10.ヤスミーナの旦那様
「あたくしの旦那様はね、あたくしのことを本当に大好きだったの」
茶目っ気たっぷりにヤスミーナが語り出したのは、なんとノロケ話。
もしかして、こういった話題が苦手だから自分が連れてこられたのだろうか。チラリとマルワーンに目を向けると、予想通り苦笑が返ってきた。次いで周囲の様子を窺うと、お付きの方々も「はじまったぞ」と言いたげな表情をしている。
どうやら鉄板ネタなようだ。
「それはステキなことですね」
ザハラはというと、友人がいないのでコイバナなどしたことがない。もし学生時代に同性の友人がいたとしても、そこでしていたのは恋の話ではなく、花の話だっただろう。将来、誰が一番の花になるか、どんな人の花になるのが安泰か、きっとそんな会話になったはずだ。
なので、これは人生初のコイバナということになる。ちょっとワクワクしてしまう。
「でしょう!? でもねぇ、カマルヤには五花制度があるじゃない。だから、それでかなり苦労したのよぉ。当時は今より酷くってね、『五人囲ってなければ信用できない』って真顔で言われちゃうような時代だったのよ」
「そうだったんですね……」
今でも『五人囲ってなければ~』という言葉は使われるが、それが正式な契約等に持ち出されることはない、と聞いている。少なくともその言葉が今でも力をもっていれば、独身のラシードがあんなに成功することは難しかったはずだ。
「私みたいな貧乏人はほんとに苦労したなぁ」
「元ギルド長様が何を言ってるのだか」
「……まぁ確かに貧乏人はちと言い過ぎか。しかし、外から職務で来た人間に対してもかなり厳しかったからなぁ」
ヤスミーナに揶揄されて一瞬肩を竦めたマルワーンだったが、すぐにしみじみとした口調で続けてくる。どうやら彼は他国出身だったようだ。
「魔物使いギルドは大陸全土を股にかける巨大組織なのにねぇ。よそから来た人には、この国は住みづらいと思うわ」
「一攫千金で大逆転できるってのもあるから一概には言えんさ」
砂漠に囲まれたカマルヤの特異性に注目した人間が他国から訪れる、という話は聞いたことがある。希少性が高いものには価値が生まれるという理屈は、ザハラにも理解できた。利を求める人間が集まるということも。
「そうかもしれないけど、夫は本当に苦労したのよ。信用を勝ち取るためには、あたくし以外に四人の女性を選ばなければならなかった。でも『そんなのは不誠実だ』って、あの人はすごく反発したの」
「それは……とても大変だったのでは?」
そんな男性がこの国にもいたのか、という驚きとちょっとした嬉しさ。だが、それ以上に、口に出してしまったのか、と凄く心配になった。
「そうなのよ! とってもとっても大変だったの。と言っても、女は引っ込んでろっていう時代でもあったからね。あたくしは何もできなかったわ……あなたみたいに自立できれば良かったのかもしれないけれど……」
「あ、いえ。私もまだ自立とはほど遠いので……」
まだザハラはギルドに所属させてもらっただけ。今回の仕事もきちんと達成できるかわからない。そもそも、何が達成かというのを教えて貰っていない、というのもあるが。今回の依頼も、将来のことも、不安だらけだ。
そんな後ろ向きなことを考えるザハラに、ヤスミーナは明るく声をかけてくる。
「何を言ってるの。ギルドに所属しただけで立派じゃない。あたくし達の世代からは考えられないわ」
「そうだなぁ。生粋のカマルヤ生まれでその発想はなかなかないぞ」
続けざまに褒められて、とっさに言葉が出なかった。褒められることなどまずないので、ついオロオロしてしまったのだ。
(お礼とか、言えば良かった、かも……)
恐縮しているうちに話題は進む。ヤスミーナの物語はまだまだ先がありそうだった。
「今の時代でも珍しいんだもの。当時なんて本当に、ねぇ。旦那様もとっても頑張ってくれたけれど、やっぱり制度には抗えなかったのよ」
「それじゃ……」
「えぇ。でも、うちの旦那様ったら『私の嫁はヤスミーナだけだー!』って」
「やかましかったなぁ、アイツ」
「とても素敵だと思います……!」
思わず溜め息のように言葉が漏れ出た。この国出身の男性で、一人の女性のみを嫁にしたいだなんて一途な人はほぼいない。とりあえず五人、それが普通だから。
「ありがとう、ザハラさん。そんな風に言ってもらえて、あの人も天国できっと喜んでいるわ」
そう言ってヤスミーナはニッコリと微笑んだ。
年を重ねてもこれだけ美しい人だ、恐らく称賛されることに慣れているのだろう。だけど、多分それだけじゃなくて。
(自然体って言うのかな。ちょっと羨ましい、かも。とにかく魅力的な人だなぁ)
少しばかり褒められただけで狼狽えてしまった自分と違い、素直な笑顔は本当にチャーミングで、亡き旦那様の気持ちがわかったような気がしたザハラだった。
「でもね、最後まで話したらザハラさんをガッカリさせちゃうかもしれないわ」
「え……?」
思いがけない言葉に目を見開くと、ヤスミーナはまた小さく笑った。けれど、今までとは違う類いの笑みにザハラは急に不安になる。
「あの人ね、散々悩んだ末に金銭的に困っている女性を四人選んで、頭を下げて頼み込んだの。『私はあなた方と子供を儲けるつもりはない。だが、一生不自由のない生活を保障する。だから花になってもらえないか』ってね」
ザハラが語られた言葉の内容を理解する前に、ヤスミーナの述懐は続く。
「子を産むことだけが女性の幸せだとは言わない。でも、貧しさ故に色々なことを諦めてきたであろう彼女達に、血を分けた子供を持つことを諦めて欲しいと頼んだのよ、あの人。ヒドい話だと思わない?」
「で、でも」
「もちろん、それを良しとしたあたくしもね」
「あ……」
キッパリと言い切ったヤスミーナに、ザハラは何も言えなくなる。
「そこまで酷い話でもないだろう」
代わりのように口を開いたのはマルワーンだった。
「アイツの提案を彼女達は承諾した。仕事上の契約と同じようなものだ。結果、契約を止めたいと言い出した者はいなかった。つまり彼女達にとっても妥当な提案だったってことさ。実際、アイツが死んだあとも彼女達とは交流が続いてるんだろ?」
「それは……折に触れて手紙や贈り物のやり取りなんかはしているけど」
「もし彼女達に不満があったら、アイツが死んだ時点で一悶着起こっているはずだ。世間じゃザラにある話だろう。だが、それがなかったってことは、アイツなりに誠意を尽くした成果だと思っていい。彼女達にももちろんだが、何よりヤスミーナ、君のためにね」
「あたくしの?」
「『花』の不満が何処に向かうか、聡明な君ならわかるだろう?」
指摘を受けてヤスミーナは黙り込んだ。過去の出来事を改めて思い返しているのかもしれない。
「私、やっぱりヤスミーナさんの旦那様は素敵な方だって思います。ガッカリなんてしませんでした」
「ザハラさん……」
「あの、私みたいなのが生意気なこと言ってすみません。でも……」
ヤスミーナはただ可愛いだけの女性ではなかった。だからこそ魅力的なのだとも。それでも、やはり笑顔になって欲しくて懸命に言い募る。
「謝らないで、ザハラさん。そう、そうなの。本当に素敵な旦那様だったのよ。私のためにって、砂漠にこんなお庭を作っちゃうくらいですもの」
ザハラの思いが通じたのか、ヤスミーナは笑顔を取り戻して庭を見渡す。だが、それは長く続かなかった。
「ただね、最近お庭全体が元気がなくって心配なのよね」
「ここ数年日照り続きで、水不足が深刻化してるからなぁ」
顔を曇らせたヤスミーナにマルワーンも同調する。
よくよく見ると、緑の色がくすんでいたり茶色く枯れた部分が多い気がする。いくら魔道具があるとはいえ、際限なく水を出せるわけではない。生活用水が優先されるのは当然だ。干ばつ続きの近年では、庭にまで十分な水は回らないに違いない。
(ナプならなんとかできない、かなぁ……)
何もないところに草を生やすことができたナプである。もしかしたら、今頑張って生きている植物達にも何かしてあげられるのではないか。
そんなことを考えながらナプを見る。
すると、視線を受けたナプが突然庭の方へと走り出したのだった。
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