15
魔王様視点
ある朝、ユリウスが崖の下に人間が捨てられていると報告してきた。
人間は時々わざわざ国境を越えて食べ物やら生き物を捨てに来る。大抵崖の上から落とすのだが、この間は蝋燭を背負った山羊だった。万が一にでも燃えたら可哀想なので蝋燭だけは外してやった。すると山羊は勝手に崖を登ったり降りたりしているうちに、城の庭に住み着くようになった。
全く人間の考えることはわからん。
「今回は人間の娘ですね」
「死体遺棄か!?」
「いえ、かろうじて生きているようです。しかし、なんだか妙な格好をしているので拾うのはおすすめしません」
ユリウスは俺がなんでもかんでも拾っているように言うが、別にそんなことはない。
山羊は勝手に生きているし、ばかでかい亀の甲羅はいつか使えるかもしれないし、大量の塩は厨房のみんなに材料として喜ばれた。
「まあ見てみようじゃないか」
ユリウスは机に残っている書類を見て渋い顔をしたけれど、ため息をつくと先に立って案内する。
決して書類仕事に飽きたから気晴らしにいく訳じゃない。魔王城の安全は俺が守っているからだ。
「これか?」
崖の下に注意線が引かれた中に、若い娘が落ちている。
ぐるぐる巻きにされた上、勢いよく落とされたのか顔から血が出ている。
「全く人間どもは酷いことをするな。こんな娘を手も足も出ないように縛り上げて捨てるとは」
「本当に性悪な奴等です。娘も山羊のように足腰がもう少し強かったらこれほど怪我をしなかったでしょうに」
なんか違うな、と思いつつもユリウスに娘を担がせ、空いている部屋がないので俺のベッドに寝かせる。
頭には大きな裂傷があり、細かい傷が顔一面におっている。
体はぐるぐる巻きがかえって予防になったのか、縄のせいで痣になっているだけのようだ。しかしどこを打って骨折でもしているかわからないので、治癒魔法を全身にかける。
「ああ、魔王様から治癒魔法をかけて頂けるなんて...。人間の娘にもったいない」
「たいした魔力も使わないんだ。このままにしておくわけにいかんからな」
魔法が体を覆っていくと、傷だらけだった表面から思いの外整った顔つきが現れる。
髪は茶色で長いのだが、長い睫毛は黒々としており、あまり高くはないがスッとした鼻梁、閉じた唇は小さく艶やかだ。
「なんと言うか、魔王様好みですね」
「なななななんてこと言うんだ!?俺好みってなんでお前が俺の好みなんて知ってるんだ!?」
「そりゃあお互いはな垂れガキのころから一緒ですからね。女性の好みくらい知っております」
ユリウスはしれっとした顔を崩さない。
「あまり高くない身長に肉付きの良い体、足は細い方が好み、美人よりどちらかと言えばかわいい方が好み」
「ややややめろ!俺がこの人間をいやらしい目で見ているみたいじゃないか!」
「え、そんなことは言っていませんが?」
くそう、治癒魔法をかけおわっていて良かった。魔力がぶれるかと思った。
しばらくみていると、娘が目を開けた。
「ああ、やはり魔王様のドンピシャ...むぐう」
慌ててユリウスの口を塞ぐ。
開かれた目はまるで夜空のような漆黒に光が瞬いている。
俺と同じような黒を纏う者をはじめてみたんだ、ちょっと心臓が跳ねたって仕方がないじゃないか。