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偶像世界でべしょりんは凛と生きる。  作者: 吉津部 四嘘


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10/11

文芸部日誌その1:佐々木奏、在りし日の記憶

「性癖王決定戦、ここに開幕ーっ!!」


 この僕、佐々木奏は、戦慄した。自分は確かに文芸部に入ったはずだ。しかし、目の前で行われているのは文も芸も部も関係ない、ただのセクハラだ。


 一旦整理しよう。僕は確か演劇部室の場所を間違えて文芸部の体験に来てしまった。そこで先輩に懇願されて抗えずに入部した。

 それで昨日が初めての部活で、部室に入ったら皆がだるまさんがころんだをしていたんだっけ。


 いやいや、おかしい。この時点でおかしい。


 文芸部は小説の執筆が主な活動内容だと聞いた。それにも関わらず、昨日の今日でこれ。

 大体性癖王ってなんだよ。僕は下ネタは言わない主義だぞ。

 部室内には僕含めて九人。それほどまでの人数を確保しておいて、この暴挙を止めないのが恐ろしい。きっとその多くが一年生であるとはいえども。


「はい、まずはえーっと確か、ささ、ささ……笹原!」


 司会を務める、ショートカット女子の先輩が僕を指さす。笹原って誰ですか。昨日自己紹介したはずなんだけどな。

 ちなみに僕もこの先輩の名前を思い出せない。


「ああ、いえ、僕はそういうのは……」


「遠慮するなよー、ほら言ってみ? それとも言えないくらいハードなやつ?」


 先輩は近づいてきたかと思うと躊躇いなく肩を組んでくる。

 なんだこの人。もし事故で胸でも触ってしまったらどうする気なんだ。責任取れるのか。

 あー、思考が童貞臭くなってきた。もうこの部活辞めたい。


「ちょっと物部(ものべ)、あんまり一年生虐めるなよ。せっかく男子が入ってくれたのに」


 大柄な男の先輩が助けに入る。この人は覚えている。確か木村先輩だったっけ。僕をこの部活に引き込んだ張本人だ。

 ついでに女性の先輩の名前も思い出せた。


「虐めてないし。それに性癖の公開が出来ないようじゃこの先やってけないよ?」


「どういう理論ですか、それは」


 ショートカットの先輩もとい物部先輩は組んだ肩を離そうとしない。 抵抗してもいいものだろうか。曲がりなりにも先輩だ。引き剥がすのは失礼かもしれない。


「創作の基本は自分の性癖に正直になること。私は男女間の友情がちょっとしたすれ違いでブチブチにぶっ壊れるのが一番興奮するんだけど、そういう作品を書くとどうも良いもんが出来る気する。結局性癖に従った時が一番筆が乗る──っていうのをさっきあの子から教わった」


 物部先輩が親指でさしたのはハーフアップ……ってやつなのか、髪をまとめあげて、黒縁のメガネを掛けた地味めな女の子だった。そういえば昨日自己紹介してたけど──吉田だっけ、吉見だっけ。部室の後ろの方で談笑しているもう一人のメガネ女子と名前が混同していてよく覚えていない。

 そんなことよりこの先輩のイカれた性癖の方が気になる。拗らせ方がやばい。何か嫌な事あったのかな。


「だから言ってみ? 大丈夫、私らはそういうの否定しないから。股間に従ってこ?」


 物部先輩は品の無い言葉を発しながらうりうりと頬を指で突っついてくる。

 怠い絡みから脱するには正直に打ち明けた方がいいのだろうけれども、普通の人生で己の性癖と向き合うことなんてまあ無い。仮にあってもそういうのは胸の内に秘めておくものじゃないか?


「……ただし二次元に限る、ってやつでもいいですか?」


「全然構わないけど? あー待って、もしかして私みたいな人が癖に刺さってたりする? そりゃ言いづらいか!」


 駄目だ、僕この人苦手かもしれない。

 物部先輩の体重を肩に感じながら、黒板の元へと歩き、白のチョークを手に取る。


 強いて言うならこれだろうと、自身の性癖、というか好みの要素を書きなぐった。


「メ・ガ・ネ……って自分もメガネじゃん!」


 物部先輩は何が面白いのか爆発的に笑う。僕のメガネを許可もなく剥ぎ取り、勝手に掛ける。

 肩の重みから解放されるのなら、メガネを貸すくらいは安いものだ。


「うわ、きもちわる。()()()、パス」


 物部先輩はメガネ酔いにやられたらしく、メガネを外し、木村先輩の手元へと放る。


 いや、投げないでくれない?


「もうちょい丁寧に扱ってあげてくれよ。メガネって意外と高いからな? ほら佐々木、悪いやつには気を付けな」


 木村先輩は丁寧にフレームの部分を折り畳み、僕へ手渡ししてくれた。

 物部先輩に比べると随分とまともな人だ。


「ありがとう、ございます……?」


「あ、タッチってのは俺の事な。物部しかそう呼ばないけど」


 は、はあ。なんだか綺麗な死に顔をしてそうなあだ名だ。木村……下の名前は知らないけども、タッチ……タイチとかそういう名前だろうか。うーん、気になる。


「じゃあ次、木村(タッチ)! 性癖開示タイム!」


 嫌な響きにも程があるだろ。年頃の男女間で交わされる言葉としてどうなんだよ。

 それはそれとして、まともに見える木村先輩がこのフリに対してどういう返しをするのか気になる。


「来たな、俺のターン!! 手札から『オタクに優しいギャル』を攻撃表示で召喚!!」


 もうやだよ、僕。


 木村先輩が決闘者(デュエリスト)と豹変してしまった。いや、本性が出たと言うべきか。

 しかもオタクに優しいギャルって、本気で好きな人いたんだな。勝手に古の文化として受け取ってた。木村先輩、辛い人生送ってきてない?


「更にリバースカードをオープゥン!! 魔法(マジック)カード……」


「はい、オタクに優しいギャル、ね。うわぁ、これこそ二次元極まってるな。笹原はこんな男になるなよー?」


 物部先輩は木村先輩の魂の詠唱を打ち切って、黒板に小さな小さな文字で『オタクに優しいギャル(非実在)』と酷にも書く。

 しかも普通に他人の性癖否定してるし。無惨にぶった斬るなこの先輩。僕が根明女子にそんな風に言われたら立ち直れる自信ない。それと、笹原は誰?


「残念なタッチは置いといて、吉田ちゃんの番ね」


 物部先輩の視線は例のハーフアップメガネ女子の方へと向いていた。なるほど、こっちが吉田ね。

 しかしまあ、異性の性癖を聞き出すというのはなんだか背徳的だ。本当に僕が聞いても良いものなのか。


「えっとぉ、私は『全てがデカい女の子』ですかねぇ」


 なん……だと。対象を同性に絞って答えるなんて、そんなのアリなのか。それはズルだと思ったのだが──思ったよりも皆受け入れた様子でいる。特に後方の男子──名前は山嵜(やまさき)だったはず。先程まで本に没頭してたはずなのに深く頷いて共感している。そもそも話を聞いていないものだとばかり。


「ちなみに全てがデカいっていうのは具体的に……?」


 木村先輩が切り込んだ。


「それはもう、全てですよ。全て」


 あくまで吉田はそれで乗り切る気だ。

 全て……全てか。何がだろうな。全てがデカい女の子を想像してみようか。


 身長。


 器。


 声。


 瞳。


 あとは──いや、これ以上はなんだか生々しくなってくる。折角彼女が濁したものをわざわざ想像しないでおこう。


 そんなこんなで数十分かけて各々の性癖が出揃い、無法地帯と化した最強の黒板が完成した。

 途中、母胎回帰願望とかいう僕の知らない境地の話が出たり、山嵜が堂々とエロ漫画のタイトルみたいな性癖を口走ったりなど、何も起こらなかった訳ではないが、思い返すだけで疲弊してしまいそうなのでそれはそれということにしておこう。


「いっぱい出ましたねぇ」


 吉田が余白の少なくなった黒板を見てそんなことを言うが、今この流れで言うと下ネタにしか聞こえない。()()()()()()を意地でも言わずに過ごしてきたはずの僕の頭はきっとおかしくなってしまったのだろう。これじゃ清純派を語れない。


「いっぱい出てもみんな尖りすぎてて、どうにも性癖王になれそうな人がいないんだよなー」


「……そもそも性癖王って何ですか」


 ようやくその疑問を口にする。というかなんでここまで一切の説明なく性癖を大っぴらに公開していけるのか、僕には理解が出来ない。


「なんだ、わかってなかったの。性癖王選定の基準は『共感』。要は他者からもっとも同意の得られる性癖所有者が性癖王の称号を手にするわけ」


「あ、そうだったの?」


 木村先輩が真っ先に反応した。やっぱり僕以外もわかってなかったんだ。


「まあ吉田ちゃんが全部決めたんだけどね」


 何故吉田(あの子)はそれほどまでに権力を有しているのだ。同じ一年生とは思えない。名前もちゃんと覚えられてるし。


「でもこれじゃまともに性癖王なんて決まらないんじゃないのか? 俺からすれば出てきたモノのほとんどが共感出来ないんだけど」


 僕も木村先輩に同じだ。共感出来ないというか高度過ぎるというか。よく飛ぶ紙飛行機の折り方の話をしているつもりがノビのあるストレートの投げ方の話だった、みたいな。

 とにかく次元の違う話をされている気分だ。


「んー、じゃあもう一周聞く? 笹原、出来るだけこう、パブリックな性癖を頼む」


 パブリックな性癖って何?


 物部先輩の無茶振りに混乱しつつも、必死に己の性癖へと思いを馳せる。


 好きなアニメのキャラクターを思い出せ。青髪、負けヒロイン属性、リボン、ツンデレ──


「だ、男装とかどうですか?」


「優勝で」


 必死に捻り出した僕の性癖は物部先輩にはクリーンヒットだったようで、議論の余地なく性癖王の座を明け渡された。


「いやいやいや、そんな適当な。第一もう一周するって言ったのにまだ僕しか聞いてないじゃないですか」


「いや聞くまでもなく優勝でしょ。ほら、吉田ちゃんもそう言ってる」


 物部先輩がそう言うので吉田の方を見るが、その口はずっと閉ざされており、一向に開く気配がない。

 言ってないよ。何も言ってない。むしろ何か言ってくれ。


「じゃあ聞こうか。性癖王は笹原で問題無いと思う人は挙手!」


 物部先輩のフリに手を挙げたのは僕と物部先輩を除いた七名。全員だ。

 あと、僕は笹原ではない。


「というわけで初代性癖王は笹原に決定! おめでとーっ!!」


 かくして部内満場一致で僕、佐々木奏は初代性癖王という不名誉な称号を手にしたのだった。


 僕がその事実に項垂(うなだ)れていると、部室の後方の扉が突然開かれた。

 その瞬間、品の無い盛り上がりを見せていた部内の雰囲気はガラリと冷え、そこには緊張感だけが走った。


「おや、お楽しみ中だったかな。どうも、顔を合わせるのは入学式以来かな?」


 この大柄で貼り付けたような笑顔の男性は。

 覚えている。理事長先生だ。

 こんな性癖がどうとか最悪の話題の最中、理事長先生が現れた。なんでこんな辺鄙な部活に。


「どうもお疲れ様でーす! 部活に顔見せるの久々ですね!」


 物部先輩は臆することなく、先程と変わらぬ態度で挨拶する。どうやら、緊張感が走ったというのは我々一年生の間だけらしい。


「顧問として新入部員達の顔を見ておこうかと思ってね。一年生たちには話したいこともあるしね。少しばかりこちらへ来てくれるかい」


 信じ難い言葉が飛び出た。理事長先生が顧問だって。よりによってなんで文芸部なんかの顧問をやっているんだ。

 しかし話したいことというのもなんだか不穏だ。愛想のない冷徹な笑顔から放たれる言葉だ。まさかとは思うが、性癖王なんて馬鹿な真似をしていることがバレてお叱りが飛んでくるんじゃないか。

 焦って黒板を見る。幸い、理事長先生の襲来を察知した物部先輩が中でも危うい言葉を消してくれていたようだ。それでも中々にパンチの強い言葉が羅列されているけど。


「ほら皆行ってきな、呼ばれてるぞ」


 木村先輩の一言で自分が一年生の一員であることを思い出す。

 しかし理事長先生はただそこに立っているだけで威圧感が溢れており、なんとも近づき難い。


 僕と最も近い所にいる一年生の吉田に目配せし、お互いどちらが先に行くか、目と目で争い合う。陰に生きる者としては先陣を切るのは抵抗があるものだ。

 なんてことをしている内に他のメンツは既に集合してしまった。

 やらかした、出遅れた、出遅れすぎた。吉田以外の女子三人と山嵜は既に理事長先生のすぐ側にいる。これじゃまるで僕が理事長先生の言葉を無視したみたいじゃないか。

 くだらない上にその意味を失った駆け引きを放って、僕は理事長先生の元へと駆け寄る。吉田はマイペースにのこのことその後を着いてくる。その様子と比べると、僕が萎縮しているのが馬鹿みたいだ。


「佐藤君、吉見君、山本君、山嵜君、佐々木君、吉田君──これで新入部員は全員揃ったかな。さて、君達に聞きたいことがある」


 息を呑む。


 理事長先生はやはり無愛想なままに、単調な声と言葉遣いで話す。細い目から黒く渦巻いた瞳に呑まれてしまいそうな、人ならざるものと対峙した気分にさえなる。

 圧迫感に胃がキリキリと泣き出しそうになる。


 その口から放たれる言葉に覚悟を決めた────



「この中に、劇場版のコナンを観に行った人はいるかな?」



 風船に穴を開けたように、一気に気が抜けた。


 この日、僕は志嶺高校文芸部というものを初めて理解し始めたのだった。

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