恋愛小説を書いてみることにした
俺は、新作を執筆しようとしていた。ジャンルは、巷で流行りの『恋愛』ものだ。
しかし、俺はこれまで一度も恋愛ものなど書いたことがなかった。
故に、いくつもの作品を読みふけり研究に研究を重ねる日々を送った。
そして今こそ、その成果を実践する時と意気込んだものの、筆が進まずにいた。
椅子に腰かけてから幾分の時間が過ぎたのだろう。腹が減って仕方がない。
よし、一筆も書けていないが飯にしよう。俺は迷わず飯を食べることにした。
先日買っておいた新作だというパンを頬張る。
うまい……なんということだ。あまりの美味さに先ほどの焦りさえ吹き飛んでしまった。
よし、今なら書ける気がする。俺は高まった闘志を筆に乗せ、執筆し始めた。
主人公である少女の生い立ちを書き始め……やがて恋愛の相手との出会いのところまで書き進める。
さあ出会いだ……出会い……情景が頭の脳裏に浮かんだ。
よし、そのまま書いていくぞ……腕が動かなかった。
何故だ。頭に浮かんでるんだぞ。何故書けないんだ。うごけ……だめだ。腕が拒否する。
どうしても書けそうにない。
仕方ないので紅茶でも飲んで休憩することにした。
付け合わせに、果実のパイを頂く。
この今までにない組み合わせはなんだ。甘酸っぱさと、渋みの出会いは!
出会い……出会いか!!
俺は、インスピレーションをへて、さっそく執筆の続きを行った。
いける、いけるぞ! さっき迄の不調が嘘のようだ。
心なしか筆か軽く思えるほどの速度で執筆が進んでいった。
日々の研究は無駄ではなかったのだ。そのお陰でここまで書けているのだから。
などと浮かれながら執筆していたが、またしても行き詰ってしまった。
ヒロインと相手の逢瀬が書けない……。
くそ、手が震える。変な汗まで出てきた……。
ここまで書けたんだ。あと少しなんだ。がんばれ俺。
いいか、書くぞ……腕が振るえるが書け……書くんだ。
俺は、遂に一文字を書くことが出来た。
やったぞー、この調子で次の文字も……。
ま……まずい。吐き気がしてきた……。
だが負けない! 俺は流行りに乗るんだ! ここで諦めるわけにはいかない!!
俺は、何とか一行を書くことに成功した。
「あ、これやばいかも……」
血の気が引いてくる。眩暈がする。
なんだか……あたまが……。
そこで俺は意識を失った――。
◇
翌朝になり、俺は目を覚ました。
気絶していたせいか、体が重く血の気も引いていたせいか、顔が青白くなっていた。
まともに動けそうにないので、暫く横になることにした。
なんでこんなことになった。
恋愛ものを読んでる時は、こんなことはなかったはずだ。
執筆すると、こうなるということは、まさか体が恋愛ものを書くことを拒絶しているのか……。
そうなってくると致命的だ。自分の意志ではどうすることもできない。
……意志……意思か!
意思をなくせばいいのか。
俺は、動けるようになった後に町へと繰り出した。
目的は、酒だ。こいつを飲めば拒否反応も鈍るはず。
俺は大量の酒を買い込んで家に帰った。
まず、一升を空けた。
久々の酒は美味かった。研究の日々に明け暮れた体に、酒が染渡っていった。
「初めはこの位で書き始めてみるか」
よし、多少汗が出てくるものの書けるぞ。
また倒れるといけないからな。もう少し飲んでおこう。
俺は更に、もう一升空けた。
「ハハハハハハハ、やばい気分が上がってきたゾ」
俺は、ノリノリで執筆を続けた。
「そろそろ、酔いも醒めるかもしれないな。それはまずい、ひじょーにまずい」
俺は、更に一升空けた。
俺は、酔っぱらいながら書き続けた。もはや何を書いたか、いつ寝てしまったのかも覚えていなかった。
気づけば、またしても朝になっていた。
二日酔いのせいか、頭痛がする。
俺は、出来上がっていた小説を見て驚愕した。
「エリーゼ、エリーゼったら、あなた今日はお茶会に行くのでしょう。ねぇ、聞いているの?」
私は、声のするほうを
◇
「あっ、しまった」
間違えて書き込んでしまった。
「ちょっと、趣味の執筆に夢中になって……ちゃんと聞いていたの?」
私は振り返ると、後ろにはお母さまが立っていた。
「すみません、お母さま。執筆に夢中になりすぎて聞いていませんでした」
「まったく、令嬢と在ろうものが嘆かわしい。もう一度言いますよ。」
「はい、お願いします」
「あなた、今日はお茶会があるのでしょう?」
「あ、忘れてた」
私は、慌てて支度を済ませお茶会へと向かった――。
エリーゼについて知りたい方は、短編小説『婚約破棄ですって? ~そのスキャンダル私が頂きます~』を見ると分かると思います。
下部にリンクを貼って置きました。