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3,大令嬢と会う

読了目安:2700文字

この頃私は夜がふけると、街の辺りを只々(ただただ)徘徊して居た。


其処(そこ)で、丁度良い女が居ると俺は貌を(いつわ)って声を掛けた。


要は、私は夜な夜な女の()()()をしていた。

屑で()るが、そう人知れず言われていたとしても更々(さらさら)辞める気は無かった。どれだけ充足して居ようと、承認欲が満たされる日など()はしない。

()して僕だけでは無い筈だろう。


其処で丁度良い女を見つけた。

やたらと、街に似合わぬ風貌をした女性だった。


黒いドレスの(すそ)()()()()()いる。


ピノ「独りですか」


大令嬢「あら、お相手をして下さるの」


街道の一角にあった喫茶屋のテラスの椅子に、脚を組んで座る姿が際立(きわだ)って(あで)やかで在る。


明らかにこの街の者ではなかった。貴族かの如く豪奢で優雅な格好なのに、周りには人っこ一人()やしない。

付き人どころか、人っこ一人も居やしなかった。


鬼が出た夜の様だ。


ピノ「お話でもどうですか」


大令嬢「ええ、良いですよ?」


僕は店の軒先(のきさき)の、丸いテーブルを挟んで彼女の向かいの椅子へと座った。


この夜、いつもの[アリエル]の馬車が街へ出ていない事を良い事に、僕は街の中を散策していた。

するとこの店だけ、夜中誰もいないにも関わらず店先のテラスが用意されている。そこに彼女は一人座っていたのだ。


はたまた妖艶な雰囲気であった。


たまたまであろうが、周りがやたら閑散としていたのに此処(ここ)だけ幽霊が店を開いたのかと、思わず店の様子に対しそんな冗談を思ったほどだ。


そんな彼女を取り巻いた(あや)しさには多少なりとも危うさは感じていたが、それでも結局は声を掛けていた。どうせこれも、魔法が尽きて身が尽きる(まで)の時限付きの火遊びだ。自分の身の保身など今更どうでも良かった。


大令嬢「如何(どう)して此方(こちら)に?」


ピノ「只々(ただただ)夜遊びにと出てきただけですから」


大令嬢「あら、イケナイ人ですね」


(しばら)く談笑をしたのち、僕は彼女の邸宅へ一時(いっとき)だけお招きいただく事と相成(あいな)った。


大令嬢「用意して。」


彼女が誰にでもなく声を掛けると、息づく間もなく馬車がこちらへ現れた。まるで虚空への(つる)の一声の様だ。


豪勢な馬車で在る。

彼女に続いて馬車に乗り込んだ。彼女が向かいの座席へ座って居る。


改めて対面をするとその妖艶さがよく見て取れる。流れる様なその艶髪(つやがみ)に凛とした貌立(かおだ)ちと流し目をして、「たまにはこう()うのも良いものですね」、なんて彼女に言われるものだから、思わずどう返せば良いか分からなかった。


ピノ「良きお家柄(いえがら)なのですか」


大令嬢「私の出自なんて、如何でも良い事でしょう。大した事ではありませんから」


まあ、どうせひと時の関係に過ぎないだろうからと()れ以上は聞かなかったが、彼女がかなりの()で在る事だけはきっと間違いなかった。


そんな事を話しているうちに、馬車が屋敷の前に辿(たど)()いた。


豪華過ぎる。


[アリエル]の屋敷よりも大きい。


目を奪われるのはその異様に豪華な屋敷の、藍だか、黒だか、宮殿一帯の彩色の暗い色一色(いっしょく)で在る事。

そして、その周囲は宮殿の薔薇園(ばらぞの)が着飾っている。

無駄を全て削ぎ落とした様な、その異様な色彩一色の放つ威圧感。それがなんと美しい。


まるで湖に鎮座(ちんざ)する黒鳥の様で在る。


この地で目覚めてから()()幾度も豪勢なものばかり目にすると、もう既に自分の感覚が麻痺してしまっているんじゃないかと()う思ってしまう。

きっとこの屋敷の規模は、僕の驚く以上に凄まじいものの筈だ。


彼女が車窓から屋敷の方を眺めて言う。


大令嬢「自分の仕事で暫く外へ出ていたのですが」


大令嬢「ちょっと、またここが恋しくなりましてね」


大令嬢「久々に、お忍びで(わたくし)の土地にでも帰ってみたのです」


やはり、この宮殿一帯が彼女の持つ家なのか。相当なご令嬢なのだろう。


ピノ「仕事とは貿易か何かですか」


大令嬢「まあ、そんなところです」


馬車が庭園の中央を進む最中はそんな事を談笑していた。

やがて大玄関(おおげんかん)に着いてから、彼女に続いて馬車を降りる。


その際、彼女の左手に誘導(エスコート)された。


左手の細い指一本一本が、やたら滑らかで美しかった。


大令嬢「生憎(あいにく)、もてなす(すべ)も大して持ち合わせてはいませんから......」


大令嬢「私からは、()()()()()はできませんけれど」



事を済ませて、彼女の敷地に所有する大浴場で彼女と湯浴みをすると、浸かっている湯の気煙(きげむり)から柚子の(かお)りがした。


浸かっている湯槽(ゆぶね)の中で後ろから、俺の背にもたれ掛かっている彼女が僕の胴に手を()()(まわ)して、小さく(ささや)く。


大令嬢「何時(いつ)帰られるの?」


ピノ「このあと(じき)に」


大令嬢「もう少し、此方に居らしてはダメ?」


彼女が、脚を内から絡めて引き留めてくる。


ピノ「いけません、深夜を周るまでには帰りませんと。(じき)に十二時を過ぎる」


湯槽の下から身体を抱き抱えられた。

僕の恥じるうちに向きを()()と直されて、その湯槽の(もと)の、彼女の脚のその上に、対面をするように(また)いで座らされていた。


細い指が俺の右頬(みぎほほ)()わって優しく、僕の左頬(ひだりほほ)を彼女の胸元に押し当てる。

更に、耳元に小さく(つぶや)く。


大令嬢「私がお嫌い?」


そんな筈が無かった。


ピノ「......そう云う、そう云う訳では無いのです。単に、ただ門限を守らなければいけない気がするだけですから」


余韻(よいん)とでも云うのか、それとも(だんま)りとして居るのか、少しの無言の()が有った。


幸福だからかそれとも間が()たないのか、彼女の胸元に直に耳を押し当てられている(あいだ)が、やたらと長く感じて熱かった。


それで彼女がつつうと、沿わせた指を離した。


大令嬢「そう、なら仕方がないのね」


彼女がそばから離れると、続けて言う。


大令嬢「さあ、もう時間ですね。お互い、のぼせてきってしまう前にあがりましょうか」


そして湯を上る前に一言。


大令嬢「ああ」


大令嬢「そう言えば、すっかりと忘れておりました」


忘れていた事があった。


大令嬢「名前、名乗ること。」


すっかり忘れていた。流石にまたもや人に名乗るの忘れたのは阿呆を通り越して、もはや愚かだなと自分の事を思う。


僕の横で、彼女が名を語った。


大令嬢「(わたくし)、[グリムヒルデ]と申します。」



大した事ではないが、送迎までは流石にと遠慮をして、屋敷から独り帰る前にはこんな会話をした。


ピノ「大した事も返せなくて済みません」


グリムヒルデ「あら、良いのですよ」


グリム「お返しならくれているではありませんか」


彼女が一歩僕の方へ歩み寄る。そしてそのあとに。


彼女が左手の人差し指を差し出して、


僕の貌の輪郭を(ぬぐ)った。


彼女が僕の貌を褒めて居る。


グリム「お大事になさってくださいね、貴方の、一番大切な物ですから」


グリム「私もこれくらいの事でしか返せませんけど、貴方の姿で望まれたなら、これくらいは(いく)らでも。」


ここで、ふと思う。


自分の貌では無い。

偽物の貌で在る。


そんな些細な気持ちを押し仕舞って、僕は屋敷を出た。





登場キャラ一覧

・ピノ 記憶の無い青年。この頃は街へ繰り出してはナンパばかりしている。

・グリムヒルデ(大令嬢) ピノの前に現れた妖艶な女性。彼女の出自などは謎に包まれている。スレンダーなドレスがとても優雅。

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