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偶像世界でべしょりんは凛と生きる。  作者: 吉津部 四嘘


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12/12

Record11:ジョーカーは鏡に映らない。

 時は放課後、夕暮れに差し掛かる締め切った窓の外側。この遮断されている長閑(のどか)な空気をめいっぱい吸い込んでみたりでもすれば皆穏やかに過ごせるのではないだろうか。


「俺と一つ勝負しようぜ、会長さんよォ。アンタのトコのセンセイさん賭けてなァ!」


 特に目の前の血気盛んなこの男には是非とも穏やかになっていただきたい。

 意気揚々と宣戦布告をしたのは、博打部設立のため顧問となる先生を探す博打同好会会長、キサト。

 場の空気がキサトのものになりそうな雰囲気の中、別所だけは普段と変わらぬ明るく能天気に話す。


「んーと、そっちが何を賭けるかによるかなぁ」


「えっ?」


 足立先生が不意を突かれたような声を上げる。まさか別所に賭けに乗るその意志があるなどとは微塵も思ってもいなかったのだろう。そして何より、自分の意思とは関係なく、勝手に賭けの材料にされようとしているその事実に呆気にとられる他なかったのだ。


「あーっと、そうだな。じゃあこの俺が何でも一つ命令をきいてや……」


「いらないかな。みんなアタシの頼みなら大抵聞いてくれるし」


 玉砕した。ショックのあまりキサトが固まってしまっている。

 まあショックを受けるのは仕方ない。実質的には、わざわざおまえじゃなくていい、代わりはいる──言いようによっては振られたのと同義だ。


 そもそも別所が持っていない、欲するものなんてそうそう見つからないだろう。なんでも手にするだけの力はあるし、欲しいと言えば誰かが駆けてくる、そんな人生を送っているやつなのだから。


「じゃあ、食堂の無料券を五、いや十枚……」


「いらないや。生徒会役員は元々食堂をタダで使えるからね。それは自分で使うといいよ」


 またしても。大人しく諦めた方がいいと思うぞ。


「それなら、かの征天(せいてん)高校に属する、全国学力模試一位常連の諏訪仁己理(すわにこり)が作成した数学ノートを」


「えーっと、いら、ない、ね……」


 ことごとく却下される提案に、キサトの心が折れかける。意気揚々と勝負を挑んでいたというのに、出鼻をくじかれた気分だろう。


「クソ、無理じゃねェか! ンならセンセイ、欲しいものとかねェのか!?」


「え? そ、そうですね……あっ、没頭出来る趣味が欲しいです」


「そういうのじゃねェだろ!?」


 折角足立先生に狙いを変えたのに、これか。なんというか、見てられない。

 前髪をわしわしと握るキサトは必死に考えを巡らせているようで、目を鬼のように見開いている。


「そもそも、博打は法で禁止されていますよ。顧問が見つかったとしても許可は下ろせません」


 足立先生が今更ながら真っ当に部の存在そのものについて否定する。


「大丈夫だよあだっち。博打同好会はあくまでも麻雀とかポーカーとか、賭け事で行われるゲームを楽しむ同好会だからね」


「ですが現に食券などを賭けようとしました。これはれっきとした賭博です」


「まあそれは本当に言い逃れできないなぁ……やっぱりこの話は無かったことに……」


「おいおいおい待て待ってくれ! それは未遂だろ、未遂。実際に賭けちゃいねェよ!」


 あーもう、グダグダだ。もう現金とか賭けてない限りは大目に見てやってくれとさえ思ってきたぞ。


「じゃあこうだ。俺は勝負に付き合ってくれたらその礼として──そうだな、センセイの望みを叶えられそうなアイテムをやろう。まあ機嫌次第ではやらない場合もあるかもしれねェけどな」


 キサトがややこしいことを言い出した。


「──この場合はどうなるんですか?」


「もし、それがお礼として渡されるなら賭博じゃなくて贈与に当たるハズだから多分大丈夫。負けたらあげる、って言ってるわけじゃないからね」


 物は言いようだな、本当に。俺はキサトがテーブルの下で小さくガッツポーズをしたのを見逃さなかったぞ。


「というわけでいいよ! その勝負乗ったっ!」


「え!?」


「別所さん!?」


 勝手に承諾しやがった。俺までびっくりした。


「そうこなくっちゃなァ」


 キサトはテーブル上のトランプをシャッフルし始める。


「駄目です、私はその勝負に乗りませんよ!?」


「いいや、センセイにはわりィが、一度乗った勝負から降りるってのは負けと同義だ。降りるんなら当然その代償は支払ってもらうからなァ?」


 なんか、急に博打とか賭けとかそういう言葉を使わなくなったな。どうせ博打だろうとなんだろうと、ここから漏れ出すことはないのに、お互い無駄に必死だ。


「そんな……」


「心配しないで。アタシ、負けないから!」


 別所は得意げに親指を立てる。そういう問題じゃないだろ。

 仮にも相手の得意分野(フィールド)で戦うわけで。いくら別所がなんでも簡単にこなすやつとはいえ不安だ。


「対戦ルールは俺が決めるぜ。まァ会長さんはそんな小せェこと気にしねェよな?」


「当然っ!」


 気にしろ。

 トントン拍子にキサト有利に事が進んでいく。足立先生としちゃ気が気でないだろう。堅物ぶった姿勢の割には目が泳いでいる。

 キサトはテーブル上に等間隔に裏向きでトランプを並べる。


「で、なにするの? 神経衰弱?」


「そんなガキの遊びじゃねェ。今からやるのは『フラウドポーカー』だ。一回しか説明しねェからよく聞いとけ」


 安直なネーミングだ。フラウド、英語で『詐欺』とか『不正』とかいう意味合いだ。多分雑に翻訳して名付けたのだろう。


「まず互いに二〇ポイントを持ったところからスタートだ。赤いチップが一枚で一ポイントな」


 別所の前に大量のチップがばら撒かれる。それを別所はかき集め、十枚の束二つに分け整列させた。


「次に親の設定だ。基本的に交互に行う。親は賭けるポイントを自由に設定出来るが──設定するのはカードを引く前だ。そして基本的に上乗せはない。その回の賭け額は固定だ」


 既に俺の知るポーカーとは随分と違う。まあそれは並べられたトランプからもわかることではあった。


「次に親からカードを五枚引いていく。ただし、引くのは山札からじゃなく、この裏向きのカードからだ。自由に引くカードを選んでいい」


「つまり運とはいえ、カードの分配にプレイヤーの意思が介入するわけか」


「あァそうだ。親が引き終われば次は子が引く。引き終わったらカードの交換フェーズはない。そのままお互い手札を開示。あとは本来のポーカーの役を参考に勝敗を決めるだけだ。それを四ラウンド繰り返す。どうだ、シンプルだろ」


 ああ、シンプルだ。シンプルすぎる。故に、運だけに身を任せるクソゲーだ。

 手札の交換すら認められないのなら、大抵は役無しになるだろう。あったとしてワンペア。奇跡的に噛み合ったとしてツーペアが関の山だ。


「まさか、ルールはそれだけなんて事ないでしょ?」


「当然。このゲームの最大の特徴はイカサマがルールで許可されていることにある。いかなる不正行為も相手にバレなきゃセーフだ。相手に指摘されれば、イカサマをした側が賭け額に関わらず七ポイントを支払い、その回の勝負は行わず終了だ。だが、イカサマの指摘はイカサマが行われてからカードの開示までの間のみ受け付ける。当たり前だが間違った指摘にはペナルティで、三ポイントの支払いが課せられる。そして勝負後の指摘は双方共に無効だ」


 長ったらしい説明をどうも。

 なるほど、よってフラウドポーカーか。しかし、肝心のイカサマについてのルールが中々酷い。要はカードを開示してからおかしいと思ってもその時には手遅れなのだ。結果を見る前にイカサマをしているかどうかの判断をする必要があるということだ。


「更にもう二つほどルールがあってなァ。一つ、一度使ったカードは場から除外し、次の回では使わない。二つ、ジョーカーが手札にある場合、無条件で勝利。以上だ」


「とって付けたように説明する割には重要な要素だな。要はジョーカーをいかに引き当てるかのゲームになるんじゃないのか、それ」


 よく見ればカードの並びが六×九になっているため、全部で五十四枚あることがわかる。


「どうだろうなァ。そこはやってみればわかンだろ」


 なんだか白々しいな。当然こんなルールがあるということは何か考えてのことなのだろうが。


「とりあえずルールはわかった! さっそく始めよっか!」


 別所は何故か足立先生の膝の上に着座し直し、まるで先生の胸をクッションかのように背を預ける。スーツが皺にならなきゃいいが。


「あ、ちょっと待て。よく考えりゃァセンセイを賭けてンのにセンセイは見てるだけってのはちょっとねェよな。そっちはセンセイと会長さん、二人交互にプレイするってのはどうだ」


「……私、ポーカーをしたことがないもので、ルールがよくわからなかったのですが」


 キサトの指摘は一利ある。一利はあるが、生徒会側としては別所のプレイが減るというのはそれだけで不利に働きかねない。足立先生には悪いが、どう考えたって先生よりも別所の方が早くこのルールに適応出来るだろう。


「いやー、二人交互ってのはナシかな」


 別所も俺と同様に先生を含めるのはリスクだと判断したらしい。合理的だ。


「二人交互じゃなくて、明桜くんも入れて三人でローテーションでいいよね!」


 きらきらと少女漫画でも見ないような華やかな笑顔で俺に呼びかけた。ああ、見える。別所の頭の上辺りに『べしょりーん』って感じのオノマトペが。


「やっぱり俺かよ」


 正直心のどこかで巻き込まれる気はしていた。面倒事ではあるが、ただ傍観しているのもつまらない、なんて思いもどこかにはあった気がする。


「まァ、俺としちゃァ別にいいぜ。誰が先鋒かだけキチンと決めておきな」


 キサトはどこか言葉尻が上がって嬉しそうだ。別所の手番が減ることが自身に有利になると理解しているのだろう。まったく、俺も舐められたものだ。


「じゃあ、あだっちが最初でいい? その次は明桜くんね。で、最後がアタシ、おっけー?」


 どうせ俺に選択権など与えやしないくせに聞くのか。


「はいはい、オッケーオッケー。別所のやりたいようにしろ」


「はい決定! じゃあ早速やろ!」


「別所さん、その前に……」


 足立先生が気まずそうに、別所を両脇から持ち上げて、優しく膝から下ろした。


「……そろそろ始めていいか?」


 ペースが生徒会側に片寄ったな。キサトの表情がその証拠だ。


 紆余曲折、この後も無駄な下りを数回繰り返した後、ようやく生徒会VS博打同好会の戦いの火蓋が切って落とされた。


 まず第一ラウンド。足立先生とキサトの対面。


「初めの親は譲ってやるよ。いくらでも自由に賭けなァ。別に全賭け(オールイン)してもいいんだぜ?」


 余裕綽々に先生を煽る。


「では、そうですね。初めはいっぱいありますから……」


 足立先生はあろうことか、二〇枚のうち一五枚ものチップを場に差し出した。


「先生!?」


「あだっち!?」


 これには別所も動揺を隠し切れない。キサトが何を仕込んでいるのか分からない段階で足立先生を初手に置いたのは完全に采配ミスだ。まさか足立先生がこんなにも好戦的な賭け方をするとは予想出来なかったというのもあるが。


「へェ。中々見所があるなァセンセイ。俺よかよっぽど博打に向いてンじゃねェの?」


 キサトも同様に一五枚のチップを場に差し出す。


「まさか。先生がギャンブルなんてしていては生徒に示しがつきませんよ」


 足立先生は最も手前側のカード五枚を手に取った。特に考えることもなく、という感じだ。


「……マジかよ」


 そう呟いた後に、キサトが端から五枚を迷わず取った。


「さァ、オープンだ」


 キサトはカードをすり替える間もなく即時手札を開示した。

 キサトの手札には、ジョーカー。

 足立先生の手札にも、ジョーカー。


「……別所、これはどう思う」


 俺にはとても偶然には思えないのだが。


「十中八九イカサマだね。さしずめ、あだっちがたまたまジョーカーを引いたのに気付いて仕方なくジョーカーで対抗したってところだね」


 別所は二枚のジョーカーを卓から拾い上げ、その裏側を凝視する。


「うーん、(フチ)に不自然な光沢があるね。これは……除光液とかかな?」


 別所の持つカードの横は微かではあるものの、確かにツヤツヤとした輝きを持って、照明の光を反射していた。違和感は確実にあるが、バラで配置されている状態では、相当注意して見ないと気付かない。

 これがマークドってやつか。しかしまあ予測出来た事態ではある。なんせキサトがこのトランプを持ってきて、キサトがルールを決めて、キサトが並べたんだ。怪しいどころの話ではない。


「あァ正解だ。その二枚は俺が印を付けた。まァ今更指摘したところで一ラウンド目は終了済みだから意味はねェけどな」


 もしや、クソゲーなのでは。始める前からわかっていたことだが、全てがキサト有利のルールだ。

 イカサマは普通仕込むタイミングが一番暴きやすい。でもタネが事前に仕込まれているんじゃ見破れるモノも見破れない。


「ジョーカーは無条件に勝利っつー制定だから、今回は引き分けだ。チップの移動もナシだ」


 ジョーカー以外のカードを見ると、足立先生が六のワンペアを成立させており、強いて言うのなら先生の勝利だろうが──その辺のルールを先に決めておかなかった俺が悪い。


「んで、どうするんだ。このトランプでゲームを続けるのは何かと不安なんだが」


「うーん、見たところ他のカードに変なところは無さそうだけどね。カード自体にはもう細工は無いんじゃないかな?」


 そりゃ、見ただけで簡単にわかる細工なんてするはずないだろう。いや、あるいは別所なら見破るのか?


「アタシならジョーカー二枚だけに仕込むよ。最低のリスクで、かつ先行後攻関係無しに勝てる仕込み方だもん」


 別所の言葉で俺もその事実を理解した。確かに、イカサマがバレさえしなければ高確率で相手のポイントを根絶やしに出来る。まあ、バレた訳だが。


「会長サン大正解。お察しの通りマークドカードはその二枚だけだ。他のカードの所在は俺にもわかんねェよ」


 キサトはその企みを暴かれた割には動揺も焦りも一切見せず、依然として堂々とした立ち振る舞いを保っている。それが逆に警戒心を逆撫でするのだが。


「別所さんの言っていることが先生にはわからないんですが……」


 足立先生だけはその理由をよくわかっていないらしい。仕方ない、俺が優しく教えてあげよう。


「まず、キサトが親の場合の話をしましょう。キサトが親の場合、自身で掛ける額を設定した後先にカードを引くことが出来ます。なので初めからオールインして、五枚のカードを引く中で印を付けたジョーカーを二枚とも引いてしまえば一ラウンド目で完封できます」


 もっとも、この方法は偶然を装うのが難しい。いきなりオールインした時点で「私は今からイカサマをします」と宣言しているようなものだ。


「先生が親の場合だと先生が先に五枚のカードを引いて、その次にキサトが事前に把握したジョーカーを含めた五枚を引きます。今やった流れですね。その初めの手番でもし先生がジョーカーを引けていなかったとしたら、当然キサトが勝ちますよね」


 先生は大きく頷く。 

 実際、ここまでは確率的にも偶然で処理出来てしまう範疇だ。


「そして二ラウンド目、キサトが親で始まります。この時点でキサトは俺達よりもチップを多く持った状態で、自由に賭け額を設定出来て、カードを先に引ける上場にあるジョーカーがどれかわかるという状態です。そしてルール上俺達は勝負から降りることも出来ません。するとどうなるかわかりますよね?」


 そこには約束された敗北しかない。

 一ラウンド目に親が最低一枚のジョーカーを引く確率は、余事象から計算して約十八パーセント、ってところか。イカサマを看破されなければ約八十二パーセントでキサトの勝てる勝負だったということだ。


「……あまりこういうやり方は感心しません。いずれ友人を失いますよ」


「ご忠告ドーモ。でもよォ、一度決めたルールに対して後からグチグチ言う方がよっぽど嫌われると思うけどなァ。見ろよ、他二人は納得して文句の一つも垂れてねェぜ?」


 いや、俺は文句しかないけどな。こんな馬鹿な勝負に乗ったのはこちら側だから、言うに言えないだけだ。


「それ、先生を馬鹿にしています?」


「馬鹿にはしてないぜ。小馬鹿にしてンだ」


 キサトが軽々しく煽る度に足立先生はムッとした表情をするが、怒り慣れてはいないのかイマイチ気迫が足りない。


「さァ、二ラウンド目といこうじゃねェか。次は会長サンか? それとも副会長サンか?」


「それなら俺が先にいってもいいか?」


 俺は別所の意見を待たずに先生の隣、勝負の席に着いた。なんといっても、俺は責任を取りたくはない。さっさと自分の出番は終わらせて後のことは別所に任せようという算段だ。


「明桜くん、油断しないでね!」


 余計なお世話だ。


「俺が親だよなァ。賭け額は──今が七時だから、七枚でいいかァ」


 キサトがばらばらと目の前に七枚のチップをばら撒く。


 いや待て、もう七時か?

 いくらなんでもまだ六時半くらいじゃないか。そう思い真後ろ、会長席の背の方の壁に掛けられた時計を振り返り確認する。同様に別所も後ろを向いて確認するが、時計の針はまだ六時前を示していた。


「さァ、次は副会長サンが引く番だぜ」


「えっ……」


 あ、しまった。時既に遅し。キサトがカードを引く瞬間を見逃した。

 ものの十秒弱。しかしその僅かな時間が命取りである。誰の目も届かない自由な時間を与えてしまった。


「ちょっと明桜くん、何やってるの!?」


「うっ、うるさい! あんなもん誰でも時計見ちまうだろ!?」


 油断。別所の忠告も意味を成すことなく、単純なミスをしでかした。その上意味も威厳もない言い訳がついて出る始末。

 いや、まだだ。もう一人頼みの綱がいる。


「……足立先生は見てましたか」


「……何をですか」


 真剣な眼差しで質問が返却された。

 うーん、駄目そう。

 仕方ない、何もしていないことを祈る他ないか。


 半ば諦めつつ、何となく目に付いた五枚のカードを捲り手に取る。


 スペードの9から(キング)のストレートフラッシュ。

 何たる僥倖。やはり普段の行いの良さがこういう結果を引き出すのだ。

 使用済みのカードから逆算するに、ロイヤルストレートフラッシュは成立し得ない。これなら勝てる。


「ふっ……」


 僥倖とも呼ぶべきそれに思わず笑みが零れてしまう。


「自信たっぷりって感じだなァ。でもなァ、慢心は博打師を酔わせるんだぜ」


「どっちがだよ。ほら、オープンだ」


 俺は自信満々にカードを机に広げた。負けようの無い勝負にドキドキも何もない。あるのは愉悦だけだ。


「へェ、強いなァ。まァ、俺の勝ちだけどなァ」


「あ?」


 キサトの手札は──ジョーカーが五枚。


 なんだ、これ。


「なんなんだよこのゲーム!」


「これは酷いね……」


 なんでもありかよ。


「すげェな。俺ってツイてるなァ」


「こんなもん無効だろ!」


「いやいや、俺ァ一度たりともジョーカーは二枚だけなんて言ってねェしなァ。違うかァ?」


「……っ!」


 場にあるチップをキサトに押し付けるように滑らせる。


「いやァ、副会長サンがこんなに鈍感だとは思わなかったなァ。どうせならオールインしておくんだったぜ、チキったァ」


「もう明桜くんってば、イマドキ鈍感系男子はウケが悪いんだよ?」


 簡単に騙された俺が悪いのかもしれないが、別所は本当にうるさい。

 別所が使用済みカードの山の中からハートの4のカードを取り出し、爪をカリカリと引っ掛ける。

 表面を剥がして出てきた絵柄はジョーカー。


「ほら見て。全部のカードにステッカーが貼り付けられてる。実質どれを引いてもジョーカーになってるんだよ」


「会長サンまたしても正解。プレイヤーですら気付かないのによく見てるなァ」


「ふふーん、アタシってば鋭い女の子だからね!」


「そうだなァ、副会長サンと違ってなァ!」


 二人して高らかに笑う。俺を嘲るかのように。別所はどっちの味方だよ。


「でも、これ以降のジョーカーはお互い無効ね。正直ゲームとして面白みに欠けるもん」


「あァ、それでいいぜ。似たようなタネを擦ってもシラケるだけだもんなァ」


 マジシャン気取りかよこいつは。何はともあれ、ビックリドッキリジョーカーパラダイスは無事終演を迎えたわけだ。


「はいはい、どいたどいた! 次はアタシの番ね!」


「それなら先生が立つのでこちらに座っていいですよ」


「やったぁ! あだっちありがとっ!」


 別所は足立先生と交代で座ると、脈絡なく俺に寄りかかってピッタリとくっつく。


「狭い。こっちに寄るな暑苦しい」


「嬉しいくせに、強がっちゃって〜」


 やめろ、本当に。

 この高校において別所に執心の男は少なくないのだ。キサトは多分そういうタイプじゃないように思えるが──いや、とんでもなく物騒な形相でこちらを睨んでいる。全然アウト。


「俺に構ってる暇があったらさっさとチップを賭けろ。相手を待たせてやるな」


 俺はそう言いつつ、まとわりつく別所のか細い手を取り、剥がす。()()()()()(ひそ)かに握らせて。


「んもー、アタシをこんなにぞんざいに扱うの、明桜くんくらいだよ?」


 別所はムスッとした表情を浮かべながらも、場にあるチップを真っ直ぐに、全て積み重ねる。


「じゃ、アタシのチップを全て賭ける。大勝負の時間だよ」


 オールイン。

 ()()このラウンドにおいては賭ける枚数自体にほとんど意味は無い。俺達生徒会がこの勝負に勝つにはこの三ラウンド目と次の四ラウンド目に勝つことが絶対条件である。


 このちっぽけなチップの塔に足立先生の運命がかかっている。別に俺はどういう結果に転ぼうと大して影響は受けないだろうが、背後から貫くような足立先生の真剣な眼差しが不必要なまでの緊張を生み出す。


「ここが正念場ってわけかァ。いいじゃねェか、血が煮えたぎってきたぜ。えーっと? 確か、十三枚だよなァ」


「そうやって一個ずつ数えなくても、アタシが出したチップに高さを合わせれば同じだけになるよ?」


 ちまちまと場に出すチップを数えるキサトを急かすように別所が口を出す。


「……おォ、そうだなァ」


 キサトはどこかむず痒そうに口ごもりながら、言う通りにチップを積み上げた。


「ねぇ、知ってた? アタシって、透視能力なんか持ってたりして」


 別所はノータイムで五枚のカードを選び、その場でカードを開示してみせた。


(エース)のフォーカードね。残りのカードで作れる最強の手。どう? この手、超えられそう?」


 別所は天性の華やかな笑顔でキサトを見つめて──



 あ。まただ。また、この感覚。



 一見媚びるようにも見えたその横顔は、どこか凛として。触れると透けて消えてしまいそうなその肌に、瞬きの度閉じ込められてしまいそうなその瞳に、三日月の弧を象ったようなその薄い唇に。


 モナリザのような神秘を抱えて、彼女はまたしても俺の隣にいる。


 刹那、息を吸うことも、吐くことも、一切の全てを忘れてしまう瞬間が。



「──っはっ!?」


「ひっ!?」


 ようやく、我に返る。勝手に飛び出した声に足立先生が大きく驚く。


「ど、どうしたの? 急におっきな声出して?」


 別所が心配そうに俺の顔を下から覗き込む。


「……別に。ちょっと眠気がきただけだ」


「えー、眠気? 今?」


 別所の冷たい目線が俺の頬を突っつく。

 こいつの前では余計なことを言うものじゃない。


「さ、早く引いちゃっていいよ! あ、先に言っておくね、アタシはイカサマを見ても指摘はしない。勝つなら指摘しない方がお得だからね!」


 突然、別所があまりにも素っ頓狂なことを言い出す。いや、言っていること自体は間違ってはいないのだが──イカサマを黙認することを宣言してどうする。勝てるものも勝てない。


「……やってくれたなァ、会長サン」


 だが意外にもキサトは冷や汗を垂らした。


「……なんのことかなぁ? アタシはただ()()()()()()()()()()を集めただけだよ?」


 別所の手には五枚のカード。ハートのロイヤルストレートフラッシュが揃っている。

 俺には何が起こっているのかよくわかっていない。どういう理屈で別所がフォーカードを引き当てたのかもわからない。

 ただ、別所がとても有利な状況にあることはよくわかる。


()()()しないよ、()()()、ね?」


 まさか。まさかとは思うが、別所はキサトのイカサマを未然に防いだのだ。ハートのロイヤルストレートフラッシュは、キサトがどこかに仕込んでいたカードをくすねたということだろう。


「……やっぱ会長サンには敵わねェか」


 キサトはヤケクソ気味に手前の五枚のカードを順に表に向けていく。役無し(ブタ)だ。


「わーい、総取りーっ!」


 別所は場のチップを両腕で懐に寄せる。塔が音を立てて崩れていく。


「まァいい。次の勝負さえ勝てばどうにかなるからなァ」


「じゃ、最終戦は明桜くんね。よろしく!」


「ここで俺かよ。ま、ここまでお膳立てされちゃあな」


 別所からのバトンは渡された。

 あとは簡単なお仕事だ。


 キサトは残ったチップの全てを威嚇するように机へと叩きつけた。


「残った十四枚、オールインだ。俺も男を見せてやるよ」


「息巻いてるところ悪いんだけどな、二枚ほど足りないみたいだぞ」


「……あァ?」


 キサトは落ち着いて持っているチップの枚数を数え直す。


「なんだァ、十二枚しかねェ。二ラウンド目で七枚増えて、三ラウンド目で十三枚減ったんだよなァ……?」


「その二ラウンド目で七枚増えたってのが勘違いだな。あの時の賭け額は確かに七枚だったが──受け取ったチップの枚数はちゃんと数えていたのか?」


 二ラウンド目に負けた時、俺は場のチップを全てキサトへ受け渡すフリをして、そのうち一枚を手のひらの内に隠した。そして三ラウンド目が始まる前にこっそり別所に手渡したのだ。

 その後別所はチップの数を誤魔化したことがバレないように上手くオールインした。賭けるチップを数ではなく高さで揃えるように言ったのもそのためだ。


「おい待て、そりゃナシだろォ!? イカサマってのはあくまでゲーム内で行うモンで──」


「おいおい、自分がしたなら『文句を言うな』、相手にされたら『ルール違反だ』って? それはちょっと通らないんじゃねえか?」


 キサトには足立先生を馬鹿に──いや、小馬鹿にした前科がある。だからこそこの言葉は耳が痛いはずだ。


「……まァいい。どうせこの回で勝てば関係ねェんだ。認めるぜ」


「おおそうか、認めるのか。ありがとよ」


 本来、前回三ラウンド目においては賭ける枚数自体にほとんど意味は無いはずだった。そう、本来は。しかし特定の条件下においては別所のオールインが大きな意味を成す。


 俺は別所の手から五枚のカードを受け取る。


「……? なにしてンだァ?」


「なにって、俺の手札を準備してるんだが」


 受け取ったのは別所がキサトからくすねた、ハートのロイヤルストレートフラッシュが成立する五枚のカード。これを使えば負けようがない。


「そんな堂々とイカサマを──」


 キサトが言いかけるも、言葉を喉に詰まらせる。気付いたのだ、このプラウドポーカーというゲームのルールにおける最大の欠陥に。


「指摘出来ないよな、おまえには。指摘した時点でおまえの敗北が確定するからな」


 このゲームの欠陥、それはイカサマを指摘された際に移動される点数が固定であること、そしてその時点でラウンドが終了することだ。

 例えばその時点での持ち点の半分だとか、せめて一〇ポイントの移動であったりでもしたら変わったのだろう。だが、移動される点数は七ポイント固定。つまり、最終ラウンドにて勝利に必要なポイントが七ポイントを超える場合、相手のイカサマを指摘出来ないのだ。

 俺達生徒会の現持ち点は二八ポイントで、キサトの持ち点が一二ポイント。キサトはこのイカサマを指摘して七ポイントを得たところで意味は無い。かといって最強のジョーカーが封じられた今ロイヤルストレートフラッシュに勝る手も無い。キサトの逆転の目は消えた。


「さあどうするキサトくんよ。俺とこのまま勝ち目のない勝負を続けるか?」


 キサトはぎりぎりと歯を食いしばりながら行く宛てもない力で腕を握りしめた。


「ぎィっ……クソ……負けでいい……」


「なんだって? よく聞こえないな」


「鏡谷くん、意地が悪いですよ」


 足立先生が俺の肩を叩くが気にしない。

 なにが『負けでいい』だ。俺の維持の悪さよりもキサトの往生際の悪さの方がよっぽどのものだろう。ちゃんと言わせてやるべきだ。


「あ゛ーっ、わかった!!!! 負けたっ! 俺の負けだっ!」


 生徒会室にその無様な敗北宣言が響いた。キサトは両手で暑苦しく伸びた髪を掻き回し、どうしようもなく喚いた。

 やはり態度のデカいやつにはしっかりわからせてやらなければな。


「さ、負けたんだから置くもん置いて帰れ。良い子も悪い子も帰宅の時間だ」


「少なくともアタシには明桜くんが悪い子に見えるなぁ!?」


 別所の言葉など耳を傾けるまでもない。とにかく俺 は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()キサトの手から渡されるはずの何かを催促する。


「……言っておくがなァ、これはあくまでもセンセイ用の景品だからなァ」


 キサト心底嫌そうに厚みのない茶封筒を一袋、懐から俺の手元に差し出した。


「……なんだこれ、現金?」


「ちげェよ。まァ少なくとも副会長サンには一銭の価値もねェものだ」


 無意味に俺の手を介してその封筒は足立先生の手に渡る。足立先生はまだ胸を撫で下ろす思いが落ち着いておらず、うわ言でも漏らすかのように反射的に礼を言った。


「んで、俺達には礼はないのか?」


「あァ?」


「いや俺と別所には何か無いのかなと。仮にも勝負を引き受けたのは足立先生だけじゃなく、俺達もだからな」


「ちょっと明桜くん、あんまり搾取するような真似は可哀想だよ」


 キサトを揶揄う俺に対して、別所は良識的な優しさを見せる。まるで俺がいじめっ子みたいじゃないか。


「俺ァ別に可哀想じゃねェよ! わかった、これは大事に持っておけって念を押されてるンだけどなァ……」


 キサトはズボンのピスポケットから長財布を取り出したかと思うと、中から二枚の紙切れを抜き出した。


「おらよ、駅前の映画館のタダ券だ。せいぜい有効活用するんだなァ」


 記された期日は来月の初週まで。当日に好きな映画チケットと交換か。思ったよりも良いものが出てきたな。

 渡された二枚のうち一枚を別所に分け与える。


「おー……催促しておいてなんだが、良いのか? 大事なモノって言ってたが」


「もらったらもらったで不安になるなら初めから言わなきゃいいのに……」


 搾取するなと俺に言ったのは他の誰でもない別所だったはずだが。なにより俺は優しい男を自負している。ちょっとした悪戯心が働くことはあれど、俺の本質は鬼じゃない。


「良いんだよ、どうせ俺ァ使わねェし。それどころか今のうちに手放してェまである。ろくな使い方しねェからな」


 よくわからんが、賭けの対象にするというのはキサトの言うところの()()()使い方なのだろうか。まあ要らないというのなら貰っておくが。


「……アヤシイ」


 別所がキサトに怪訝な目を向ける。何をどう怪しんでいるのか俺には見当もつかないが。

 キサトの事情を怪しんだところで俺達に影響する話でもあるまいし。


 俺がチケットの詳細に目を通していると、何やら廊下が騒がしいことに気が付いた。落ち着きのない足音と、息継ぎの多い何かしらの会話が聞こえる。

 足音は次第に生徒会室に近づいて大きくなる。その会話の内容に耳を澄ますよりも先に生徒会室の扉は開かれることになった。


「あちゃー、やっぱりいたよ!」


「しかも手遅れじゃね、これ」


 いきなり現れた素性の知れぬ男子二人だったが、その視線はキサトに向けられている。落胆する様子を見るに、博打同好会の人間だろうか。


「うげェ……」


 キサトはまずいものを見たかのように明後日の方向に二人から目を逸らす。さぞ勝負に負けたことが後ろめたいのだろう。


「よくきたね! どんな用事かな? 別に用事がなくたってアタシは誰でも歓迎するけどね!」


 別所は相も変わらず笑顔を振り撒く。挨拶すらもない相手によくもまあこんなにも愛想良く対応出来るものだ。俺ですら演じる時は相手を選ぶというのに。


「あっ、べっ、べしょりん! もしかしなくても、キサト(こいつ)との賭けを終えたところです、か……?」


 あだ名呼びという表面的なフランクさとは裏腹にどこかぎこちなさを感じさせる話し方である。しかし、毎度の如く思うがよくもまあこんな小っ恥ずかしいあだ名で人を呼べるもんだ。

 本物のアイドルでもあるまいし。


「うん、そうだよ! そういえば、西宮くんと(あずま)くんも博打同好会のメンバーだったもんね! すっかり忘れてた!」


 別所は舌をチロリと出しウインクしながら自らの頭をコツンと叩く。本当に忘れてたやつの反応か、それは。


 西宮と東。多分名前を耳にしたことはある、気がするが特に印象には残っていない。顔と一致もしない。

 一年の時に体育の授業で会ったような気がしなくもなくもなくもなくもなくもなく──要は他人ってことだ。


 現に、どちらが西宮でどちらが東かわからん。


「俺らの名前、覚えててくれたんですか……じゃなくて! キサト! おまえ一人で突っ走って何やってんだ! 会のみんなで相談したこと忘れたのかよ!」


 もう一人よりほんの少しだけ身長が高いよく喋る方の男子がキサトを強く叱責する。


「勝負を挑むのは()()が、って話だったのに。なーんで先走っちゃうかね、ウチのキサト(ボス)は」


 ヒメ、というのも博打同好会のメンバーなのだろう。先程からヒトの名前が多くてややこしい。でも別所はそのヒメとやらのことも知っているんだろうな。


「うるせェなァ。仕方ねェだろ、予算決定の部長会の開催が木曜なんだからよォ、それまでに交渉しなけりゃ部費が下りねェし」


 ん?


 キサトの発言に皆が引っ掛かる。俺と、別所と、足立先生の三人はその事実を誰が告げようかと目配せし合う。


「あの、何か勘違いをしているようですが……部長会は木曜ではなく今日、火曜です。それも先程終わりましたよ」


 誰も言葉を発さない、気まずさに満ちた時間が流れる。信じられないと言わんばかりにぱちくりと瞬きを繰り返すキサトの姿は間抜けで笑えたが──俺の悪評が広まっては敵わない。不自然ではない程度に目を逸らして誤魔化した。


「……帰るか」


 哀愁漂うキサトの背中は同じ高校生とは思えぬほどに枯れて見えた。

 ショックだったのはまあ理解できる。だが、単に部費だけが目的なら初めからそう言っておけば良かったのにと考えてしまうのは結果論というやつだろうか。


「ま、また来てね……」


 今回ばかりは別所も苦い表情を浮かべている。実際、今となっては全てがとんだ茶番だったのだからかける言葉も無いだろう。

 俺達と遊びたかっただけだった──ってことには出来ないんだろうか。


「すんません、うちのキサトが迷惑をかけて。半期後までには顧問見つけるんで!」


「見つからなかったら次こそは足立先生をぶんどるつもりなんで、覚悟しておいてください。では」


 博打同好会の二人もキサトに続いて生徒会室を去っていく。出来ればこれ以上足立先生を巻き込まないであげてほしいのだが。


 部外者の居なくなった生徒会室で、俺はようやく肩の力を抜きソファに全身を預ける。部長会でさえ手がかかったというのに、博打同好会一行のせいでより精神的に疲弊した。


「しっかしなんでこの学校はこうも変なやつが多いんだろうな。絶対にしなくていい気苦労までしてるぞ」


 天井から吊り下がった照明を眺めながらボヤく。


「先生からすれば鏡谷くんも十分に変わっていると思いますが」


 変人筆頭の別所が隣に居る時にそれを言われるのか。俺と別所では変人のレベルが四倍は違うぞ。ただし明桜基準の測定によるものではあるが。


「世の中には類友(るいとも)って言葉もあるんだよ、明桜くん」


 どの口が言うか、コイツ。


「ところであだっち、さっき貰った賭けの景品はなんだったの?」


 そういえば足立先生もキサトから何かを受け取っていたが、その内容については一切確認していない。キサトが言うに、その中身は俺にとって一銭の価値もないモノらしいが。


「何でしょう。折角なのでここで確認しましょうか」


 足立先生は対面の客人用ソファに座り、机の上で封筒の端を手で千切る。会長席の卓上にはハサミの入ったペン立てがあるというのに、風貌に似合わない大雑把な所作だ。


 封筒から出てきたモノは、半額券だった。


 ホストクラブの。


「──これは説教が必要かもしれませんね……」


 かくして、博打同好会との足立先生を賭けた壮絶でくだらない戦いは幕を閉じた。

 部長会というミニイベントも終え、また束の間の平穏が訪れる──そう思っていた。

 いつだって思うようにはいかない。ここ二週間でわかりきっていた話だったではないか。





 時は翌日。眠気に苛まれながら登校すると、下駄箱の隙間にねじ込まれた便箋がいつもより一つ多いことに気付いた。

 中身を見ずともわかる。別所との騒動を経てからめっきり数が減ってしまったラブレターである。


 ちなみにいつも挟まっている方の便箋の差出人は軽音部部長、美雨軸先輩である。まあ、これは後で読むとして。


 もう一つの便箋に差出人は書いていない。

 ただ登校後すぐに体育館裏に来て欲しいとの旨だけ書いた手紙が中に入っていた。

 ベタだ。ベタだが、それが一番意図が伝わる。


 SHR(ショートホームルーム)開始時刻まであと二十分程度。教室に寄らずに直接そちらに向かえば余裕はある。

 余裕はある、が。




「えっと……なんでおまえがいるんだ、キサト」


 志嶺高校の体育館裏にはイチョウと桜の大樹がいくつか、まるで見守るかのように(そび)え立っている。

 ちょっとした隠れスポットなのか知らないが、告白イベントの発生率は今のところ学内ナンバーワンだ。ちなみに参照データ元は百パーセントが俺。よって信用には値しない。


 その大木にもたれ掛かりながら、俺のことを今か今かと待ち構えていたのは何故かキサトであった。おかしい。おかしいぞ。ラブレターじゃなかったのか。


「あの……その……」


 昨日とはうって変わって声も態度も小さい。もじもじと指先を擦り合わせる様を見るに、何か後ろめたいことでもあるのだろうか。


 さあ始まりました、鏡谷明桜の本気(マジ)DE()☆予想タイム。


 さしずめ──足立先生に渡すモノを間違えたから代わりに交換してきてくれ、みたいな事情だったり。

 うーん、自然、か?


「あの……()()()()と、一緒に映画に行きませんか!? 二人で!」


「……はい?」


 どうやら、キサトはとんでもない道化師(ジョーカー)だったらしい。

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