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14.母が反対する理由

「娘が大変失礼をしたこと、謝罪いたします。なので、どうかここは穏便に……」


 母が懇願するようにまたしても頭を下げる。


(どうしてそこまでするの? 自立したいっていうのは、そんなに失礼なこと?)


 ザハラは、自立したいと問われるままに夢を語り、その手段を開示しただけだ。

 ただ、曲解すれば「自立していないマダム達への批判」ともとれるのかもしれない。勿論ザハラにそんな意図は毛頭ないが。


「別にアタシらはこれを面白おかしく広めようだなんて、思っちゃいないよ。だろう?」


 ルビーアが、周囲を見回して問いかける。誰彼構わず同意を求めるその様子はなんだか強い圧が感じられて、反対意見があってもおいそれと口に出せないような雰囲気だ。勿論ありがたいことなので、そんなツッコミを入れたりはしない。ザハラとてその程度の計算はできるのだ。

 それよりも、問題は母の態度である。


「母様、そんなに私が自立しようとするのは悪いこと? 皆さんに頭を下げて、内緒にして欲しいだなんて言うくらいに、間違ってるの?」


「そうよ、間違ってるわ! 女は、囲われてこそ幸せになれるのよ」


 そう言い切る母の瞳は、裏腹に揺れていた。まるで、そうでなければいけないと自らに言い聞かせるように。

 ザハラは、そういう生き方を否定したいわけではない。ただ、自分はそうではないのだ、と伝えたかった。懸命に言葉を選ぶ。


「母様はそうだったのかもしれないけれど、私は違うの。私は、もし結婚することになったら、その人には自分以外を見ないで欲しい」


 子供の頃から思っていたことを、初めてぶつける。こんな考えはこの国では到底受け入れられないと諦めていたから、ずっと黙っていたのだ。けれど、これがザハラの正直な気持ちだった。

 父に母以外を見ないで欲しかった。自分にも目を向けて欲しかった。


「ザハラ……でも、それは……」


 何かを言おうとして黙る母に、ザハラは言葉を重ねる。


「何より今は結婚とかよりも、研究を優先したい。ナプと一緒に砂漠に緑を増やしたいの」


 ほんの少しだけ、脳裏にラシードがよぎった。けれど、それを振り切る。


(ラシードのことは……やっぱり、まだ好きだと思う)


 初恋は、なかなか萎れてくれないようだ。でも、それでいい、と思える。この芽がどんな風に成長するかは自然に任せておいて、今は違う芽を育てていきたい。

 砂漠を緑に変えるという芽を。


(誰かに囲われて咲く花じゃなくて、砂漠に根を張って咲く花になりたい)


 まだ自信はないし、うつむく時だってきっとまたくるだろう。

 それでも、今は胸を張って母に宣言したかった。


「母様の理想の娘になれなくて本当に申し訳ないと思うけど、私は夢を追い続けます」


「そんなのおかしいわ。それが女の幸せだとしたら、私は一体……」


 母はまだ混乱しているようだ。無理もない。今までの価値観をひっくり返すようなことを、娘が言っているのだから。

 狼狽える母に寄り添うように、ルビーアが声をかけた。


「まあ、そうだろうね。いきなりこんな話を聞かされたんじゃ、ナージャが混乱するのも無理はないよ。でもねナージャ、アンタも一度は考えたこと、なかったかい? 男に選ばれるんじゃなく、自分で自分の道を選んでみたいってさ」


「そ、そんな……そんなのはなかったわ。だって女の幸せは、第一夫人になることで……」


「アタシらの世代は皆、そうやって育てられたからね。でもその結果、アンタは幸せだったかい?」


 同世代だからこそ言える言葉。そして、ザハラが飲み込んだ言葉でもある。


『愛されない第一夫人で、本当にそれで幸せだった?』


 労わるようなルビーアの声音に、ナージャは目を逸らす。

 その問いかけは、ここにいるマダムの大半に刺さるものだったようで、誰もが複雑な顔をしていた。


「安泰な第一夫人、囲われる花になったはいいけれど……それで良かったのかしらって……私は今でも、自分に問いかけてしまうことがあるわ」


 沈黙を破ったのはサフィーヤだった。

 エルメリンダがそれに続く。


「爵位持ちの第三夫人も、寵を失えば似たようなものだな。これが成りたかったものだろうか、と思う時はある」


 他からもポツリポツリと似たような声があがる。

 それを、ザハラは複雑な気持ちで見つめていた。


「すまないねぇ。しんみりさせちまってさ。でも、もう若さってもんはなくなっちまったのは事実だ。なら、今ここで、この若い芽に一つ夢を託すのもありじゃないかって思うんだけど……アンタ達は、どう思う?」


「私はいいと思うわ」


「私も……賛同する」


 彼女達の諦めた夢というのは、何だったのだろうか。けれど共通するのはきっと皆「自立したかった」ということなのだろう。

 囲われる花になったあとの自由というのは、想像していたものと違ったという証左のように思えた。


「ありがとうございます」


 ザハラは深く礼をする。

 とても大切なものを受け取ったような気がした。夢を叶えられなかった、かつての少女達から託されたものの重みを心に刻む。


「とは言っても、アタシらにしてやれるのは資金の支援ぐらいだ。アタシらも、五花制度の前では名義のないただの女だからねぇ」


「それでも、先の見えない今までの状況よりは、とてもありがたいです」


 資金があれば、明日の水の心配をしなくてすむ。あとは少しずつ貯めて、ある程度の広さがある土地を使えるようになりたい。地価の安い場所でも全く構わないのだ。荒れ地であればあるほど、ナプの真価が発揮できるはずだから。

 そんなことを考えながら、今度は母と向き合う。


「母様、私、頑張るから。いつか母様も、認めてくれるように」


「そんな……やっぱりダメよ、ダメ!」


「まったく……ナージャはいったい何に固執してるんだい? アンタだって、夢の一つや二つ、あっただろうに」


「違います! そうじゃなくって……」


 母はやけっぱちになったように、大きな声を出した。


「あーもう、わかったわ! 私も認めるわよ! 私だって、やりたかったことの一つや二つありました! でも旦那様が『女がそんなことをするなんて』って言うから……でも、でもね! ザハラだって悪いのよ! 何も言ってくれないんだもの!」


「か、母様?」


「ラシードの様子がおかしいから探ってみたら、あなた門前払いされたって言うじゃない。初恋も破れて傷心だろうからって……母様頑張ってお見合い、たくさん申し込んじゃったんだから!」


「え、えぇ?」


「あぁ、そういや今日もその顔つなぎが目的っぽかったもんねぇ、アンタ」


 慌てるザハラを尻目に、ルビーアは納得顔で頷いている。


「そ、それは一体どのくらい?」


「えぇと……手あたり次第」


 恐る恐る尋ねると、とんでもない答えが返ってきた。どうしてそこで行動力を発揮してしまうのか。ザハラは頭を抱えてしまった。


「それの処理は、あなたがすること! いいわね!? それが、私があなたの夢を認める条件よ!」


「……まぁそのくらいは自分で撥ねのけた方がいい、かもしれないねぇ」

「頑張ってね、ザハラ」

「何事も経験だ」


 マダム達は微妙に視線を逸らしながらも、口々に励ましてくれる。

 同じ励ましの言葉でも、こればかりはあまり嬉しいとは思えないザハラだった。


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