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笑顔を忘れた氷結の姫君と呼ばれる侯爵令嬢の本

作者: 東山 仁美

初めての短編です。読みきりなので、気楽に読んで貰えると嬉しいです。

誤字脱字のご報告ありがとうございました^^/

 カツーンカツーンと、今日も小気味よく私のヒールの音が、王宮の廊下を打ち鳴らす。

 私に気が付いた使用人やメイド達は、直ぐに端に寄り頭を下げて、私が通り過ぎるのを待つ。いつも通りの行動だ。


 私は、婚約者である第一王子ライゼン・セングルス様が待つ、応接室へ2週間に一度のお茶会へ向かっていた。後ろからは私を守る為、護衛のゼクスが付き従っている。

 扉の前まで来て、目配せをすると、ゼクスが扉を開けてくれた。私は一瞥もくれずその扉へと進む。私が入室すると、ゼクスは恭しく扉を閉めた。


 王太子妃教育の賜物。齢15歳にして、人は私の事を笑顔を忘れた氷結の姫君と呼んでいる。

 王太子妃に笑顔は不要。体から溢れ出る気品と気高さ、そして高貴さが必要なの。


 扉の向こうには、いつも通り、第一王子が既に着座している。私は、テーブルの近くまで行くと、完璧なカーテシーをし、ソファーへ座る。

 すると、直ぐに隣の扉が開き、メイド達がお茶と色とりどりのお茶菓子をテーブルにサーブして、隣の部屋へ戻って行く。


 力強い黒髪に、何でも見通している様なアクアマリンの瞳を持つ第一王子ライゼン様は、サーブされた、紅茶のティーカップを口元に運び一口飲んだ。


「今日の紅茶は北欧のカシアス茶を用意させた。君も飲んだらどうだ?」

「ありがとうございます」


 私も、自分の前に用意された横幅の広い花柄の紅茶のティーカップをソーサーと一緒に持ち上げ一口飲んだ。


「そろそろいいんじゃないか?もう、呼ばない限り誰も入出出来ないしね」


 ライゼン王子の言葉に、ティーカップを下ろした。


「そ・・・・そうですわね」


 それでも少し不安で、周りを見回してしまう。


「くすす。だから大丈夫だって。素に戻ってしまいなよ」

「私、侯爵令嬢としての言動や振る舞いも素のつもりですわ」


 ライゼン王子の言葉にぷぅと頬を膨らませて抗議すると、ライゼン王子が笑い出した。


「その顔、笑える!君は本当に素の方が面白いよ!」

「もう!ライゼン王子様ったら、失礼ね」


 私は、膨れながらも、取り合えず色とりどりのお菓子を、取り皿に乗せてはぱくぱくと食べた。どれも美味しい。幸せに頬が緩んでしまう。こんな姿は、絶対に王子以外には見せられない。私の品格が損なわれますから。


「それで、今はどんな感じなの?上手くいってる?」


 王子の言葉に私はがっくりと肩を落とした。


「私、自分はもっと出来る子だったと思っていたのですが・・・。見て下さい、この間のクエストで負った傷です。これでも剣士が私を庇って下さったからこれくらいで済んだのです。とても情けないですわ」


 私は、ドレスの裾を少したくし上げ、左足の脹脛(ふくらはぎ)に巻いた包帯を見せた。


「ちょ!ちょっと、いくら婚約者相手だとしても、慎みが無さすぎるよ!!」

「まあ!私が平民を装って冒険に行く時の防具を見せて差し上げたいですわ。足のこの部分なんて、元々さらけだしていますからね」

「えーーーーーー!!」


 王子の驚愕の顔が笑えます。当たり前です。魔物や害獣と戦うのに、品よくドレス姿でいる訳には行きません。走り回って戦うのですから、動きやすさが重要です。


「いずれ国母に成る君が、市民にそんなあられもない姿を見せているだなんて・・・」

「だ・か・ら・言ってるじゃありませんか。私は国母には成りません。と言うか成れません!」


 私は、たくし上げたドレスを戻して、ティーカップを手に取り紅茶を嗜んだ。


「そうは言ってもねぇ。私は君以外に考えられないんだけどね」


 聞き分けの悪い王子に、私はティーカップを置いて、両手を上に翳すと空中に本が5冊現れる。それをゆっくりと王子の目の前の机に着地させた。本の表紙には、どれも『笑顔を忘れた氷結の姫君と呼ばれる侯爵令嬢伝記』と書かれている。


「今でも、私の本はこの5冊のみです。その内の4冊の私の末路は17歳で、絞首刑・盃毒死・ギロチン・王子による刺殺ですわ。最後の1冊、西の国境、魔の森からの国外追放。これだけが私が生きながらえる可能性のあるラストなのです!ですが、迷い込んだら抜け出すことが出来ないと言われている魔の森です。そこを何としてでも抜けて、国外へ逃げ延びるのが私の目下の目標ですわ!」


 私が鼻息も荒く訴えると、王子は5冊の本を順繰りに最後のページだけ開き見ている。絞首刑・盃毒死・ギロチン・王子による刺殺は、その後ご丁寧にも「完」と打たれている。お話は終わりなのです。

 でも、魔の森からの国外追放の最後のページは、つづくと書かれていて、まだ終わっていないのです。


「ふ~ん。でも、初めに見た時からつづくのままで変わらないね」

「そうなんです。まだまだ、私の力量では魔の森を抜けられないのです。ですが、完には成っていないので、見込みはあると信じています」


 ぱらぱらと王子が、本の最初の方を開いて読みだした。これは、私の伝記。今までの生活とその後の事が描かれています。


「あの・・・王子。恥ずかしいのであまり読まないで頂けますか?」

「んーー・・・。私は、君が私と初めて会った時の記述が好きでね」

「おっお止めください!本当に恥ずかしいのですわ!!」


 私が立ち上がり、王子の隣に席を移し本を奪い取ろうとするのですが、王子は伸びあがって私から本を遠ざけ、しかも開いたまま読み続けるのです。とんだ羞恥プレイですわ。


「ほら、ここに書いてある。私を見て、黒髪でキラキラ光る青い瞳の王子様。カッコいいと一目で好きになりましたって。なんか言葉も8歳らしいたどたどしさで可愛いね」

「やっ止めて下さい!!過去の醜聞でございます!!」


 必死に王子から本を取り戻すと、私は胸に抱きしめて肩で息をしながら王子を睨みつけました。


「過去は過去でございます!お忘れください。そして、私が、国母を目指していない事。王子の前にこれから現れる予定の聖女様を陥れるつもりが無い事!私が潔白である事をお忘れなきよう。他の4冊はもうどうしようもありませんが、この5冊目を目指しております!どの様な無体な罪を突き付けられてもかまいません。お願いですから、極刑ではなく国外追放!国外追放にする事をお忘れなく!!」


 王子から身を逸らして、必死に訴える私に、王子は両手をワキワキさせながら、私の本を取り上げようと、しかし私の胸を触る訳に行かないので困っているのが見て取れた。


「聞いていましたか?王子様!王子の真実の愛を私は阻害しません!それどころか応援します!ですから、国外追放!国外追放でお願いします」

「は~。また、その話ね。まだ会った事も無い聖女様に、俺が・・・・私が心を奪われ、君を疎んじて殺すって、本気で言っているの?今の私はこんなに君の事を愛しているのに」

「軽い!軽いですわ!それに、真実の愛に巡り合ったら、私への気持ちなんてあっという間に消えるに決まってます」


 私が身をよじって逃げようとすると、王子は本を取り返すのを諦めて、両腕で私を引き寄せると抱きしめて来た。


「真実の愛ねぇ。君への気持ちは真実の愛じゃないのかな?」

「違います!」


 私は、王子の腕の中で本を守りつつ、断言した。だって、私の本には、王子が聖女様に巡り合い、どの様に惹かれ、どの様に愛を口づさむのか、事細かに書かれているのです。私は、もう知っているのです。


「納得いかないなぁ」


 王子は、私を抱きしめる力を強くし、引き寄せた私の髪に唇を落とした。必死に誤魔化している私の王子への恋心が、悲鳴を上げていて苦しさは募るばかりだった。





◇◇◇◇


 私は、物心つく前から目の前に本が見えていた。小さい頃は、その本が誰にも見えていない事が分からなかった。いつも目の前にある本が気に成って、乳母に「ご本を読んで」と言っても、別の本を持って来て、その本は読んで貰えなかった。

 自分でその本を手に取り、ページを捲るが、文字が難しくて読むことも出来なかった。

 有る時、乳母に本を手渡そうとして、不思議そうに私を見る乳母と、渡したはずの本が乳母の体をすり抜けるのを見て、この本が普通の本では無い事に、幼いながらに気が付いた。


 その本は、初めは1冊だった。

 8歳に成った時、私はおめかしして両親に連れられて王宮へ行った。そこには私と同じくらいのご令嬢が、両親に連れられて沢山出席していた。一家族毎に、国王陛下とそのご家族にご挨拶をしている。私達もご多分に漏れずご挨拶に行き、私は、教えられた通り8歳の子供にしては綺麗はカーテシーを披露した。


 その後、部屋でお人形さんと遊んでいたら、両親が興奮した表情で現れ、私にお祝いを言ってくれた。何が起きたのか分からず、ただただ両親が喜んでいるので、良い事が起きたのだろうと思った。

 両親が部屋を出て行った後、ふと視線を上げると本が2冊に増えていた。


 今思えば、この時に、私は第一王子との婚約が決まったのだろう。


 数日後、私は両親と共に、再度王宮へと連れて行かれ、第一王子ライゼン・セングルス様にお会いした。

 私の家族は、髪の色が栗色が多く、私もオレンジがかった栗色だった。瞳ははちみつを溶かしたような透き通った綺麗な色だとよく褒められた。色素が薄めの家族だったため、王子にお会いした時は衝撃的だった。


 艶やかな濡れ羽色の髪に、透き通るような白い肌、キラキラ光るブルートパーズ色の瞳。私は一目で恋に落ちた。ただただ見ているだけで飽きなかった。私は、一切会話が無くても全く気に成らない程だった。

 しかし、王子は違ったようで、私とのお茶会でいつも不満そうな顔をして、あまり私を見てくれなかった。


 10歳に成る頃には、お会いしても一切話をしないのは当たり前になっていて、私は嫌われていると感じていた。それでも両親や親戚からの期待もあり、私に出来る事は何でもしようと、勉強にも礼儀作法にも力を入れて、他の子よりも出来る様に頑張った。

 けれども、それは王子の前で披露できる物でも無く、たまに側にいる侍女たちが、補足説明の様に、この間のテストで私が満点を取ったとか、ダンスが上手だとか、王子に聞こえる様に褒めてくれるくらいだった。


 12歳の頃には本が既に4冊に増えていた。勉強が忙しくこの本を読むようなゆとりが無かった。しかし、少し勉強の仕方も覚えてきて、余裕が出来てきたため、そろそろ読んでみようかと思い手に取った。

 表紙の題名は『笑顔を忘れた氷結の姫君と呼ばれる侯爵令嬢伝記』と書かれている。誰の事だろう?と思った。

 そして、それの内容は衝撃的だった。それでも、氷結の姫君などと私は呼ばれてはいない。だから私ではないと首を振った。


 13歳の時に、学校で忘れ物をして教室へ戻った時、教室にいた生徒の口から私は驚愕の真実を突き付けられた。私は影で『氷結の姫君』と揶揄されていたのだ。その日、私は、自宅のベットの中で大声で泣いた。誰にも聞かれない様に気が済むまで泣くと、私の4冊の本を端から端まで読んだ。読みながらも涙が止まらなかった。・・・私は、17歳で死ぬのだ。私が恋い焦がれた王子に殺されるのだ。

 どう見ても濡れ衣でしかないのに、誰も助けてはくれない。両親ですら、家を守る為に、私を売るのだ。

 私は絶望と恐怖にその日から包まれ、笑う事が出来なくなった。・・・本当に、笑顔を忘れた氷結の姫君に私は成ってしまった。


 14歳になり、4冊の本を読み込み、私が死ぬ、極刑と成る原因。聖女様について考えた。

 この本は私にしか見えない。だから誰にも相談が出来なかった。一度だけ、家庭教師の中でも優しい先生に、もしも、誰かに陥れられて私が殺されるとしたら、どうやって回避したらいいのかとやんわりと聞いてみた。先生は困った様に笑い、両親に少し勉強のさせ過ぎだと進言してくれた。


 ・・・そうではないのだけれど。理解されるはずの無い事だと、諦めつつ、私は、いつも通り王子とのお茶会で、無言の時間を過ごしていた。

 この頃は、どうせ話さないのだし、どうせ見えないのだからと、4冊の本を開き、聖女様が現れる、16歳の頃の事を読み、対策を考えながら、お菓子を食べていた。


 この時だった、初めて私の世界が動いた。


「君、大胆だよね?」


 目の前でライゼン王子が、初めて(?)言葉を発したのだ。私は驚いてライゼン王子を見たが、何が大胆なのか分からず首を傾げた。


「このところ、君はずっと私の目の前で、私を無視して本ばかり読んでいるじゃないか!」


 少し怒った声に、私は体が震えた。怯えたのではない、歓喜したのだ!


「み・・・見えるのですか?」

「何が?」

「・・・この本が」


 私は、手元の本を指差し、王子の顔を凝視した。


「当たり前だろう?あからさまに本を開いて読んでるんだからな」


 腕を組み、不服そうに私と本を交互に見る。私は震える手で、本を持ち上げると、王子に向かって差し出した。


「お読みに成りますか?」

「別に読みたいわけじゃない」


 ぷいっと向こうを向く王子に、私は尚も本を差し出し続けた。


「何を読んでいたか気に成りませんか?」

「別に」


 いつまでも、本を差し出し続ける私に、不貞腐れた表情のまま、組んだ腕を解き、右手で()()()()()()()()()


「ああ!」


 私は我知らず歓喜の声を上げてしまった。驚いた王子は、眉をしかめつつ、本の題名を見た。


「何これ?『笑顔を忘れた氷結の姫君と呼ばれる侯爵令嬢伝記』?」


 私は、これ以上声を出さない様に両手で自分の口を抑えつつ、王子が、本の正しい題名を読み上げ、尚且つページを捲っているのを見つめた。心臓は鋼を打ち、王子が首を捻りながら読み進める。


「ん?俺の名前も書いてある?」


 我知らず、私の瞳からは大粒の涙が零れ落ちていた。私以外誰も見る事の出来ない本。触る事の出来ない本。読むことが出来ない本。それが、今私以外の人が見て、触り、読んでいる。

 奇跡が起きていた。一冊を読み終わると、王子は眉をしかめてこちらを見た。私の隣に後3冊あるその本を寄越せとジェスチャーをする。私は、無言で王子に残りの3冊も渡した。


「内容は、殆ど同じか。ラストだけが違う?ちょっと、趣味が悪い話だな」


 読み終わった王子の感想に、私は頷き涙を拭った。


「君が書いたのか?」


 私は、首を振った。


「この本は、私が生まれた時から有ったものです。初めは1冊だったのですが、何かで分岐する度に増えるみたいです」

「・・・よく分からないのだが、君は死にたいのか?」

「いいえ!いいえ、死にたくありません!」

「だが、この本は意味不明な罪で君が、いろいろな死に方をする本にしか見えないが?」


 私は、違うと言いたかったが、今までこの本の話をまともに出来る人が居らず、相談できる人も居なかった。その思いからせり上がって来る涙で、私は首を振る事しか出来なかった。


「驚いたな。君もそんなに感情を見せる事があるんだね」

 

 王子は立ち上がり、ポケットの中に入れてあったハンカチを取り出すと、私に渡してくれた。私は素直に受け取り、涙を拭う。


「私だって人間です。今まで精一杯我慢してきましたが、こんな奇跡が起きているのに、平静を装い続けるなんて出来ません!」

「・・・装ってたんだ」


 私は、力強く頷いた。そして、信じて貰えるかは分からなかったが、今までの事をすべて話した。その話は、先程読んだ本とも合致していたためか、王子は素直に頷いて聞いてくれた。


「信じられないな。君の人生の本か」

「私も信じられませんでした。ですが、ここで書かれている内容は確かで、全部書かれている訳ではないのですが、書かれている些細な内容が、この後起きる内容と合致して行くのです。信じるしか有りませんでした」


 王子は、顎に手を当てて思案した。


「この話だと・・・その、私が、この後出て来る聖女様と運命の出会いを果たし、真実の愛に目覚めるとあるが・・・?」

「そうですね」


 少し顔を赤らめている王子に、ちょっとだけムッとして私は受け答えした。


「ライゼン王子!お願いします。私は決して聖女様との仲を邪魔したりしません!すべては濡れ衣なのです。聖女様が現れたら、即刻私は身を引きます。本当です。私は、生きていられればいいのです!どうか!どうか極刑だけはご勘弁下さい!」

「あ・・・ああ」


 生きる為、必死に王子に自分の気持ちを伝えると、王子も困った顔で頷いてくれた。


「まあ、どこまでが本当の事なのかよく分からないが、勿論、君にも死んで欲しくは無いからな。極刑にしなければいけない理由も分からないし・・・」


 すると、私と王子の目の前に白い四角い物が浮かび上がって来た。それは光を纏いゆっくりと形に成って行き、5冊目の本と成った。


「な・・・なんだこれは?」

「新たな私の本・・・?」


 私は、そっと手を伸ばし、その本を掴んだ。まだ、光の欠片がぱらぱらと零れ落ちる本を、私はゆっくりと開いた。


「まっ待て!私も一緒に読むぞ」


 王子が慌てて私の隣に座ると、私の顔に自分の顔を近づけて、本を読もうとする。近すぎる距離に私は少し恥ずかしくも感じたが、読みたいと言う気持ちも分かるので、気が付かない振りをしてページを捲った。


「内容はほとんど同じだが・・・・」

「同じですが・・・・私、生きています!」

「しかし、魔の森からの国外追放か。限りなく死に近いな」

「それでも、生きています!!」


 私は嬉しくて小躍りした。


「私、こう見えましても炎の魔法が使えるのです。この魔法で、魔の森の魔物達など一発で倒して見せますわ!」

「・・・どうかな?」

「え?」

「S級の冒険者ですら、引き返してきたと聞いた。君一人で抜けられるとは思えないが・・・」


 腕を組んで真剣に悩んでくれている王子が、私は嬉しかった。良く考えてみたら、そうかも知れない。でも王子に殺される未来ではない。自分で戦いを挑むのだ。今までの死から比べると大きな違いと言える。


「私、鍛錬をしますわ」

「え?」

「これから、お茶会は1~2か月に1回にしても宜しいでしょうか?」

「・・・どうして?」

「私、これから冒険者登録をして、来るべき日のために、炎の魔法使いとして、魔物達と戦う訓練をしたいと思います」

 

 王子は何とも言えない顔をした後、今まで見た事が無い優しい笑顔で頷いてくれました。




◇◇◇◇


 あれから2年が経ちました。私は16歳です。そろそろ聖女様がどこかで見つかる筈です。そして、王子と出会う。

 王宮の廊下を、カツーンカツーンと小気味よいヒールの音を立てて歩けるのは、後何回くらいなのでしょうか?

 いつも通り、応接室の扉が開き、私は中に入りました。

 ・・・しかし、そこにはいる筈の王子が居ません。私はごくりと生唾を飲み込みました。


 護衛が扉を閉め、私は一人きりで、誰も居ない応接セットのソファーに座ります。

 程なくして隣の部屋から侍女たちが、お茶の支度をしに現れました。セットされたお茶は私の分だけでした。

 侍女たちが、静かに挨拶をして出て行くのを確認した後、私は体の力が一気に抜けるのを感じた。


 ・・・ああ、とうとうこの日が来てしまったのね。王子はきっと今頃、聖女様と真実の愛に包まれているのだわ。王子に私の本が見つかってからの2年間は、本当に楽しかった。王子と二人きりの時は、もう国母に成る未来は無いからと、少し我儘に成ったり、私なりに甘えてみたり、怒られたり、心配されたり。

 一生分の思い出が出来た。


 王子様はきちんと、覚えていてくれるかしら?私は聖女様を虐めない、辱めない、汚さないって言った事。極刑だけは嫌だって言った事。魔の森からの国外追放を希望している事・・・・を。


 あれから、私は必死に魔法の鍛錬を繰り返した。・・・けれど、限界ってあるのよね。多分、私一人で魔の森を抜ける事は出来ないと思う。あんなに頑張ったのに、パーティーのメンバーも色々教えてくれたのにね。

 ある一定度力が付いて来ると、敵の力量も図れるようになる。私ごときの力量では、どう考えても無理。勿論、頑張るつもりだけどね。


「もう、ライゼン王子に会えないのかな?お別れも言えなかったわ」


 いつもは対に成ったティーカップがテーブルの上に有るのに、今日は一つしかない。これが現実。

 見上げると、本は5冊のまま、宙に浮いている。


「もうお前たち、読み飽きちゃった。全然変わらないんだもの」


 ティーカップを持ち上げて飲もうとした時、紅茶の中に泣き虫の私が居た。いつの間にかこの部屋は、私が、一番私らしく居られる部屋に成っていたようだ。

 きっと、今日だ。私は、この部屋とも王子ともお別れをしなければいけない。これから、私は、本に書いてある様な冤罪を突き付けられて、息も付けないほど追い詰められじわじわと殺されて行く。

 ティーカップを傾けて、この部屋での最後のお茶を堪能した。


 そう言えば、私、死にたくないとばかり言ってて、きちんと気持ちを伝えていなかったわね。誰にも聞いて貰えない告白だけど、この部屋で伝えたい。私の本当の気持ちを。

 ティーカップを置き、居もしない、でもいつもならそこに座っていた王子を思い出しながら私は最後の思いを伝える。


「私、国母なんてどうでも良かった。そんな事よりも、ずっとずっと言えなかった事が有るの。私ね、8歳の頃から、貴方が好きだった。大好きだった。一目ぼれだったの。ライゼン・セングルス王子様。私は、貴方をお慕い申し上げておりました。これから先、私がどうなったとしても、いつまでも、貴方のご多幸をお祈りしております」


 私は俯き、零れ落ちる涙を拭うのも諦めた。すると、突然後ろから大きな腕が、ソファーの背もたれ事、私の体を力一杯抱きしめた。


「嬉しいけど、お別れの言葉に聞こえるな」


 私が驚き、横を向くと黒髪に限りなく透き通ったブルートパーズの瞳が私を捉えていた。


「ライゼン王子?」

「うん。そうだよ。ちょっと遅れたけどね」


 そのまま、するりと隣の席に滑り込むように座った王子が、尚も私の顔を覗き込んで来る。


「私が居なくてそんなに寂しかった?」


 私が、答えるよりも早く、ライゼン王子が私を引き寄せた。


「一人にしてごめんね。でも、全て終わらせて来たから。安心して」

「え?」


 抱きしめられた腕の中から頭を上げてライゼン王子を見た。


「君の本の通りに、聖女様がオルカの町の貧民街に現れたんだ」


 私はビクリとした。私の本に聖女様が現れるのは、ソウガル子爵家が聖女様を養女に迎えた後、学園に編入して来てからだ。


「折角さ、情報が有るんだから、貴族の養女に成る前に摘み取ってしまおうと思ってね」

「え?」

「ソウガル子爵家が手を伸ばせる範囲を捜索させていたんだ。そしたら、貧民街の孤児でね、怪我や病気を治してお金を貰っている少女が見つかったんだ。年齢も名前もアティシアの本と合致したから、直ぐに騎士を送って、ウイズ教の南区の大聖堂に送ったよ」

「ええ!?」

「彼女は、聖女としての力もそうだけど、魅了の力もあるらしくてね、送った騎士が彼女の魅了の魔力に掴まってしまって大変な状況に成ったんだけど、一緒に行っていた魔導士が彼女の魅了の魔力を封じて、南区の大聖堂のシスターとして生活出来る様にしたんだ。性格に難ありらしいが、その日暮らしの生活を脱する事が出来たって、本人はシスター生活を楽しんでいるらしいよ。念の為、魔法契約で彼女は南区から出る事も出来ない」


 私は、実に呆けた顔をしていたと思う。


「これで、アティシアが魔の森へ追放されなくて良くなったね」

「え・・・・。」


 私は、宙に浮いている本を見たが、やはり本は5冊だ。私は、その本に手を伸ばすと突然すべての本が燃え上がり、跡形もなく消えてしまった。


「わ・・・私の本が・・・未来が・・・」

「君の未来が分からなくなってしまったね」


 私は、何をどう考えたらいいのか分からず、王子の顔を見つめた。すると、王子は今までになく優しい笑顔で微笑んだ。


「ねえ、さっき言った言葉は本当?」

「え!?」


 私は、今さらながらに恥ずかしく成ってそっぽを向くと、その顔を無理やり自分に向けてライゼン王子が続けた。


「国母に興味が無いのは残念だったけど・・・」

「そ・・・それは」

「君が、魔の森を制覇するために、必死で頑張っていた時、私も、君を失わない為に一生懸命頑張っていたんだよ?」


 そう、戦っていたのは私だけでは無かった。言葉にはしていなかったけど、水面下で王子も私と一緒に戦ってくれていた。


「ご褒美に、君とずっと一緒にいる権利は私の物だよね?」

「それは、私にとってのご褒美ですわ」

「愛してるよ。アティシア」

「私も・・・」


 王子の力強い腕が私の体を引き寄せると、唇に優しく触れた。

 これは、私の物語。きっと1冊の本が今閉じられたのだろう。けれど、それで終わりではない。これから次の物語を、今度は二人で紡いでいくのだから。



                                         『了』



現在、「婚約破棄され、無実の罪で国外追放されますが、望むところです!外国で沢山の幸せを手に入れます!」の連載もしています。お暇でしたら、こちらも読んで貰えると嬉しいです。

https://ncode.syosetu.com/n2103if/

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