表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/3

2,アリエルの部屋にて

読了目安:3600文字

少しばかりの日が経って、自分は未だに[ターリア]の住む修道院に部屋を間借りして生活をしている。


この日も自分が四苦八苦して作った大して美味(うま)くもないスープを分け合ってから、食べ終えて(しばら)くしたのちに軽く身なりを整え修道院を抜け出す事にした。


[ターリア]が、心配そうにこちらの様子を(うかが)っていた。


ターリア「[ピノ]、またお出かけするの? もう夜も暗くなってきたのに」


ピノ「うん、少しだけ」


ピノ「[ターリア]は先に寝ていて」


[ターリア]は少し不安げな貌をしている。


ター「......えっと、また戻ってくるのよね...?」


ピノ「少し、出掛けてくるだけだよ」


ピノ「大丈夫、十二時までには戻るから」


ピノ「おやすみ、[ターリア]。」


それで。

修道院を出て、村の山道を下って街まで降りると、街の入り口には馬車が留まっている。

一目では控えめながらも、じっと見ると解る黒を基調としたその装飾の凝り様。


[アリエル]の所有する馬車だ。


召使い「お待ちしておりました。」


あれからずっと、街の入り口には馬車が留まっている。

あの日からずっとだ。


別に毎日来られる訳じゃない。ただ、こうも好意的な待遇をしてもらっているのを知ってしまうと、耐えられずに誘惑に乗っかってしまうのが俺の救えない点である。


それと、招待を断る罪悪感も少しある。


屋敷の庭が見えて来た。


馬車を降りて、召使いに屋敷の中まで案内されてから、僕は()()を独り借りたのち[アリエル]の部屋まで向かった。


アリエル「ごきげんよう。」


[アリエル]がベッドの(ふち)に座って居る。


凛とした貌立ちに、流れる様な髪のその色と、此方(こちら)を見据えるようなその流し目。

蠱惑の誘いである。


俺は彼女の向かいに()る丸椅子に座った。


あれからずっと、こんな事をしている。

最悪であるが、自分は誘惑に耐えられなかったのだ。

逆に言えば()(ばち)になっているとも言える。


それで、再び会いに行くなどしてしまったのだ。


アリ「[ピノ]さん」


また[アリエル]は僕の背後に歩み寄って居た。彼女は後ろで、僕の髪を()()ける仕草をしている。うなじがくすぐったかった。


アリ「さみしかった。しばらく来てくれなかったから」


ピノ「...済まない」


アリ「良いの、来てくれたから」


ピノ「......ひァっ?!」


そう言い終えると彼女が少しだけ、僕の耳の後ろを指でなぞった。


アリ「...うふふ! 踏む方がお好きだなんて、最初に(おっしゃ)っていたのに」


アリ「苦手なところ、見つけてしまったかしら」


ピノ「...いや、苦手なんかじゃないよ」


アリ「......アハハっ! 貴方、おもしろいお人。」


結局、この屋敷に来る度に俺は彼女に遊ばれている。彼女が僕を手玉に取るのが得意なものだから、どうも仕返しする気に成れなかったのだ。


アリ「あのとき」


アリ「()()()また次の機会に、だなんて言っておいて」


アリ「結局また私ばかり遊んでしまったわね」


ピノ「良いよ、遊ばれるのも(たの)しいから」


アリ「でもそれじゃ不平等よ、きっと」


ピノ「なら、なにかお返しがほしいな」


アリ「うふふ、ほら、やっぱり。」


彼女がまたベッドの縁へ座った。


アリ「じゃあ」


アリ「今度は御好(おす)きにどうぞ?」


ベッドに仰向けに寝そべる[アリエル]が、縁から放り出した脚を上げて此方を手招いている。

...脚招(あしまね)いていると言った方が適切だろうか。

なんて。


気が付けば私はその脚に釘付けだった。


良い様にするのも悪い様にされるのも、その何方(どちら)もが心地良い。泥濘(ぬかるみ)に足をとられるのが余りにも気分が良くて、その華奢な身体(からだ)のやたらな豊かさが、天多(あまた)の地母よりも豊かに見えて仕方がなかった。



それからまた、その(のち)の暫くを経て。


寝そべる僕の胸に項垂(うなだ)れている彼女の、後ろ髪を手のひらで更に少しだけ、俺の胸元へ押した。


彼女の口元が(ほころ)んだ気がする。


アリ「[ピノ]さん、汗の匂い」


ピノ「うん、君も」


アリ「すうぅ。」


なんて心地良いんだろう。

この時間が永遠と続けばいいのに。


気が付けば、十二時が近かった。


ピノ「...あ。もうじき十二時を過ぎる」


ピノ「もう、帰らないと」


もう帰らなければならなかった。

[アリエル]が怪訝な表情をして居る。


アリ「......[ピノ]さん。如何(どう)してそんなに十二時(それ)が気になるの?」


実際如何してそんな事を気にし出したのか。


ピノ「え、如何してって」


一夜で魔法が解ける訳でも無いだろうに。

何だか、約束を破ると魔法が解けてしまう気がして。


実際にあの子と約束を交わしたわけでも無い。

俺が勝手に思っているだけなのに、そんな思い込みに妙に()かされた。


アリ「どうしたの、そんな間の抜けた貌して。まるでくるみ割り人形みたい」


[アリエル]が困った貌をして嘲笑(ちょうしょう)をしている。

嘲笑(あざわら)われるほどだなんて、一体僕はどれほど間抜けな貌をしていたものだろうか。


そんな事を考えていると。

そんな中、ふと些細(ささい)な疑問が頭に湧いた。


その些細な疑問に、自分の脳内は妙に強く支配されてしまった。


ピノ「そういえば」


ピノ「俺の(かお)って、どんな(かお)だったっけ」


アリ「......アハハっ!? なにそれ!」


[アリエル]は僕の()頓狂(とんきょう)な態度に思わず吹き出してしまった様だ。彼女のした困り顔まで消え失せる程だ。


アリ「自分の貌すら忘れてしまっていたの? まさかそんなに深刻な人だったなんて」


アリ「それとも、なんでも記憶喪失のせいにして、(とぼ)けるつもりかしら」


ピノ「そんなんじゃないよ、気を損ねてしまったのなら謝る」


アリ「ウフ、嘘だって。冗談よ」


彼女が脚を組み直した。

僕の間抜けな面に気を良くしてくれた様だ。気を良くした彼女は、部屋のとある方を(ゆび)()していた。


アリ「そんなに自分の貌を思い出したいなら、鏡でも見れば良いじゃない。」


アリ「鏡、そこにあるわよ」


[アリエル]の指差す方に、大きな鏡がある。


そう言えば、湯浴みの時もこれまで一度も鏡を見ようとした事はなかった。揺れる水面に気を取られる様な事さえも無かった。


今までどうして自分の顔すら見ようとしなかったのか。

鏡。鏡を見た。



木彫りの人形だった。


人形だったのだ。実際に鏡にうつった自分の顔は、木彫りの様相をしていた。木目の浮かんだ丸い輪郭に、顎元(あごもと)に口の形だけが雑に彫られている。他には何の部位も付いていなかった。


覗いた口の中までもが木目でびっしりだった。そんな口元が、喋る度にうねうねとしている。

気持ちが悪かった。


何だこれは。

()れが今の自分?

これじゃまるでのっぺら(ぼう)じゃないか。


アリ「ね、なかなか男前でしょう?」


彼女はそう笑っていた。冗談で、当たり前の事を笑っているかの様だ。


聞けやしなかった。再び彼女に対して、自分の(かお)は今どんな(かお)をしているのかなど、そんな質問は恐ろしくて聞けやしなかったのだ。


彼女が再び、こちらに歩みを寄せてくる。


自分は鏡の前に(おお)(かぶ)さった。


アリ「? どうしたの?」


ピノ「いや、何でもないよ。」


アリ「何でもないって、そんな様相じゃないわ」


ピノ「本当に、何も無いんだ。さあ、さっきの続きをしよう。」


もし鏡に写るの自分の姿を、彼女が見たりしたらどうなるものか。

無理矢理にでも言葉を()(つくろ)って彼女を鏡から引き剥がしたが、果たしてその必要があったのだろうか。


魔女『お前さんを見た者の魔法を解きたければ』


あの時の、その言葉の先が思い出せない。

それが思い出せないのが怖くて、それで彼女を鏡から引き剥がしてしまったが、果たして鏡に写る自分(それ)を隠す必要は有ったのだろうか?


でも怖くて確認など出来なかったのだ。


アリ「なに(おび)えてるの? ほら」


ぎょっとしてしまった。

彼女が手鏡を差し出していた。


アリ「ホラ。綺麗な貌じゃない」


手鏡には、木彫りの人形と彼女が一緒に映って居た。




いつもの場所で馬車を降りて[アリエル]の屋敷から帰る最中、自分は開き直って考え直していた。


何をそんなに怯えていたのかと。


[美貌(チャーム)の魔術]。


あの魔女の掛けた魔術、今の自分の顔が、きっとその魔術の正体なのだろう。

木彫りの人形の、彫られていない(かお)のままなら、きっとどんな(かお)にでも彫り替えられる。


相手の望むままに貌を彫り替えている。そう見える魔法の顔。

そう、シンデレラだって魔法で姿を変え()()ていたじゃないか。それだけの事なんだと思った。


魔法はいつも解ける要因がある。

彼女(アリエル)が手鏡を差し出してきたとき、自分は彼女に掛かったその()()が解けてしまうのだと思った。でも別に、鏡に自分の貌が映ったとて何も問題など無かった。自分の顔を失う事に怯え過ぎていたのだ。

魔法なんてそんな簡単に解けるものでも無いのではないだろうか?


いや、別に魔法なんて解けたとて良かったんだ。だって、今の自分なんてのは(ただ)の世捨て人と何も違いは無いのだから。

怯えられて今いる場所を失ったとて、また元の根無草に戻るだけだろう。


この時は、そう開き直っていた。そう思い込むほか無かったのだ。


忘れよう。元の自分の事も、魔法の事も。

怯えていても仕方のない事だけは、きっとそうに違いない。


そう言い聞かせて帰路に着いた。


登場キャラ一覧

・ピノ 魔女から魔法を授かった青年。その顔は誰にも知られていない。基本的に屑。

・ターリア ピノを拾い修道院に匿った健やかな女性。ハーフアップ入りの栗色の長髪をして、修道服を着ている。不憫。

・アリエル ピノを屋敷に呼び連れ誘惑する妖艶な少女。軽げなゴシックドレスを着て、ボリュームのある短いツインテールをしている。不憫。

・魔女 性別すらも判らないお喋りな魔女。ピノに魔法を授けた。やたらと不審。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ