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「魔族よ、拐った人間の娘を速やかに返せ! さもないとお前達を軒並み打ち倒すぞ!」
早朝にやって来て他人の家の前で大騒ぎしているのは、旅人っぽい格好をした男の人だ。
魔族と言えども早朝から働いている厨房のみんなは
「なんだあれ? どっから入って来たんだ?」
と窓から見ている。
私もワグナーさんの横で見ているが、あんな人に返されたくないなあ。ついでにいえば、拐われてないし、むしろ捨てられたし。
「ココ、お前の知り合いか?」
「勘弁してくださいよ、あんな体臭が臭そうな知り合いはいません」
魔王城は堅固な造りな上に魔王様の魔術で守られているため、害意のある者は入れないのだ。
「なんですか、騒々しい」
ユリウスさんが現れた。ひょいっと窓の外を見ると
「...知り合いですか?」
「いやだから、勘弁してくださいよ、あんな暑苦しい知り合いはいません」
どこを見てるのかわからないが、わあわあ騒いでいるので城の中がざわついて来た。
「魔王よ、潔く娘を差し出せ!」
腰につけていた剣を鞘から引き出すと空に掲げる。
「あ、あれ勇者ですね」
「勇者?そんなのいるんですか?」
「人間が勝手に決めているだけですけどね。あの剣を持てる人間が限られていて、あの剣だけが魔王様を倒せるって信じているんですよ」
「え、それはまずいじゃないですか」
ユリウスさんは眉間に皺を寄せて
「だから、信じているだけですから。あんな魔力もない鉄屑で魔王様に傷の一つもつけられませんよ」
はあ、馬鹿馬鹿しいとばかりに首をふる。
「それは何て言うか、残念な生き物ですね...」
思わず呟いてしまうと魔族全員の目が勇者に対してなにやらかわいそうな生き物を見る目になってしまった。
しかし、勇者が剣で壁を叩くと大きな振動が起きた。
「ええ!? 効かないんじゃないの?」
「ふむ、あの勇者は自身に魔力があるようだな」
「魔王様!」
眠そうな顔をしてローブを引きずりながら魔王様降臨。
「人間にも魔力ってあるんですか?」
「いや、普通はないな。しかし、混血であったりその子孫であれば多少受け継いでも不思議はないな」
混血...と言うことは、勇者はちょっと魔族入りってこと?
「そんな魔族フレーバー入り、みたいな顔をするな」
「なぜバレた!?」
魔王様はにやりとしてから手を顎に当てると
「魔力があるならこの城の守りに影響を及ぼせるかもしれぬな」
「ええ!そんな呑気でいいんですか?」
「影響があっても、俺を倒せるかと言うとまた別問題だ」
なるほど?
そうこうしているうちに、勇者は守りにひび割れをおこしたらしい。とうとう、ドアを開けて城に入って来る!
「あ~あ~、全員、聞こえるか? 早朝より騒々しい客が来ている。出来るだけ接触しないで謁見の間まで誘導するように。無駄な怪我や破損を避けるため、くれぐれも姿を見せないように迅速にかかれ」
魔王様は自身の喉に魔術をかけて声を城中に拡散させる。
すぐに廊下にいた人は全員部屋の中に入り、謁見の間に進まない方向の廊下には魔術式で隠蔽していく。
「あの~、もしかしてこういう場合に備えて訓練とかしていました?」
「ああ、毎年一回はしてるぞ。今まで実際に必要になったことはないがな」
まさかの防災訓練済み!っていうか、勇者が災害扱いってどうなの?
「さて、俺達もいくか」
「え?俺 達って?」
「そりゃもちろん、舞台に必要なのは勇者と魔王様、それに拐われた人間の娘、だろう?」
いや、そんな劇に参加したつもりないんで!