17.カリムという青年
「中将夫人がご一緒だったのはそういうことか」
「はい。大変申し訳ございません」
エルメリンダは中将夫人だったのか、という態度を絶対出さないように気を付けながらザハラはひたすらに頭を下げる。
相手の男性は、経緯が書かれた手紙を読みながらそんな声をあげた。手紙にしたのは、多くを語ればボロが出てしまう可能性があるためだ。内容は母も含めたマダム達が散々添削してくれたので、そちらに失礼はないと断言できるだろう。
あとは誠心誠意、頭を下げ続けて、今回の話をなかったことにしてもらえれば終わり。
(この人も多分すぐ帰っちゃうんだろうなぁ)
今回のお断り相手はカリムという青年だ。
失礼がないように、と見合い相手の釣書はすべて隅々まで読んでいる。彼は今までの見合い相手よりもかなり若く、なんとラシードと同い年なのだ。しかも、商人であることも一緒。ラシードは大衆向けの商人であるのに対し、彼は実家を継いで花をたくさん抱えられるような家相手の商売をしているらしい。
年が近いので少しでも話ができたらなぁ、という願望はある。けれど、今までの男性達は速攻で話を切り上げた。きっと彼もそうだろうな、と思いながら頭を下げて目の前のテーブルを見つめる。
すると、意外な言葉がかかった。
「……ちょっと不思議なことがあってね。質問に答えてもらえると嬉しいな」
その言葉に頭を上げて、目の前の青年に視線を移す。焼けた肌にターバンから覗く赤い髪。目の色は涼し気な青で、笑みの形をしているがその奥は何を考えているか全く読めなかった。
「質問、ですか?」
今までにはなかった反応。しかも質問とは。ザハラは思わず身を固くする。とは言え、自分の立場から質問を拒むことはできず、カリムの言葉を待った。
「実は数日前から君が夫人を伴って会談をしていると聞いてね。ちょっと調べさせてもらったんだけれど……夫人と付き合いのある人物で、君と釣り合いの取れる年頃の人間は見当たらなかったんだ。まあ、二十も上であればいたけれど、そこまで上だと条件が良いとは言い難いしね」
確かにここ数日、ザハラはエルメリンダに同行してもらって各所に謝罪の場を頂いている。だが、目の前の青年がその情報を元にエルメリンダの交友関係まで洗うとは考えてもなかった。
どう答えるべきかと考えているうちに、カリムは言葉を続ける。
「それともう一つ。実は僕、君と同じ学校だったんだよね」
「えっ!?」
驚きについ声を上げてしまうと、苦笑じみた笑顔を返される。
「やっぱり覚えてないか。君、脇目も振らずに勉強してたしね。女性なのにとても優秀だから目立ってて、お近づきになりたいと思ってたんだけど、君の兄貴と幼馴染がかなり警戒してたから諦めるしかなかったんだ」
「あの二人が……そんなことを……?」
学生時代、ザハラは孤独だった。
そもそも、女性の身で学校へ通うことが珍しく、さらに勉学に励む女子など、もっと少なかった。というより、ほぼザハラしかいなかった。
女子からは遠巻きにされ、男子はそそくさと避けていく。
やはり、勉強熱心な女性は好かれないのだろうと、交友は早々に諦めた。同年代の少し高い笑い声を遠くに聞きながら、一人図書室に籠っていたのがザハラの学生時代の記憶である。
まさか、そんな裏があったとは。
「だから、君の母上から話があった時は、ちょっと浮かれてしまったんだ。学生時代に気になっていたあの子と、話せるってね」
「……」
「けど、蓋を開けてみれば断りの準備。これ、なかなか男の方はプライドが傷つくんだけど、それもわかっていてやっているよね?」
「はい。大変申し訳ございません」
「エルメリンダさんはカモフラージュなんだろう? 君が彼女と懇意という点は意外だったけれど……。さて、どういうことなのか、教えてくれるかな?」
「その……ええと……」
「あぁ、誤解しないでほしい。別にこのことで、中将殿や君の父上と対立する気は、全くないからね。ただ……なぜ断られるのか。誘いがあったのにも関わらず、カモフラージュしてまで断られるのか。その理由を知りたいだけなんだ」
ここでザハラは、どう答えるべきなのだろうか。
今までの男性たちは、理由を聞きもせず、ザハラからの遠回しな断りに憤慨したり、あるいは興味なさそうにその場を立ち去ったりするばかりだった。
理由を尋ねられたのは初めてのことで、色々と考えがめぐる。もし受け答えを間違えればエルメリンダにもその旦那様にも不利益が生じるかもしれない。
そんなザハラの葛藤を感じたのか、カリムは穏やかに話を続けてくる。
「僕は昔と違って今は女性も勉学が必要だ、と思っていてね。だから、君のように熱心に勉強している人が妻になってくれたら嬉しい、と考えていたんだ。学ぶことが好きな上に、こんなに美しい人になってるなんて思わなかったよ」
「え、あ、それは、その、ありがとう、ございます?」
「あはは、なんで疑問系なの? ああ、そうか。謙遜するのが普通といえば普通か。でも、やっぱり褒めたら謙遜されるより受け取ってもらえる方が気持ちいいね」
「そう言って頂けると嬉しいです」
最近その辺りも改善しようと頑張っているので、そう言われるのは素直に嬉しい。
「やっぱり昔と少し雰囲気が変わったね。学生時代はなんか思い詰めたように勉強してたけど。そういう姿も新鮮で可愛いなーって思って……それで近づこうとしたらメチャクチャ睨まれたんだけどさ。おっかないナイト達だよねぇ」
「あの、それは、申し訳ないです……」
「いやいや、君知らなかったんでしょ? 過保護な身内を持つと大変だねぇ。実はそれだけじゃなくってさ——」
そこから学生時代の話に花が咲いた。実際にはカリムが学校の裏話を面白おかしく話し、ザハラが相づちを打つという形なのだが。
それでも、望んでいた「異性の友人」のようで、自然と頬が緩んだ。
「で、どうかな? 僕達結構話が合うと思うし、僕としては勉強が好きな、賢い女性に第一夫人になって欲しいな~って気持ちなんだけど。君が未婚なのは間違いないんだよね? どうしても断らなきゃいけない理由があるの?」
「あ、えぇと……その……」
商売人としてこういうテクニックがあるのか、と疑いたくなってしまうくらい鮮やかな手腕だ。しかし、少しなりとも打ち解けたあとでここまで言われてしまうと、ザハラとしても誤魔化すのは申し訳ないかもしれないと思うのも事実。
(笑われてもいい。私は私のやりたいことを素直に言おう)
迷った末に、ザハラは正直に打ち明けることにした。
「……私、研究がしたいんです。砂漠に少しでも緑が増えるように」
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