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魔王城に勇者がお泊まりした次の日、私はいつも通り朝から厨房にいた。
「今日も美味しそう~」
ワグナーさん渾身の朝食メニューは、笹みたいな葉っぱで蒸した魚に真っ赤なソースがかかったもの、野菜と炒めてあるお米に似ているけどプチプチした食感のツブハジケノミ、ネバネバネルキノコのスープ。
笹みたいな葉っぱを少し開くとふわっと湯気が上がる瞬間を狙い写真を撮る。ツブハジケノミはお茶碗で固めてチャーハンみたいな半球にして隣にスプーンを立てかける。
ネバネバネルキノコのスープはネバネバネルキノコ本体を横に飾って完成だ。
インスタ用の写真を撮り終わると、配膳の手伝いもする。
カウンターに大きなバットに並べた魚を置いたり、ちょこっとツブハジケノミを味見したりしていると、勇者がやって来た。
昨日よりずいぶん顔色が良い。
「おはよう、よく寝られた?」
「ああ...おかげさまで。ところで、ここで手伝いをしているのか?」
「まあね、本業は違うけど朝の厨房は猫の手も借りたいくらいだから」
勇者は腕をまくると
「俺もなにか手伝わせて欲しい」
と言い出した。
いや、あなた昨日ここに喧嘩売りに来たんでしょうよ、それがなんでバイトしようとしてるのよ?
しかし厨房から差し出される食器を手際よく並べたり、取りやすくトングを置いたりなかなか気がきいている。
むむむ、ファミレスバイト経験者の私に対抗するとは、なかなかやるな勇者!
「...村にいるときはなんでもやらないと食えなかったからな」
私の視線に気がついたのか、ぽつりと話す。
「勇者って、いつから勇者やってんの?」
「だいたい、2年前位かな。急に村に貴族の偉い人がやって来て、『この剣を抜いてみよ』とか言って村中の若者が引き抜こうとしたけど抜けなくって。俺がひょいっと掴んだら鞘が抜けちゃってさ、そしたら『勇者である!都へ来い』って連れてかれて」
「ちょっと貴族雑だなあ、勇者だって村での生活があるでしょうに。よく断らなかったね」
「村での生活なんて、ただの厄介者だったし、貴族の言うことに反対なんてできないよ」
異世界の人間怖い。
なにその人権無視放題は。ついでに勇者が厄介者ってどうしたん?
「俺は小さい頃、村の入り口に捨てられていたんだ。だから元々の住人じゃないし、昔は体も強くなかったから無駄飯食いだったんだよ」
えええ~...そんな悲しい過去があったとは。
「でも、村長の家で下働きしながら家畜小屋で番犬のオリバーと住んでいたんだ」
ちょっと待って、全然違うけどフラ○ダースの犬っぽくて泣けてくるから!良かったよ、天に召されなくて!
「だから、村にいる必要もなかったし、都に行ってみたけど勇者って言ってもすることないし、貴族からはやっぱり穀潰しって目で見られるし」
なんだよ、呼んでおいて放置ってひどくない?
「だからそろそろ勇者もやめようかなって思ってたんだ。けれど、城の魔術師が異世界の娘を召喚したのに庶民が知らずに魔王の国に捨てたって分かって、取り返してこいって言うことになって」
私か!ここで私が登場するのね!
っていうか、魔術師が召喚ってどういうこと!?
もー本当に異世界の人間ろくなことしないな...。
がっくりしている私に憐憫の目を向けてくる勇者。
「まあ、勇者もある意味被害者っていうか...」
「俺は自分で選んだけど、お前は完全に巻き込まれたんだろう?俺は魔術とかわからないけど、人間として謝るよ。すまない、悪かったな」
「勇者...」
パチ...パチ...パチパチパチパチパチパチ!!
なぜか何時の間にか城のみんなが周りで聞いていて、拍手の渦になってしまった。
「勇者、お前も苦労したんだなあ」
「食え、しっかり食えよ!魔王城はそんなひどい奴らいないからな!」
「ココもかわいそうに~なによ勝手に召喚って市中引き回しの上打ち首獄門だよ、そいつ~」
ケリーがおいおい泣いている。
私はケリーの背中を撫でながら、勇者と目をあわせて『なんでこうなった?』と苦笑するしかなかった。