今後の付き合いを望んだのは事実だ。
でも、それは。
「まあ、そうだな。君の望む『友情』というものではないだろう」
エルメリンダにあっさり肯定され、肩が落ちる。
評価してもらえたことは嬉しい。話が弾んだこともとても嬉しい。けれど、それとこれとは別だ。ナプに関するリスクがある限り、花になるわけにはいかない。
「やっぱりお断りします。せっかく言って下さったのにすみません」
ほんの少しの間をおいてから、それでもザハラはキッパリ断る。花になる気が欠片もないのだから、その判断が正しいはずだ。
しかし、そんなザハラにエルメリンダは意味深な笑みを浮かべた。
「まぁ私が要らぬ節介を焼かなくても、な」
「……?」
エルメリンダの笑顔の真意はわからないまま、見合い話はどうにか収束した。
となれば、やることは一つである。
見慣れた自室にて、ザハラは気合いを入れた。
「よし。今日からは研究に邁進できるわ」
やることは山積みだ。
まず明日の水を得るために仕事をすること。これは、支援者となってくれたマダム達が順番に魔物使いギルド経由で依頼を出してくれるらしいので、それで解決するはずだ。本当に皆様には頭が上がらない。
依頼内容は「本当に魔物使いギルドでいいのか?」と疑問がないこともないが、ザハラに対してだけの指名依頼であるのと、元ギルド長マルワーンの意向が働いているので問題ない、らしい。
その手の依頼だけではなく、ナプの力を見てみたい、という魔物使いギルドらしい依頼も増えている。ヤスミーナの話が口コミで徐々に広がっているようだ。ナプの実地研究ができる良い機会なので、大変有難い。
「ンー?」
「ナプ! ここのところ構ってあげられなくてごめんね? 今日からは念願のお散歩にも行けるよ。一緒にお外行こうね」
「ンー!」
魔物使いギルドに正式に認められたナプは、公認タグを見えるところにつけておけばどこにでもお出掛けすることができるようになった。ただし、ナプは好奇心旺盛のため、あちこちチョロチョロすることが予想される。もう少しお金を稼げたら、他の魔物使いが使用しているようなハーネスを買うことも検討した方が良いかもしれない。それまではちょっと屈まなければならないけれど、手を繋いで歩くしかないだろう。
「まずは魔物使いギルドに一緒に行こうか。もしかしたらお願いしていたマンドル種の資料が届いてるかも」
この国では全く重要視されていないマンドルだが、他国では多少なりとも情報があるらしい。特に草原ではマンドルからマンドランへ、更にその先のマンドラゴンなる姿にまで進化している事例もあるのだとか。
「マンドラゴン……名前がなんか怖いから、進化してほしくない……かな」
ドラゴンといえば、上級冒険者のパーティが複数で討伐しに向かうような魔物だ。様々な物語にも出てきて、ザハラもその見た目は容易に想像することができる。鋭い爪と牙に硬い鱗。種族によっては火を吹いたり、風を操ったりすることもあるそうな。
そんな強そうな『ドラゴン』という名前がついた、マンドルの進化系。この可愛らしく、変な踊りをするナプが、そんな恐ろしい進化をするのだろうかと期待半分怖さ半分。いや、怖さの方が少々優勢か。
「ンー?」
そんなことを考えていると、ナプがこちらを覗き込んできた。重そうな頭のせいでひっくり返りそうなくらいに傾いている。可愛い。
「ナプ~。ナプはもっと進化できたら嬉しい?」
「ンー……ンー?」
反応は微妙だ。何を問いかけられているか、イマイチ理解できていない感じである。
「まぁ、進化できる時がきてから考える方が建設的よね」
起こるかどうかわからないことで悩むのは時間がもったいない。できれば今の可愛らしい姿のままでいて欲しいと願いながら、ナプを伴って魔物使いギルドに向かう。
はずだった。
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