13.夢を語る
「ルビーアさん、申し訳ありません。この子、まだ夢見がちなところがありまして……」
気っ風の良い声の主はルビーアというらしい。母がたおやかな美女なら彼女は迫力美人といった感じだろうか。そして周囲の視線をものともしない態度から察するに、このテーブルの中ではかなり序列が高いように思われた。
「夢、か。夢ねぇ……」
楽しそうにキセルをトントンと叩く。そんな仕草すら色っぽい。同性のザハラでもクラリときそうだ。
「アタシも若い頃はそんな夢を見たもんさ。男に頼らず、自分の力で立ってやるってねぇ……」
「ありましたね~。若かったわぁ」
「この国の女性なら一度くらい考えるのではないか? 特に、何かに夢中になっていればな」
「サフィーヤさん、エルメリンダさんまで……。無作法は謝罪いたしますので、どうかご容赦を……」
ルビーアはいかにも懐かしそうに話を続けてきた。おそらく若かりし頃を思い出しているのだろう。すると、おっとりとした口調の女性や、少しきつそうな印象を受ける女性も話に乗ってきた。
母はそんな女性陣からザハラを隠すようにして頭を下げる。
(母様に頭を下げさせたかったわけじゃないわ、ただ、認めてほしかっただけで……。自立したいって、そんなに言っちゃいけないことなの?)
予想していたよりも大事になってしまった。よく考えれば、お茶会がお開きになってから落ち着いて話すべき内容である。母が思いがけないことを言い出したので、慌ててしまった自分の落ち度だ。
しかし、ここで反省してみても一度口にした言葉はなかったことにはならないわけで。
この場をどうすればよいかザハラが焦っていると、ルビーアが再度声をかけてきた。
「なに、責めてるわけじゃあないよ。ちょっとばかり面白い話だと思ってねえ。ナージャの娘、ザハラとか言ったっけ。アンタ、女の身で、こんな国でどうやって生きるつもりなんだい?」
ルビーアに強い視線をぶつけられ、ザハラは思わず震えてしまった。
けれど、脳内に踊るナプを思い浮かべて必死に答える。
「け、研究をしたい、です。生計は、魔物使いギルドでお仕事をいただいて立てます」
声まで震えてしまった。
怖い、と思う。自分の中だけで育んできた夢を語ることが。ましてや、とても好意的とは言えないこの雰囲気で。
それでも、ザハラは口にした。
今にも膝から崩れ落ちそうだし、口の中はカラカラだ。それでも、夢を語ることができたのだ。
「研究だって?」
「砂漠の緑化を目指しています。そのために、マンドランという魔物を使役して、研究しています」
「聞いたことがあるな。マンドルが進化した姿のはずだ」
「あらあら、あの外でコロコロ転がってる子達の進化? それってどんな変化があったのかしら~?」
エルメリンダと呼ばれた女性が魔物の進化を知っているというのには少し驚いた。だが、サフィーヤが続けて問いかけた内容で、周囲から失笑が漏れる。
やはりマンドルは侮られているのだ。研究する前であれば、ザハラも似たような感想を持っただろう。
「もう、この子ったら! 皆様すみません。先ほどの話は後日改めて……」
これ以上印象を悪くしないためだろうか。母はザハラを引っ込ませようとする。だが、ここで引いてはダメなのだ。マンドル——ナプはきっとこの砂漠を緑にできると主張しなければ。
「まず、マンドル自体に高い保水能力が備わっています。そして、進化したマンドランは保水能力の他に、植物魔法が使えることが判明しました」
「植物魔法? 聞かない名前だね」
「そんな魔法があるのねぇ~」
「どのようなものか詳しく説明できるか?」
周囲のマダム達がクスクス嘲るだけなのに対して、先述の三人はザハラの話に興味を持ったように見受けられた。
(なんていうか、試されてる?)
ただの興味本位かもしれないが、尋ねられたことにはできる限り対応したい。
笑われる居心地の悪さとはまた違った緊張感の中、ザハラはナプについて説明した。先日、ヤスミーナの庭を復活させたことも。ただし、プライバシーの問題もあるので、庭の持ち主の名は伏せたが。
「ここまでが研究できていること、です。今の私には資金も名義もないので……。でも、現状だけでも素晴らしい発見だと思いますし、この研究を続けていけばいずれ……」
「ねぇ、それって本当なのぉ?」
今まで全く発言していなかった女性が、少しイヤな笑いを添えて声をあげた。
「全部作り話、とまでは言わないけれど……。でも、あなたの旦那様、はいないんだったわね。じゃあ最低限お父様に保証してもらわないと信じられないじゃなぁい?」
完全に悪意のある言葉である。ザハラが未婚であることを当て擦っているのだ。とは言え、この国では当然の対応でもある。
きちんとした情報である、と証明することすら男性の名前が必要なのだ。
なにも言えず、うつむきそうになるザハラ。
(やっぱり、無理なのかな……)
ここで言い負かされてしまえば、母を説得することは恐らく難しくなる。
この場で恥をかいたと判断して、母はザハラの言葉に耳を貸さなくなるはずだ。そして、この国での当然の手順『誰かの嫁になってから好きな事をしろ』と言われるだろう。
そう、ザハラが諦めかけた時。
「その子の言ったことは本当よ。あたくしの保証じゃあダメかしら?」
晴れやかな女性の声が響いた。
驚いて振り向くと、そこには先日知り合ったばかりの美しい女性がにこやかに立っている。
「ヤ、ヤスミーナさん?」
「また会えて嬉しいわ、ザハラさん。お庭がキレイになったものだから、ちょっとお出掛けする気分にもなれてねぇ。こうしてあたくしがこの場にいるのは、この子とナプくんのお陰なのよ。まぁ、少しばかり遅刻しちゃったけど、許していただけるわよね、ルビーアさん」
「来ていただけて光栄です。ぜひお話の続きを聞かせてくださいな」
「あら、聞いてくださる? 実はあたくしの旦那様の――」
年長者に対する口調に改めたルビーアが続きを促すと、ヤスミーナは待ってましたとばかりに話を再開させる。流れるような話術でたちまちその場の主役に納まった。悪意をぶつけてきた女性も、話に聞き入っているようだ。
「ちょっと、いつヤスミーナ様とお知り合いになったの?」
いきなりな成り行きについて行けずポカンとしていたザハラに、母が小声で話しかけてきた。
「つい先日。それより、ヤスミーナさんってそんなに凄い方なの?」
「ほんとに世間知らずなんだから! 旦那様がたった一人に捧げた純愛ってことで小説にまでなった方よ。今度舞台になるって噂まであるんだから」
「そ、そんなに!?」
偶然とはいえ、そんな大物と出会っていたようだ。母とコソコソと会話をしているうちに、ヤスミーナの話も終わったらしい。
「そんなわけで、あたくしはザハラさんの夢を応援することに決めたのよ~」
「お、お待ちください!」
その場がザハラを応援するような空気になってきたところに待ったをかけたのは、ザハラの母ナージャだった。
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