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「頼もう!」
こんな歳になって人目も憚らず泣いてしまったのがなんとなく気恥ずかしくて大声で厨房に入る。
「おい、まだ夕飯の準備は始まらんぞ」
なぜかいつもよりきっちりとかした髪のワグナーさんが椅子に座ってお茶を飲んでいる。
せっかくの昼食を食べそこねてしまったので勝手に厨房と材料を使わせてもらう。
「何を作るんだ?」
「うーん、甘いものが食べたいなあって思って」
「甘い物って、こういうのか?」
ワグナーさんが出してくれたのは黒い果物たち。
なぜかここの果物は皮が黒い。中身がスイカっぽい物でもみかんっぽい物でも皮が黒い。保護色?
「果物じゃなくて、卵ってある?」
出てきたのは一抱えもある卵。
「これ、何の卵?」
「アナグラリュウモドキだ」
アナグラリュウモドキ、竜もどきと言うからには爬虫類と同じだろうか。うーん、鶏卵と同じであって欲しいと願って割ってみる。
「おお、意外と普通」
中身は確かに卵だ。これに砂糖の代わりになる泡状のシロツメニツメグサと八本足の牛の乳を入れて混ぜる。
そして小さいガラスコップに液を分け入れて、水を張ったトレーに並べる。それからオーブンをスイッチオン!
さあ、テレビの前のみんなはもうわかったね?
そう、作ったのは
「キャラメル無しプリン~」
「キャラメルナシプリン?」
「本当はキャラメルっていうちょっと苦くて甘いのをしたにいれるんだけど、シロツメニツメグサが砂糖みたいに焦がせるかわかんないからね。とりあえず、試してみよう!」
出来上がったプリンはまだあら熱が残っているけど、美味しそうだからいいか。
スプーンで掬ってみると固めの弾力、味は
「うん、プリン!」
「成功か?成功なのか?」
ワグナーさん達、料理人は不思議な物を見る目付きだ。
「食べてみて、美味しかったら今度作ってみて」
恐る恐るスプーンを握って口に入れると
「う、うまい!」
「よかった~、分量とか適当だったけど」
「適当なのか!?」
「そりゃあアナグラリュウモドキの卵なんて使ったことないし」
せっかくなので、二つお盆に載せて出ていく。
「おい、残りはどうする?」
「冷やして置いてくれたら助かる!」
トントントン
「入れ」
魔王様が意外そうな顔で迎えてくれる。
「どうした?ワグナーは何か作ったか?」
「私が作りました!異世界のお菓子、キャラメル無しプリンです」
どうぞ召し上がれ、と机の上に出す。
魔王様はグラスを持つと揺すってみている。
「飲み物、ではないのか。これは卵?甘い匂いがするが、菓子なのか?」
「はい、アナグラリュウモドキの卵を使っています」
「魔王様、毒味をします」
ユリウスさんが手を出す。しかし、魔王様は首を振って断った。
「こいつが作ったんだぞ、毒など入るわけがない」
え、何それ惚れさせる気?
そう言って一口つるりと飲み込む。
「...」
「どうですか?あれ、ダメな味でした?プリンは万人受けすると思ったんだけどな」
「う、」
「う?」
「うまい!!」
ユリウスさんもびっくりしている。
「なんだこれ、つるっとしていて弾力があって。卵の味なのに甘くてうまい。こんな食べ方があるのか」
普段あまり口数が多いほうではない魔王様が饒舌だ。
「冷やして食べても美味しいですよ」
「よし、この残りは冷やそう」
魔王様は無駄に高そうな箱をどっからともなく取り出して魔力を込め始める。
「あの、今厨房で冷やしているんでそれは食べても大丈夫です!」
「そうか、ならこれは今食べよう」
魔王様は食べ始める。
なんか、気が抜けたな。
突然、異世界に飛ばされて普通っぽく暮らして来たけど、無意識に気を張って暮らしていたって気がついた。
海外行くと日本の味が懐かしくなるとか聞くけど、そんな風に思い出すことすらなかった。
でも、魔王様が優しくするから思い出してしまった。
風邪引いたり落ち込んだ時はお母さんがプリンを作ってくれた。
同じ味が作れたよ。
だから、きっと異世界でもやっていける。
「...寝たのか」
「はい、まさか異世界から来たとは気がつかず無理をさせていたかもしれません」
「...生きやすくしてやってくれ」
「畏まりました」
執務室のソファですっかり寝落ちした私は、翌日まで気がつかなかった。




