あれは城?
唇を必死で結んだネイブにも、その声がよく聞こえる。
「―― それ以上、そのノームをからかうつもりなら、覚悟をもつんだな。そいつはミドロイトゾーンから来た『役人』で、仕事の途中だ。戻らなかったら、誰かが調べに来るだろうし、中毒になって戻れば、抗議がくる。誰宛にくるか、わかるか?」
酒場の奥のほう、黒いシルエットのそれが、ゆっくりと前に出てきた。
黒く長い上着と、小さな帽子。
―― 今度は、ディーク種族か?
ノームと同じような賢さをもちながら、凶暴性があるため、ミドロイトに住むことは許されていない種族だ。
数も少ないので、今は他の種族と共同で暮らしていると聞いたことがある。
ロウソクの灯りに見えたその顔は、なかなかきれいに整った顔で、周りにいる毛深く強面のウルヴと同じ場所にいることに違和感がある。
いまだに手を放さない連中を、一渡りみて、ディーク族の男が片手をあげ、指を三本立てた。
「わ、わかった!!もう、やめるよお」
あわてふためく男たちがネイブをはなし、恐れるように店の隅へと逃げ込む。
冷たく微笑んだ男はカウンターの中で何もせず、成り行きをみていた男へ小銭を投げ、しわくちゃになったコートをなおすネイブに、落とした書類の束を渡した。
「どこに、むかうつもりだったんだね?」
「あ、あの、何かの間違いなんです。書類の間違いってかんじで・・」
「間違い?間違いでここへ?」
ふいに、酒場中の視線が集まっていることに気付いた男が、出よう、とドアへ先に立つ。
雨も風もまだやまない外に出て、ネイブはようやく息をつくことができた。
「あなたにお礼を言う前に、ちょっと待っててください」
ドアの横に掛けておいたランプをとりあげ、中でゆれる小さな青い炎に文句をつける。
「おい!コーニー!おまえ、知ってたんだな?だから急に眠いとかいって、眠ったふりだろ?おい!こら!」
がしゃがしゃとランプをゆすれば、静かに手をつかまれた。
「ふうん。あなたのお守りは炎ですか?しかも、青色だ」
「おれんちは代々、これなんです」
「ほう、それはいい。 でも、ここでは炎は力を発揮しにくいはずだ。おそらくフリではなく、本当に眠っているのだと思う」
「発揮しにくい?」
「このヌウクゾーンの隣はすぐにボトヌゾーンだ。 全ての光は吸い取られてゆく」
「・・・・本当に?」
「ああ。その輝きで、精一杯なはずだ」
そういえば、ここまで小さくなったコーニーなんて、見たことがなかった。
「とにかく、まあ、わたしのうちまで来なさい。この嵐の中で立ち話は楽しくない」
相手の帽子も上着も、雨を吸い始めている。
先を歩き出す大きな背中をあわてて追い、ネイブはとりあえず礼を言った。
「その、色々、ありがとう。おれ、ノーム種族のネイブ・シンプソンです。納税局の役人で、税金未納者をたずねてまわってるんです」
「わたしはみての通り、ディーク種族のアルル・ラムジイだ。しかし、それでここまで? おかしいね。ヌウクゾーンの者は、税金ではなく、税穀で納めてるはずだろ?」
「そうなんです。だからきっと、書類のミスなんです。 まったく。帰ったら上司に文句言ってやりますよ」
ネイブの怒ったそぶりに微笑んだ相手が、風で動いた帽子をなおし、そのまま指をのばして嵐のむこうを指す。
「あれが、見えるかな?少し歩くけれど、あの小高い場所にあるのが、わたしの暮らしている場所だよ」
かなり向こうのほうに、オレンジ色の光がいくつか見える。
ずいぶんと高い位置にある家なんだなと思ったとき、次の瞬間はしった稲妻でその建物がみえた。
―― ・・・でけえ・・・
まるで、ミドロイトの王様、ジャックが住んでいるような大きさの建物だった。
「・・・ラムジイさんって、ここの王様?」
「まさか。―― それに、デューク種族はもう、王がまとめるほどの数もいない」
そうなんだ、と返した声は、強い風に消されてしまった。