12.母の呼び出し
魔物使いギルドでの初依頼を無事成功させて、達成感を噛み締めた翌日のこと。
「ナージャ様より言伝です。本日昼過ぎの会合に出るように、と。お手紙も預かっておりますので、詳細はこちらをお読みください」
ザハラの自宅を訪れたのは、母ナージャの使いだった。
「……ご苦労様です」
なんで今日に限って、という言葉を飲み込んでどうにか頭を下げる。メッセンジャーの彼には全く落ち度はないのだから。
メッセンジャーが見えなくなるまで見送ってから、ザハラは深い溜め息を吐いた。
「いずれは向き合わなきゃいけなかったこと、よね。でも、もう少し達成感に浸っていたかったなぁ……」
ナプが萎れていた庭を復活させ、自分の夢を他人に語れた日。そして、認めてもらえた日。そんな夢のような一日から一転して、現実が襲いかかってきた気分だ。
ザハラの現在の暮らしは、第一夫人である母のお陰である。
研究に明け暮れる変わり者の娘を、母ナージャは小言を言いつつも尊重してくれていたのだ。しかし、それも「いずれはラシードが囲ってくれるだろうし」という推測の元に成り立っていた。
恐らく母の耳に門前払いされたことが届いたのだろう。
(流石に私から断ったことは知らない……はず)
ラシードとの会話は個室で行われた。彼が母に直接言わない限り、知りようがないだろう。手紙を読むに、その辺りのことは書かれていない。ただ、きちんと着飾って来い、とある。
マダム達のお茶会に出席させるつもりのようだ。
「行きたくない、なぁ」
ザハラの年代は既に囲われ適齢期を過ぎている。これは第一夫人の娘としてはかなりの落ちこぼれとして見なされるのだ。
母やマダム達からの哀れみの視線を考えるだけで心が重くなる。
「ンー?」
「心配してくれてるの?」
少しぼんやりしていたザハラを心配してか、ナプがトコトコと近寄ってきた。
「……そうよね、ナプと一緒にいるためにも、やらなきゃいけないことだったよね」
自立したい、ナプと一緒に生きていきたい。ならば、母にもその事を伝えるのは当然だ。今までズルズルと先延ばしにしていたのは、甘えていたからに他ならない。
(大丈夫、胸を張って会いに行こう)
昨日の体験は、確かに自分の中に根付いている。決意を胸に、ザハラは慣れないおめかしに取りかかった。
が。
(……何度着ても似合わない、なぁ。服に負けてるというか)
ラシードと会う時にも着た一張羅である。自分なりに念入りな化粧もしたし、珍しく装飾品なんかも付けてみた。それでも服に着られている感が否めないのは、ただ単に着慣れていないせいだろうか。
華やかな色合いがどうにも似合っていないような気がして、徐々に背中が丸くなっていく。
(……ダメダメ! 自信を持たなきゃ……!)
昨日の出来事を思い返して、慌てて背筋を伸ばすザハラだった。
「こちらでございます」
案内された先は、解放感のある、天井の高い大広間だった。風通しも良く、ギラギラと照りつける太陽の下を馬車に揺られてきたザハラは特に涼しく感じた。
(場違いなのもある、けど……)
マダム達がつける香油の匂いが混じりあっているせいか、吹き抜ける風を感じるのにどこか息苦しい気がする。先に来ていた一団は既に話に花を咲かせており、気後れしてしまったというのもあるかもしれない。
まずは招待してくれた母を探すと、端の方のやや落ち着いたエリアにいるのが見えた。
「母様」
「あら、いいところに来たわね! 紹介します、娘のザハラですわ。皆様どうぞよろしくお願い致します」
「はじめまして。ナージャの娘のザハラと申します」
声をかけた途端、いきなり場の全員に紹介される。抗議したい気持ちもあったが、母の面子というのもあるだろう、と当たり障りのない自己紹介をした。
「あまり私に似なくって……頭の良い子ではあるんですけど、ねぇ。そういうわけで、良い人がいたら紹介していただきたいのよ。風変わりな花があってもいいでしょう?」
「ちょっと! 母様!?」
ザハラは母の美貌を継げなかったのは事実なので、似ていないという評価は妥当だ。頭が良い女性というのは、こういった場だと遠回しな貶し言葉になるらしいが、そこもまぁ良い。
問題は、良い人がいないか、と皆に問いかけたことだ。
焦って止めようとしたが、美しい母は全く悪びれない。
「あらぁ。だってラシードくんに振られちゃったんでしょう? だったら急いで嫁がなきゃじゃない。私なんてあなたの年にはもうタルリヤを産んでたわよ?」
タルリヤというのは、兄のことだ。現在父の跡継ぎを目指して修行中で、ナプとの出会いを作った人物でもある。彼にとっては嫌がらせだったのだろうが、今となってはお礼を言いたいくらいだ。
だが、今はそういう話ではなく。
「わ、私、誰かの花にはならないわ!」
ザハラの声が、大広間に大きく響いた。
それまで、ザハラを見定めるように、楽しげな表情を浮かべていたマダム達の目が点になったのがわかる。
「…………花にならない、って……あなた、何を言ってるの?」
母はまるで異国の言葉を聞いたかのように問い直してきた。
「えっと……そのままの意味よ。私、自立したいの」
多少口ごもってしまったが、なんとか答えることはできたと思う。
けれど。
「な、何を馬鹿な事を言ってるの? ラシードにフラれてヤケになったのかしら。もう、ごめんなさいね、皆様。この子、ちょっとズレてるところがあるんですの。兄の勉強についていったりして、少々頭でっかちになってしまったようですわ」
捲し立てるナージャに気圧されながらも、ザハラは脳内にナプを思い浮かべて勇気をもらう。
「母様、ラシードも兄さんも関係ない、よ。私はただ、自立して生きていきたいって思ったの」
「それが頭でっかちって言うのよ。この国で女性が自立するですって? どうやって生計を立てるって言うの。明日の水さえも買えずに干からびちゃうわよ」
母の声が徐々に大きく、ヒステリックになっていく。それは予想していたことだ。周囲の目もあるので冷静に話せるのではないか、と期待はしていたのだけれど。
刺さる視線が痛い。
それでも、ザハラは胸を張って言った。
「私、研究がしたいの」
小さな頃からずっと飲み込んできた言葉を、やっと母に告げる。意図せず目が潤みそうになるのをグッと堪えて、ザハラは言い切った。
「あなた……いったい何を……」
対して母は言葉が出ないようだ。今までと明らかに様子が違う娘に困惑しているのかもしれない。
時間が止まったような、ザハラと母。
そこへ、唐突に声がかかった。
「なんだい。面白そうな話じゃないさ」
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