1.しおれた初恋と芽吹いた意志
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『男は五人囲って一人前。女は囲われてからが一人前』
砂漠の国カマルヤでは、三歳児でさえ耳に馴染んでいる言葉である。
五花制度――字面は何やら綺麗だが、その実態は一夫多妻を奨励する因習だ。元々は一年中灼けつくような太陽の下で種を残すための知恵だったのだろう。が、時を経ても妾が第二夫人、第三夫人と呼び名が変わった程度で、中身は全く変わっていない。
男達の夢は立身栄達して自分だけのハーレムを造ること。娘達の夢は王侯貴族や大富豪に見初められてハーレムに入り、何不自由なく暮らすこと。
その夢の中に、個としての女性は今も存在していない。
「ふわぁ……」
ザハラは大きな屋敷の前で固まっていた。
この辺りは瀟洒な邸宅が建ち並ぶ、いわゆる高級住宅街。その中でも群を抜く豪邸ぶりに度肝を抜かれてしまったのだ。
「こ、ここで本当に合ってるよね」
狼狽えながら届いたばかりの手紙を取り出して確かめる。
差出人は幼馴染のラシード。政に携わる家系に生まれながら、成人すると同時に商いの道へ踏み出した変わり種である。周囲からは放蕩息子だの道楽者だのと言われていたが、本人はどこ吹く風で商隊と共に行動していた。
その間、まともに便りも送ってこなかったというのに、昨日いきなり「準備ができた」とだけ書いた手紙を寄越したのだ。かろうじて住所は記されていたので、それを頼りに訪ねてきたらコレ。
「あの、すみません。ここってラシードのお宅ですよね……?」
とは言え、驚いてばかりいては話は進まない。何度も確認してから意を決して門番らしき人物に声をかけてみる。
「そうだが――」
ザハラの決意は無遠慮な視線と無愛想な返答によって報われた。
「ラシード様の囲われ希望はもう満杯だ」
「えっと……?」
思ってもみなかった答えを返されて、一瞬頭の中が白くなる。
いや、思ってみなかったわけではない。幼馴染のラシードはザハラの淡い初恋の相手だったし、ラシードの方でも幼い頃の口約束とは言え「偉くなって囲ってやる」と何度となく言っていた。だから今回の手紙ももしかしたらその話では、という期待はあった。
「思ってもみなかった」のは今の今まで顔を合わせたこともなかった初対面の相手に、いきなりそんなことを言われた、という事実に対してだ。
「わかったならさっさと帰った帰った」
「で、でも」
「しつこいぞ。大体お前みたいな冴えない娘を旦那様が相手にするはずがなかろう。己をわきまえるんだな」
手紙を見せる暇もなく、門番から無愛想を通り越して無礼な言葉を浴びせられた。同時に周囲から忍び笑いが聞こえてくる。
慌てて見回すと、いつの間にか若い娘が数人集まっていた。ずいぶんと着飾っているところを見ると、彼女達が門番の言う「囲われ希望」なのだろうか。クスクス笑いに紛れて「身の程知らず」とか「高望みしすぎ」といった言葉も耳に入ってくる。
ザハラだって久しぶりに会う幼馴染のために精一杯お洒落をしてきたつもりだ。研究に明け暮れるばかりで、化粧も碌にできない自分の精一杯など、たかが知れていることも自覚していた。それでも、ラシードなら、と思ってしまったのだ。当のラシードはこんな豪邸に住まうことができるほど立身していたというのに。
「し、失礼します……!」
自分の甘えた考えが急に恥ずかしくなって、ザハラは逃げるように踵を返す。門番のヤレヤレといった溜め息や娘達の嘲笑がいつまでも追いかけてくるような気がして、我武者羅に走り続けた。
「……はぁ、はぁ」
どこをどう通ったかは覚えていない。ただ、どうにか帰宅はできたようだ。見慣れた薄い暗い部屋の中、服や靴についた砂も払わずうずくまる。
不意に、子どもの頃よく言い聞かされていた母の声が蘇ってきた。
「あなたは女の子なんだから外遊びはダメよ。日焼けして真っ黒になったらどうするの。誰にも相手にしてもらえなくなるじゃない」
当時は母の言葉の意味がよくわからなくて。だって、ラシードや兄、更にはその友達が毎日のように遊びに誘ってくれていたから。
幸か不幸か、年上の遊び仲間が学校に通うようになると次第に誘いの声はかからなくなり、ザハラも外遊びから自然と遠ざかるようになった。そのせいか、母が心配したような肌の色にはならずに済んでいる。
母の言葉の意味が本当にわかったのは、もっとずっと後のことだ。『女に学問は必要ない』という家も多い中で、ザハラは兄達と同じように学校へ通わせてもらえるようになった。勉強の面白さに目覚めて日々楽しく過ごしていたが、そのうち同級生が一人、また一人と辞めていくことに気がついた。それも元々数が少なかった女子ばかり。後から「あの子を見初めたのはどこそこの子息らしい」などという噂話を聞いて、にぶいザハラもようやく理解した。母の言う『相手』とは外遊びの仲間などではなく、囲ってくれる人のことだったのだと。
「お前みたいな頭でっかちなんか、その不細工な魔物と一緒に転がってろ!」
同じ学校に通い続けるザハラを、兄は次第に疎ましく思い始めたらしい。
ある日、そんな罵倒と共にいきなり何かをぶつけられた。大きな種の形をしている魔物、マンドル。手足がないので移動はもっぱら転がるだけ。子どもでも簡単に捕まえられるほどなので、退治する必要すらない。
「ザハラ! 大丈夫か?」
「ラシード」
「気にするな。アイツ、お前の方が成績良いからってひがんでるんだ」
「でも……」
確かに成績のこともあったかもしれない。けれどそれ以上に、同じ年頃の娘達が次々と囲われていく中で、その気配すらない不出来な妹が兄として恥ずかしく、苛立たしかったのだろう。
「泣くな! 俺が絶対偉くなって囲ってやるから」
その言葉通り、ラシードは成人の儀もそこそこに大商人を目指して旅立っていった。
残されたザハラは屋敷の離れに一室をもらい、研究に没頭している。希望に添ってくれた母には感謝してもしきれない。
けれど、もしかして母は諦めていたのではないだろうか。若くして二児の母となったその美貌は今も健在で、そんな自分に似ても似つかない娘には『相手』など現れないと。
門番の無遠慮な言葉が、女の子達の嘲笑が、ザハラにそんないじけた思いを起こさせる。
「やだ……私、すごく身勝手だ」
女性らしいことは何もせずに、与えられた場所にぬくぬくと閉じこもって好きなことだけ続けてきた。その癖初恋の相手から久しぶりの便りをもらえば、勝手に期待してノコノコと出かけて。そして、期待通りにいかないとすぐに逃げ帰る。
「こんな私なんか、ラシードだってお断りよね」
泣く資格もないとわかっているのに、じわりと涙が滲む。
「ン、ンンー!」
「ナプ……?」
茶色い塊が部屋の隅から転がってきた。
あの日、兄から投げつけられた種の形をした魔物を、ザハラは捨てることができずに部屋へ持ち帰っていた。なんとなく「ナプ」と名前を付けて貴重な水を分け与えながら育てていると、ナプが与えた以上の水分を蓄えていることに気がついた。マンドルという種の特性なのか、それともナプだけのことなのか。興味を惹かれて調べ続けて。決して広くない室内は、ナプの研究日誌で一杯だ。
けれど、もう。
「ごめん、ナプ。もう一緒にいられないかも」
女は囲われてからが一人前。このままの暮らしがいつまでも続けられるわけがない。そのうち業を煮やした父が無理矢理『相手』を探してくるのは目に見えている。いくら母でも突っぱね続けるのは難しい。その『相手』とやらが、最弱魔物のナプを連れていくことを認めてくれるだろうか。恐らく多分きっと。
「なんでなんだろうね……。女は、囲われて一人前、なんて……」
鼻の奥がツンとして、こらえきれなかった。涙がポツリとナプの上に零れ落ちる。
その時。
「ンンー!」
ナプが光り輝いた。
「えっ!? なに!?」
あまりの眩しさに一瞬何も見えなくなる。ようやく目が慣れてくると、そこには――。
「ナプ?」
「ンー!」
種のような見た目だった彼(?)に、立派な二本の足が生えていた。いや、足のような根というべきか。
「あ、これ、進化……ってやつ!?」
話には聞いたことがある、魔物の進化。
転がるしかできなかったナプは進化して手足を得、しっかりと立っていた。
しかも。
「……室内に、草?」
よく見ると床からちょろちょろと草が生えていた。その真ん中でナプが不思議な動きをしている。種の頭から出てきた双葉がご機嫌に揺れていて、まるで踊っているようだ。
「なぁに、その踊り」
ザハラは思わずプッと吹き出してしまった。
ナプは進化して、自分の足で立った。新しい能力も得たらしい。それに引き換え、自分はただ逃げてきた。この手の中には何もない。
でも、なんだか気分は清々しかった。
「ねぇナプ。私もあなたみたいに立てるかな?」
淡い初恋の終わり。
その終わりに心は痛むけれど、ザハラは踊るナプの隣で静かに決意した。
「私、誰かに添えられる花じゃなくって、ちゃんと根を張って一人で咲ける花になりたい。……あなたを見てたら、できるような気がしてきたの」
涙はいつの間にか乾いていた。
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