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「魔王よ、拐った人間の娘を返せ!さもなければこの勇者ヘンデルタインがお前を討伐する!」
謁見の間は黒いカーテンで閉められ、シャンデリアが一つだけ灯っている。(いつもはきっちりカーテンを開けて新鮮な風を取り入れているのだが)
謁見の間には入り口からまっすぐに真っ赤な絨毯が敷かれた階段が連なり、魔王様の玉座が鎮座している。
(ここに座っている魔王様など普段見ることはない。厨房に行けば会えるしね)
その玉座に座っている魔王様に勇者は剣を向けて叫んだ。
魔王様は真っ黒の前髪で顔を半分隠して黒い眼帯をつけ、黒いシャツに黒いズボン、黒いローブに黒い手袋のいつもの中二病炸裂装備。今回はさらにどこから持って来たのか、刺々しい飾りのついた冠までかぶっている。
(絶対、魔王感を出すための小道具だよね!?)
ちなみに私の立ち位置は魔王様の後ろ、豪華な椅子の背もたれに隠れつつ立っている。
「勇者よ、よくここまで来た、誉めて遣わそう。しかし、お前が言う拐われた人間の娘とやらはここにはいない。ゆえに直ぐ帰れ」
勇者は金髪に青い目のいわゆるイケメンだった。
しかし、この世界の人間にあんな目にあわされた私から見ると胡散臭いことこの上ない。
「くっ...さすがは魔王、簡単には渡さないか...」
いや、お前探してないだろ。
「しかし、俺は勇者、この剣に選ばれし正しい勇者だ!絶対に娘を取り戻し、家族の元に返すのが使命!」
返せるもんなら返してください。
「ううむ、さすがは魔王、この威圧感半端ない...だが俺だって伊達に選ばれた訳じゃない!」
威圧感って、魔王様こっそりポケットからおやつ出してますけど。なんならそれ、この間私が作った鈴カステラですけど!
「くそ、魔王には勝てないのか...。そうだ、娘よ!帰りたい気持ちを糧に俺に力を与えてくれ!」
「え...ドラ○ンボール? 頭大丈夫そうですか?」
ヤバ、漏れちゃったよ心の声!
「え...娘...?」
唖然とした勇者だが、なぜ初対面で全面的信頼を得られるって思った?
「いや、私の名前、娘、じゃないんで。ついでに言うなら、あなたどちら様?とりあえず初対面なんで」
勇者は驚愕の表情で詰め寄ってくる。
「なぜだ!? お前は人間だろう?帰りたいに決まっているだろう?なぜ魔王の後ろに隠れているんだ!?俺に『助けて!勇者様!』って言うべきところだろう!?」
「はあ...? 返すって元の世界に返してくれるんですか?っていうか、この世界の人間界だったらお断りですよ?何しろ到着直後に簀巻きにされて崖から落とされたんで。どの人間より魔王様と魔族のみんなの方が全然優しいし、美味しいごはんも作ってくれるし、大切にしてくれてるんで!」
一気にそこまで言うと、勇者はびっくりした顔で固まっている。
「だ...だが、お前は人間...」
「人間か人間じゃないかって、必要ですか?」
私の問いに勇者はびくりと肩を揺らす。
「確かに私は人間です。でも、この世界の人間は異世界から来た私の話しも聞かずにこの崖から突き落としました。そんなことをするのが人間なら、私は魔族になりたい」
「な、なにを」
「私が異世界から持って来たカバンをあなた達はゴミとして崖から捨てた。でも、魔王様はちゃんと拾って全部残っているか、壊れてないか確認してくれた。どちらが品性が高いんですか?どちらが知性が高いんですか?」
勇者は唖然としたまま動かなかった。
魔王様はそっとハンカチを差し出してくる。
悔しい、泣くつもりなんかなかったのに、またしても涙が出てしまった。
黒いハンカチを借りてごしごし拭いていると、
「擦るな、腫れるぞ」
そう言って優しく目にあててくれる。
なんだよもー!そういうの惚れてしまうだろー?
「どうして...」
蒼白の勇者に魔王様はゆっくりした言葉で語りかける。
「勇者よ、お前はお前で正しいと思ってやって来たのだろう。だがこの娘の言葉をよく考えるが良い。そして、我は最初に言った。『拐われた人間の娘などいない』とな。それをよく考えるのだな」
そう言って魔王様は私の手を取るとゆっくり階段を下り、勇者のすぐ横を過ぎて謁見の間から出ていった。