魔法でお茶を
見上げた門が、ゆっくりと開き、二人を迎え入れた。
口をあけてみるネイブを、アルルはおかしそうに、招き入れる。
ジャックの城に入ったことはないけれど、きっとこんな感じなんだろう。
木ではなく、石でできた建物独特の冷たさを感じながら、自分たちの足音だけ響く静かで大きな空間を見上げた。
あれは、シャンデリアという照明だ。
事典で見たことがある。
細く長い柱がたくさん並び建てられ、アーチ型の天井を支えている。それらに巻きついたように施された細かく美しい彫刻が、ところどころくずれて欠けており、もしかしてこれは、ひどく古い建物かもしれないと考える。
みあげた天井には、どうやらグレーランドの色々な種族たちのそれぞれの様子が描かれているようだが、それもひどく古風な習慣だし、着ている服など布きれだ。
「ノーム種族はあそこに ――」
横から長い腕が伸び一画をさす。
かなり広い範囲に、本を片手に議論しあうような男たちと、子どもを両脇にしたがえて楽器を弾いているらしい女。
「―― 温厚で、賢い種族だ」
「・・・・・・」
そのむこうに、黒い兜をかぶり長いマントをひるがえし、他の種族と戦うディーク種族の絵をみつけたネイブは、気の利いた言葉を返せない。
「で、でも、おれ、ディークってもっと、こう、・・」
「もっと、獣くさい感じだと思ってました?ウルヴ種族よりも?」
「・・・・はい・・・」
「正直な方だ」
アルルの声は怒ってはいなかった。口元に笑みを浮かべ、黒い帽子を取る男は、物静かで知性ある大人だ。
「おれ、じいさんからディークの戦の話、よく聞かされてたもんで」
言い訳のようなそれに、アルルの足が止まる。
ゆっくり振り返った男の瞳が、あたりの明かりに反射しだす。
―― 本当だった。
じいさんに聞いた話のひとつ。
『ディークは興奮すると、眼の色が金になる』
「 ―― 昔の話を聞くと、血がさわぐので、やめておいたほうがいい」
「は、はい!」
驚いて見つめた眼が、すうっと反射をとき、もとの落ち着いたグレイになった。
いくつかのアーチとドアをくぐりぬけ、階段を上ったり下りたりして、一際大きく立派な扉の前にたどり着き、重そうなそれを開け中に行くアルルのあとに続けば、中は廊下のようなランプの明かりもなにもなく、真っ暗だった。
ネイブはコーニーが入ったランプを掲げてみたが、その弱々しい小さな青い炎では、ランプを持つ自分の手ぐらいしか浮かび上がらせない。
その暗闇の中、かなりはなれた方角からアルルの声がする。
「あなたのお守りの炎を隠して」
「え?隠す?」
「コートの中へ」
言われたとおりにしたとたん、ぱちん、と指のなる音が響き、何かが吠えながら部屋中を走った。コートにいれたランプが震えたけれど、その部屋全部が揺れたというほうが正しい。ネイブの背中も共鳴するように震えた。
「 わ 」
暗闇がいきなり切り替わる。
見渡せるようになった部屋の中には、いたるところ、見上げるほどに本が積み上げられている。
崩れそうなそれらに囲まれるようにして、大きな白いテーブルと椅子があった。
「お茶でいいですか?」
「え?あ、うん」
答えたとたん、テーブルにクロスが敷かれ、花が現れ、お茶の道具が現れる。
続けてポットが出れば、お茶のいい香りが漂いはじめる。
アルルはいつの間にか上着などぬいで、ブラウス姿になっている。黒いパンツとブーツもどうやら乾いているらしい。
暖炉もみあたらないのに、部屋は暖かい。
「腹は減ってる?」
「それほど。これって、ラムジイさんの魔法?」
「いや。わたしは魔法は使えない。あなたたちがいうところの『お守り』で、わたしの従者は、『魔法使い』なのさ」
「・・・すげえ・・・」
勝手に現れた、焼きたてのスコーンにジャムも、うまそうだ。
だが、話に聞いた『魔法使い』は、かなり気性が激しく、主人となるべき相手が弱そうならば、主従の契約を結ぶ前に、魔法で消してしまうときく。
先ほどの、吠え声を思い出しても、容易に想像がつく場面だ。
コートの中のランプを撫でながら椅子に座れば、アルルが鳴らした指の音で、濡れた帽子とコートが消えた。
一瞬背筋が冷える。
向かいの椅子に座った男が優雅に笑い、ネイブが抱え込むランプをテーブルに置くようすすめる。
「わたしの客人には絶対に手をださないようしつけてあるので、安心してください」
「・・・う、ん・・」
信用するしかないだろう。それに、コーニーが助けてくれなかったから、こんなとこまで来ちゃったわけだし、と勝手な理屈をつける。